第10話
⑩
私は帰宅した。
高橋くんとは、さっきお別れした。
まさか、あんなこと言われるなんて。
パパとママと香里奈ちゃんに、相談。
そう考えて、止めた。
もう、そういうのは、止めにしよう。
私はパパがいるホテルに行く。
なんだか、緊張していた。授業をサボってることは、先生から聞いてるはずだ。
怒られる……よね。
最悪、失望されちゃうかも。
いや、パパとママなら。
きっと、大丈夫。
私は、私は、二人の娘なんだから。
「凪咲!」
扉を開けると、誰かに抱きしめて貰った。
「……ま、ママ?」
「ごめんね。遅くなった」
「ううん。ううん、……あっ、あのっ、あのね!」
「うん」
「ほん、ほんと、は、ほんの。ほんの少し、だけ、あ、あの」
「……うん」
「寂しかったの」
「……うん」
「ママは、私のママなのに、可笑しくないって」
「うん」
「ママは、私のこと、私」
「言って」
「……私のこと、一番に、しなきゃ、いや、してほしい」
「うん」
「して欲しかったの! ロケとか! 仕方ない! ない! けど!」
「うん」
「私が辛い時! 私の側に! ママが! ママ、ママが、いないの、いや、嫌なの!」
「……ありがとう。一生懸命、伝えてくれて」
「ママ。ママぁ!」
私はママに縋りついた。ママとの身長差は、知らない間に埋まりつつあった。
それだけの間、抱きついてなかったんだ。
「……パパもいるかい?」
「早く来なさい」
私が答える前に、ママはクールに言い放った。
私は笑う。心から。
「凪咲、その、今日のこと、話してくれる、かな? もし、良かったら」
「あっ、え、ええと」
「何がっても、俺たちは凪咲が大好きだよ」
「うん……。うん。あ、あのね。海! 海に行ったの! 学校サボって! それで、あ、えと、えとね」
「うん」
「……立花くん、その、ビンタしちゃった」
二人は見つめあった。
そして、私を抱きしめる。
「凪咲! 俺はこれから、一人の大人として! あんまり相応しくないことを言うよ!」
「う、うん?」
「よくやった!」
「……え?」
「ははは! ザマアミロ! あの! クッソガキ! うちの凪咲に八つ当たりしやがって! 立花さん家の子だから、大人の対応してやったけど! そうじゃなかったら、本当に殴ってやりたかったぁ! 立花さんに感謝しろ! ボケ! あの程度で、可哀想な僕……みたいな顔しやがって! 昭和のが酷ぇわ! タイムスリップさせてやろうか! 脚本の中で!」
「ぱ、パパ?」
「凪咲」
「う、うん?」
「何発、やってやったの?」
「え、2発?」
「少ない!」
「えっ」
「ビンタなら、5発はやって良かった」
「え、ええ」
「杏香さん、足りないですよ。それに、俺は奇数は好きじゃないです」
「それもそうね。……敬語に戻ってるわよ」
「あっ、つい、昔を思い出して、ね」
「血の気が多いのは、お互い健在ね」
二人は見つめあった。
そして、笑った。
「……こんな両親に育てられたんだから、なるべくして、と、云うか。ね?」
「ええ、凪咲は間違ってない」
「たとえ、間違えたとしても、俺たちの愛しい娘だよ。それだけは、絶対に変わらない」
「……狂言?」
「かもね。騙されてくれる?」
「武、こういう時は?」
「……信じてくれる?」
「よろしい」
私は、笑った。立花くんみたいな、嫌味ったらしいことを言ってしまった。
全然、大丈夫だった。
大したことはなかった。本音なんか、全然怖くなかった。
「凪咲、私、暫く休むことにしたから」
「……え?」
「いい機会だと思ってね。別に、いつ引退しても良かったし。楽しいからやってただけだし。……私のこういうところが気に食わなかったんだろうってことは分かるんだけどね。でも、自分の衝動くらい、自分でなんとかしてよって、正直、私は思ってしまうわ」
「……うん」
パパは半笑いで続けた。
「ま、死ぬほど稼がせて貰ったし、いいこともあったんだけど。どうする? 海外でも行く?」
「凪咲はどうしたい?」
私、私は、どうしたいんだろう。
今まで、私、自分で考えたことって、あったっけ。
そんな気分にさせられた。
「ここで、香里奈ちゃんと高橋くんと誕生日会をやり直したい」
「いいね! 俺たちは、どうする? どっちでもいいよ。どっちでも、楽しめるから」
「私、パパもママも、いてほしい」
「よし! なら、準備だ! 高橋め! 来るなら来い!」
「香里奈ちゃんは迎えに行きましょうか」
「そうだね。香里奈ちゃんのところはタクシーを」
「なら、高橋くんにも、じゃない?」
「いや。それは癪」
「相変わらず、子供っぱいんだから」
「そういうところも、好きなくせに」
「じゃないと結婚なんかしないわ」
「ああ、君は本当に美しい!」
「言われすぎて」
「姿だけじゃないよ。魂の形! 君の魂を、俺は心から愛してるよ」
「それも聞き飽きた」
「ああ! 俺はなんて幸せなんだ!」
「いきなりテンション上げないで」
「いや、無理でしょ」
二人は笑った。
「……個人的には、高橋くんはかなり好きだよ。俺は高潔な魂が好きだから」
パパは私たちを見た。
「ただ、癪なんだ。手に入れる光に、手を伸ばさないのが」
「手に入れても、怒るくせに」
「はは! 俺は勝手だからね!」
「……香里奈ちゃん派だものね?」
「そりゃ、そうでしょ。高潔な魂の、なんか、格的なのが、やっぱり俺らみたいなのとは違うよ。ああいう子は。俺なんかは出来ないと生きれなかっただけだから」
「……私は高橋くん派だわ。努力で掴み取った人間は、やはり魅力的だもの」
「……パパは本当に、香里奈ちゃんと佐伯さんが大好きだよね」
「ああ、大好きだよ。俺はクリエイターだからね。どうしても、ああいう未来がある子達を愛しく思うことを、止められないよ」
「そういう、もの、なのかな?」
「そう。凪咲も俺の仕事部屋の絵が好きだろ?」
「うん!」
「すぐに会えるよ」
「え?」
「きっと、すぐに会えるよ。あの絵の作者に」
「……だと、いいな」
「あ、既読ついた! 二人とも来るって!」
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