「いろいろ嫌がらせされるので、山奥で無常観あふれるスローライフします」

 今回、四谷氏の挑んだ三題噺のお題は「雨」「口」「理由」。最近は「このお題で何を書こうか」と考えるよりも、「このお題で四谷氏は何を書くのか」を考えることの方が多くなっていますが、公開前日に予告された今回の題材は「鴨長明」の和歌でした。これを予想できた人は、神を名乗っていいと思います。

 その題材の歌、「石川や……」の意味は、
「石も清らのせみの小川 賀茂川よ/あまりの水の清らかさに
 神のみか 月までも/川の流れをたずねて住むのだ
 澄みわたる蝉の小川 この月よ」
とのこと。(大岡信『古今集・新古今集』より)
「澄む」と「住む」を重ねて、賀茂川の清流を「月も賀茂神社の祭神も住む澄んだ場所」と描写するあたり、さすがは新古今和歌集に採用されるだけのことはあります。

 が、問題はこの歌を詠んだ作者・鴨長明の境遇。生まれも育ちも京都人である彼は、四歳で保元の乱、七歳で平治の乱、その後は平家の天下と没落を目の当たりにする青春時代を送るという、まさに有為転変の時代の申し子でした。
 彼は『方丈記』の有名な冒頭、「ゆく河の……」に続く第二文に、
「……淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」
と書いていますが、彼にとっての「人と住み家」は、常に変化し続けるものだったわけです。
 本作は、「石川や」の美しい歌に秘められた長明の無常観を、見事に描き出した短編です。嫉妬や欲望渦巻く人間関係や、生きるための栄達といった俗世の煩わしさ(本編でも触れられています)にかかわる愚を悟った隠者が到達した無常観、是非味わってください。

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