インタビューの書き起こし②

──それは例のゴミと化け猫を見間違えた時の話ですか?


 あ、そうですそうです。よくご存知でしたね。ああ、日記に書いたのでしたっけ


(佐川氏は天保時代、夜道で化け猫にあったと思ったらレジ袋とペットボトルのゴミだった、という体験をしている。この時「なんだレジ袋か」と安堵した後に下男の指摘を受けて「なぜ自分がレジ袋の存在を知っているのかと激しく困惑されたそうである)


 あの時私は、落ちてるレジ袋を見て「何だレジ袋か」と思った後、下男の「江戸時代にゴミ袋はない」という指摘を受けて愕然としたわけです


「なぜ自分は、江戸時代にありもしないレジ袋をレジ袋として認識できたのか」と


 この時私は自分の日常的な認識が何かに侵食されたような恐怖に震えていました。でも、同時にそれとは違う違和感があった


 私が本来あの場で感じるべき恐怖や困惑は「そもそもレジ袋ってなんだよ」なんです。知らないはずのものの名前を知っているんだから


 でも私は、江戸時代にレジ袋はないと認識した上で、この時代に生きる自分はなぜ知っているのかと疑問を抱いた


 まるで、未来から過去を振り返るように


 江戸時代の人間は普通、江戸時代にレジ袋があるわけがないなんて思わないし、どうして自分はレジ袋を知っていたのかなんて思わないんですよ


 だからきっと私はその時点ですでに、かなり影響を受けていたのでしょうね


 お話しているなかでようやくわかりました


──わかった、というのはレジ袋を知っていた理由ということでしょうか?


 いや、レジ袋の存在を知っていた理屈は、今となってはある程度わかっていたのですが、もう一つの違和感については長年答えが出なかったんですよ。つまり「自覚性」ですね


 つまり流れてきているのは物品や知識だけではない、もっと大きな知覚が私たちの方向に流れていたんでしょう


──少し難しいです。えっと、そのレジ袋を知っていた理由というのはなんなんでしょうか?確か二馬憩で起きた野宿者の集団失踪の際にも佐川さんはB29の存在を認識されて記述していましたよね。


 はは。あなた、もうわかっているんでしょう。その上で、私に語らせようとしている。違いますか?だってあなたは、そもそも前提を共有していらっしゃるじゃないですか


──多少、仮説はあります。その上で当事者のお話を聞かせていただきたいんです


 そうですね。野暮なことを言いました。


 私がB29やレジ袋を知っていた理由は単純で遡及的に知っていたことになったからです。


 さっき「江戸時代の人間は今が江戸時代だなんて思わない」というお話をしましたよね?


──はい


 それと同じで例えば過去の人物について先の世から記述することがあるでしょう?その時に、当時は知る由もない単語が出ることがありますよね


──ああ、この発見が後に量子力学の基礎となった、みたいな


 そうそう。誘ってきますね


 でも、当時の人は「量子力学の基礎を発見したぞー!」とは考えないわけじゃないですか。でも、後からその時のことを描写するならそれは確かに「量子力学の基礎を発見した」瞬間なんですよ。万有引力を発見したとか、天動説を提唱したとか、印象派と呼ばれたとか


──つまり当時は佐川さんもB29やレジ袋のことは知らなかったということでしょうか?


 少しニュアンスが違いますね。記憶の上では知っています。ただそれは知っていたこととなっているだけ、ということです


──過去が書き換えられた、とか


 それも少し違いますが、近いといえば近いです。なんと言いますか、そもそも過去に書き換えられるような固定性は存在しないんですよ。だから書き換えられた、というより混入した、という方が正確でしょうか


──混入


 はい。前提として⚫︎では時間が極端に過去方向に圧縮されていると私は考えています


 私自身天保から相当前に押し込まれていますが、そうすると色々と無理が発生してくるわけですよ


 たとえばあなたのいう野宿者の集団失踪ですか。私は偽火騒動と呼んでいますが、あの事件があったのは西暦で言えば1554年のことですからね。本来なら天文であるはずです


 しかし、当時の二馬憩で一般的に認識されていた元号は正保か慶安だったはずです。ここの辻褄を合わせるために本来より長く特定の元号が続いたり、何度も混在したりしているわけですが、時間というのはその圧縮過程で綺麗にはつぶれないわけですよ


──すみません。出来ればもう少し簡易に……


 ええと、そうですね、いろんな色の粘土を何層も重ねて、上から叩いて潰すのを想像してください。最初は断面は綺麗に分かれて綺麗なんですが、途中から小さな粒子が上下の層に混ざってしまったり、力が均一でなければズレてしまったり、要は混ざるでしょう


──何となくイメージできます


 それが時間で発生すると、知識や概念が混入するわけです


 要するに、本来は綺麗な層を保ったまま歴史をより高密度に圧縮したいのに、そう上手くはいかない。その結果あるものないもの混ぜこぜになってしまうわけですね


──なるほど


 まぁ、それが結果なのか目的なのかは私にはわかりません。混在こそを目的としているのであれば現状の状態は大成功でしょうね。なんせ私が今の今までこんな状態で生きているわけですから


──そう言えば佐川さんは老化とかされるんですか?


 ゆっくりですがしていますよ?多分私の場合は引き伸ばされたのでしょうね。連続体としての私の一つ一つから次元を減らすことで、そのリソースを時間に持ってきているんでしょう


──ああ、鹿原さんもそれで


 鹿原……というと、源三郎くんのことですか?


──あ、お知り合いでしたか


 まぁ。元は狭い藩ですからね。そうだそうだ。二回目の人面犬騒動でペラペラになっていたのを思い出しました


 というか、あれはよく戻ってこれましたよね。私はまだこんななのに


──いや、それに関しては僕たちがだいぶご迷惑をおかけしたのでなんとかさせていただいた次第です。もし佐川さんもご希望があれば、その際にお世話になった方を紹介しますよ


 私は別に大丈夫ですよ。現状に十分満足しておりますし、それにこの状態から三次元に戻ったら、多分江戸時代に戻ってしまうでしょう


──まぁそうなりますけれども。多分


 なんだかんだ私は現代がそれなりに気に入っていますからね。今しばらくは襖絵としてこの時代をエンジョイさせてもらうつもりです


──あー、そうなんですね。そうなると……いや、これ言っていいんだっけ


 どうされました?


──ああいえ、申し訳ありません。今の話を聞いて場合によってはご迷惑をかけるかもしれない案件が出てきまして


 ほお。まぁ、深く詮索はしませんよ。私も私にとって後ろめたいことや恥ずかしいことまで赤裸々に話す気はありませんしね


──恐縮です。ちなみになんですけど、佐川さんは先ほど後の時代から前の時代に色々なものが流れていくのを層にした粘土で例えられましたけれど、それは二馬憩の偽火騒動においてB29や火災の表象が紙や写真などの二次元的な形式を取ったことと関連していると思いますか?つまり、圧縮される形で二次元に押し潰されるというような


 ああ、どうなんでしょうねそれは。いや、正直言ってさっきの例えはかなり急拵えなのでそれで全てを説明できるわけじゃ無いんですよ。例え話ってそもそもそういうものでしょう


──あ、すみません。僕が簡易にってお願いしたばっかりに


 いえいえ。あの例え自体は大雑把な構造を説明できると思っていて気に入っていますから


 とはいえ、どういうべきですかね……要するに、観測の問題だと思うんですよね


──観測ですか


 はい。まぁこの手の話はあなた方の方が詳しいんでしょうけれど、なんですかね、視界って実際には二次元じゃないですか


──と言いますと……


 いわゆる私たちが見ている距離とかそういうものって、実際には視界の中で小さく写っているとか、ぼやけているとか、そういうことで判断しているわけですよね。厳密には実際に手を伸ばした時の距離を「見て」いるわけではないんです


 例えば、手を伸ばして目の前に置いてある湯呑みを取るとするでしょう。私たちはその時視界の中での湯呑みの大きさや、位置の高さでどのくらいの距離にあるか目処をつけるでしょう。絵における遠さって実際には高さなんですけど、それって実際にじゃぁ湯呑みを取るために伸ばした手の長さと我々の見ている距離が同一かと言えばわからない


 仮に触覚と視覚がバラバラだったとしても、整合性はとれてしまうんですよ。視界の中で手が「50センチくらいの距離にある湯呑み」というものを手に取っている場合、結果として触覚も湯呑みも手触りや重みを感じていれば、実はその過程で手が2メートルくらい伸びてて、湯呑みも2メートル先にあったとしても関係ないわけです


──あー、確かにそうですね


 つまり、すべての見えるものは本来的に平面でしかないわけです。過去も未来も、結局現時点からの観測でしかないでしょう?その観測がこちらに対して接近したとしても結局平面なんですよ


──つまり佐川さんは、我々が見ている世界は本質的には厚みを持たない、二次元的であると考えるわけですね


 そうなりますね。


──では、三次元の三次元性とは、つまり厚みや距離とはなんなんでしょう


 触覚と、あとは時間ですよ


(つづく)

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