第二章:対処法
第二章:資料室と対処法
廊下の空気はひどく重かった。黴臭い空気が鼻腔を満たし、床に積もった埃が靴底にまとわりつく。
辿り着いた資料室は、想像以上に殺風景だった。天井近くまで並んでいたであろう棚の多くはすでに崩れ、残された紙束は黄ばみ、床に無造作に散乱している。
「埃っぽすぎるぞ、ここは。眼鏡が台無しだ」
夢路はふてぶてしく呟き、クリーナークロスを取り出す。
そんな夢路をよそに、3人が資料を調べていると、鯖江の手がある紙片に触れた。瞬間、彼は微かな違和感を感じ取る。
「ん? なんだこれ……」
その呟きに、八雲と炎城寺が顔を上げた。八雲がしゃがみ込み、鯖江の手元を覗き込む。
「どれどれ……なんかの……マニュアル?」
唐音も、興味を引かれたように眉をひそめる。
「ああ、これは……『対処法』って書いてあるわね」
四人が周囲の紙を手分けして拾い集める中で、奇妙な断片が見つかった。
《暴走した際の対処法》
・物理的な攻撃は一切効かないので、覚えておくこと
・火・電気・魔術は通じるので、それで攻撃すること
・一つだけでも口を塞いだり、水中や地中に放り込むことで窒息させることができる
「……魔術? 本気で言ってるの、これ?」
八雲が眉をしかめた。
「これは……まぁ、大方いるか分からないナメクジのことだろうな」
炎城寺が口元を引きつらせる。
その時、八雲がもう一枚の紙切れを拾い上げた。それは、まるで子どものような、震えた筆跡で綴られていた。
《なにかの紙の切れ端》
ともだちがくわれた
あいつにともだちのかおがあらわれた
あいつのかおはいままでくってきたにんげんのかおだ
きっとぼくもあのかおたちのなかにはいるんだ
「子供っぽい文章だな。宗教施設の孤児のものだろうか……」
夢路が呟く。
「なんかやばくないですか……」
八雲の声が小さくなる。
「いや、空想かもしれねぇし」
鯖江はそう言いながらも、紙を持つ手がわずかに震えていた。
「……まぁ、出る時は出るよなぁ。空想で済む気はしないな、アタシは」
炎城寺の言葉に、誰も反論しなかった。
「ナメクジだから、遅いよきっと」
八雲が絞り出すように言うと、鯖江が頷いた。
「だといいんだけどよ~」
「火や電気は有効みたいだし、倒せるなら怖がる必要はないさ」
夢路が唐突に口を開く。
「……一応倉庫も覗いてみようか。礼拝堂よりは安全でしょ」
八雲は渋い顔で、提案する。
「賛成だ。対抗手段がないとどうしようもない」
「そうね。火や電気を起こすものがあればいいのだけれど」
夢路と炎城寺が八雲の意見に同意する。
「武器になるものもあるかも知んねーしな~」
鯖江も続く。
その時、八雲がぽつりと呟く。
「……思ったんだけどさ。ナメクジなら炎や電気より、塩じゃない?」
思わず顔を見合わせる夢路以外の3人。
「おれ知ってるぜ、砂糖でもOKなんだってよ」
「あれ、水分が減るだけで死ぬわけじゃないらしいぞ」
「まあ、弱らせるだけなら……」
「話は終わったか?病気になる前に、さっさと肝試しを終わらそう」
そんな話をしながら、一行は倉庫へと辿り着く。
「……あれ、コンビニのビニール袋じゃね?」
鯖江が床に落ちている袋を指差した。
夢路がそれを拾い上げ、袋の中を確かめる。
「……4つ入りの大福。“お供え用”って書いてあるな。あとはペットボトルの水が7本、マッチは……湿ってるが6本は使えそうだ」
「都合がいいな……」
炎城寺が低く呟く。
「これで戦えってことっすか~?頼りないのやら嬉しいやら……」
鯖江が肩をすくめる。
「火はマッチでまあいいとして……」
八雲が考え込むように言うと、唐音が続けた。
「大福窒息大作戦ってわけ?」
「……これ、カピカピで粘着力がないですね。これじゃ喉に詰まらないかも」
八雲が首を傾げる。
「水で戻したらどうかな?」
「名案ですね、夢路さん。ちょっとやってみます」
八雲はペットボトルの水にハンカチを浸し、大福を包むようにして湿らせた。
「……うん、元に戻った。これなら……」
大福は4つ。八雲はその中から2つをそっと取り出し、ビニールの端を結び直した。手の中にある、柔らかさを取り戻した餅の質感が、思いのほか重たく感じられる。
「……2個、オレが持つよ。残り2つ、唐音ちゃんが持ってくれる?」
そう言いながら八雲は彼女に大福を差し出す。
「……仕方ないわね。あなた一人じゃ頼りないから、私も持ってあげるわよ」
唐音は顔を赤らめて、大福を奪い取る。
夢路が二人のやり取りを見届けてから、低い声で告げた。
「それじゃ……礼拝堂に向かおうか」
誰も返事はしない。言葉を交わさずとも、全員が礼拝堂へと歩みを進めていた。
「……気をつけてね」
扉を開ける音に混じって、八雲がポツリと呟いた。それは自分に向けた言葉でもあり、仲間に向けた祈りでもあった。
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