第9話
⑨
僕は不本意ながら、矢島と二人きりになった。
「心底嫌だけど、約束したから、家まで送るよ」
「……それ、僕のセリフじゃない?」
「いや。立花に家に送られるとか恐怖なんだけど」
「それはそうか」
僕は素直に納得して、矢島に問いかけた。
「通行手段、決めていい?」
「どうせ、電車がいいとか言うんでしょ?」
「分かってんじゃん」
「自己陶酔クソ野郎」
「知ってるよ」
僕は笑った。
「……その笑顔はいいね」
「あっそ。ありがとう、とでも言えばいいの?」
「こんな時くらい、嫌味を止められないの?」
「うん。無理」
僕はとびきりの笑顔を向けたやった。
「僕は、こういう人間だから」
そして、僕たちは駅に向かった。
季節外れの、こんな時間は、列車の人もまばらだった。
「今頃、あいつらが授業を必死こいて受けてると思うと、面白いよね」
「……そうだね。でも、こんなことしてる私たちのが、一般的には面白いと思うよ」
「はは! 確かに!」
僕は腹を抱えて笑ってしまった。
「……よく笑うんだね」
「僕はいつも笑ってたでしょ?」
「うん。泣きそうにね」
「へぇ」
「……肩くらいなら、貸すけど」
「……僕、見た目に似合わず漢泣きするタイプだけど?」
「泣くのに、性別なんか関係ないよ」
「僕、クロ」
「もっと関係ない」
間髪入れずって、こういうことを示すんだろうなって思った。
「バカじゃん」
「お互いね」
「は、はは」
「見ないでおくから」
「意外」
「本音を言うなら、見たいよ」
「なら、見ればいいじゃん」
「見ないよ。立花、見て欲しくないでしょ」
「……今更とか、言わないの?」
「確かに、さっき見たし、撮影までしたけど」
矢島は、少し、言葉を溜めた。どう言えばいいか、考えてたんだと思う。
「何かが、違うんでしょ?」
「そ、だね」
それ以上は言えなかった。
本当に、本当にムカつく。
「香里奈、本当に嫌い」
「はいはい」
足音が聞こえた。
顔を上げると、車両から人が消えていた。
「ああ、ヤバい奴に関わりたくないか」
「泣いてる姿見たら可哀想だって思ったんだよ」
「そうとは限らないよ」
「そうだけど、そう思った方がいいよ」
「なんで?」
「その方が楽しいから」
「はは! 勝手!」
「人間は皆、勝手だよ」
「僕は」
「当たり前に人間だよ」
香里奈は一呼吸、置いた。
「どうせ、他人が何を考えてるかなんて分かんないんだからさ。人に押し付けないなら、良いように捉えた方が良いよ」
「……そうかもね」
少しの沈黙。
「賢吾さんに連絡したら?」
「……今は、したくない」
「はぁ、めんどくさっ」
香里奈はスマホを出した。
「私から連絡するけど、いい?」
「……お願いします」
「文面は私が考えていい?」
「お願いします」
「はぁ。賢吾さんが絡むといい子になるな、いきなり!」
香里奈は一心不乱にスマホを操作する。
「画面、覗かないで」
「馬みたいな視界だな」
「見えてないよ。予測」
「へぇ」
「出来たら文面見せるから、待ってて」
「香里奈って、無駄に」
かっこいい。
「……態度デカいよね」
「今の私はイラついてるから、文面を見せずに送る可能性があるよ」
「……すみません」
「クソが」
香里奈は画面に集中してる。
「ねぇ」
「まだ」
「あのさ」
「しつこい」
「僕がしつこいのは知ってるでしょ」
「嫌ってほどね。あの変なメッセージ止めてよ」
「約束したのに、来ないのが悪い」
「約束してない。なぜか私が愛花さん不在の愛花さんの誕生日会に参加することが決定されてただけ」
「文面にすると、酷いね」
「文面にしなくても、酷いよ」
「何からおかしかったんだと思う?」
「そんなこと考えても、未来はないんじゃない?」
「ははっ! でも、知りたいな?」
その言葉に、香里奈はこっちを向いた。
あ、その目はいいな。
「賢吾さん、いい人だし」
「そうだね」
「……禊でもあるし」
「禊?」
僕は、予想外の言葉に驚いてしまった。
「一年の時、私が立花がクローンだってバラしちゃったから」
「ああ、あれ」
「私、その」
香里奈は眉間に皺を寄せた。
「分かってるよ。香里奈にとって、クローンってただの個性だったんだよね」
「えっ」
「何?」
「……立花は、私のこと、恨んでると、思ってたから」
香里奈は迷子みたいな目をした。
「そんなことじゃ、恨まないよ」
「でも、クローンは秘匿性が」
「大体、僕は幼い頃から遠巻きでいつもSPが付いてまわるような生活に慣れてるんだよ。プライベートなんかないの」
「えっ、夜遊びは?」
「だから、大人の方法で」
「……身体」
「んなわけないじゃん。確かに僕は美しいけど、生活があるんだよ、あの人たちだってさ。ま、それも求める奴もいたけど、基本は金だよ」
「基本」
「ああ、身体求めてきた時点で解雇だから、気持ち悪いし」
「わりかしマトモな感性してて、安心した」
「すごい。ここまで人のありのままの感想聞いたの、初めてかも」
「私は、少なくとも、ありのままの感想しか言ってなかったんだけど」
「……知ってる」
知ってるから、香里奈のこと、嫌いだった。
「知ってるよ。その、八つ当たりして、ごめん」
「はぁ、もういいよ」
「……どうでも、いいから?」
「本っ当に、厄介!」
「厄介なら」
「私は、凪咲ちゃんみたいに、優しい方法はできないよ」
「うん。知ってる」
「マゾヒスト」
「それはちょっと、否定したいんだけど」
「高橋に派手に蹴られてたくせに」
「それは」
高橋が、香里奈のこと悪く言ってたから。
「高橋が気持ち悪いのが悪い」
「何か言いかけたね」
「手加減がないな」
「私は、立花のことをメフィストフェレスだと思ってるし」
「メフィストって略さない人、初めて見た!」
「いきなりテンション上げないで」
「で、何? 僕は香里奈の願いでも叶えればいい?」
「いいよ」
「魂までは賭けられない?」
「ううん。願いは自分で叶えたい」
「はは!」
「だから、テンション上げないでって。気持ち悪いから」
「でも、香里奈、僕の顔は好きでしょ?」
「……は?」
あからさまに、怪訝な顔をした。
「前髪上げると、必ず視線を感じる」
「立花の顔、嫌いな人のが稀有なんじゃない?」
「逃げたな」
「逃げたくもなるよ。こんな距離の詰め方されたら」
「香里奈もこんな感じだよ」
「私は、そんな、……傲慢じゃない」
「そうだね。香里奈は傲慢っていうか、強欲って感じ」
「よく見てるね」
「人間観察が趣味なのは、お互い様だよ」
「確かに、私は人間観察が趣味だけど、人間観察が趣味って自己申告する人は、正直好きじゃないよ」
「全く同意見だよ」
「はぁ」
「香里奈だから、自己開示したくなっちゃった」
「また、そういう趣向なの? 悪趣味だよ」
「今度こそ、本当だよ」
「嘘。人間はそんな簡単に変われないよ」
「香里奈のためなら、頑張るよ」
「人格矯正プログラムでも組んで見せてくれなきゃ信じられない」
「もう、僕の特大の秘密を知ったじゃん」
「勝手に見せられた、が正しいよ」
「なら、帰れば良かったのに」
「いい加減、面倒なんだけど、立花は何が言いたいの? あと、いつも言ってるけど、二人きりになった時に名前で呼ぶの、止めて」
「いい名前じゃん」
「名前の問題じゃない。気分の問題」
「僕の顔が好きなのに?」
「顔は好きだよ。ついでに、身体も」
「えっ」
「かなり細いけど、綺麗に筋肉ついてるよね。何かやってたの?」
「いや、賢吾が考えた体操を毎日……って、香里奈?」
「何?」
「僕の身体に、興味あるの?」
「うん? 綺麗な身体は見たくない?」
「え、ま、うん? あれ?」
僕は頭が混乱してきた。
「香里奈、意外と」
「勘違いしないで」
「いや、勘違いするような言い方したじゃん!」
「だから、いきなりテンション上げないでよ」
「いや、テンションっていうか……。あれ? 香里奈って、高橋か立野が好きなんじゃないの?」
「なんで、ここで、二人が出てくるの?」
「いや、出てくるだろ。あの態度」
「はぁ、恋愛脳がよ」
「おい」
「あ、恋愛脳が悪い訳じゃないから。私は立花に怒ってる」
「……そうですか。で、どっちが好きなの?」
「……なんで立花と恋愛トークなんてしなきゃいけないの?」
「恋愛って認めたね?」
「言葉の綾だよ」
香里奈はため息を吐いた。
「じゃ、それじゃなくてもいいからさ。なんか、香里奈の秘密教えてよ」
「そんなの知って」
「ただ、知りたいから」
僕は、前髪を上げて、香里奈に言った。
「顔が綺麗」
「妥当なご意見をありがとう」
「はぁ」
「ね、ダメ?」
「……一旦保留で。あ、文面見て」
「うん。……いいね。ありがとう」
「どういたしまして。前から思ってたけど、立花、お礼だけはきちんと言えるよね」
「……そういう親に、育てられたからね」
「そ、だね」
香里奈はスマホに視線を戻して、すぐに画面を見せてきた。
「ほら、送った」
「ありがとう」
「どういたしまして」
また、少しの沈黙が流れた。
香里奈との沈黙は嫌じゃなかった。
多分、それは、香里奈が僕のこと、どうでもいいからなんだろうな。
「さっきのさ」
「うん?」
「どうでもいいからじゃないよ」
「え、そっち?」
「どっちなの。私がどうでもいい人にここまで出来る人間に見える?」
「全ッ然見えない」
「そこまで言われると癪だね」
「顔のために、そこまで出来る?」
「出来ないよ」
「禊?」
「それもある」
「……僕とセッ」
「ない、気持ち悪い、無理、ごめん」
「癪はこっちのセリフなんだけど」
少し、気不味い沈黙だった。
さっきと何が違うんだろう。
「はぁ!」
「うわっ! いきなり大声出さないでよ」
「大声も出したくなるわ! こんな顔だけ男のために、なんで私が」
香里奈はイラついていた。
「教えてあげる」
「何を?」
「惚けないで。教えてあげないよ?」
「……それはやだな」
「ボールペンはないね?」
「ああ、捨てちゃった」
「捨てざるを得なかっただけでしょ」
「まぁ、そうとも言えるね」
「そうとしか言えないくせに」
香里奈は鞄から何か取り出した。
「見ろ」
「前から思ってたけど、香里奈って殺意高いよね」
「今すぐ殺意が殺に変わる瞬間を見せてあげようか?」
「……止めときます」
僕はノートを見る。
デッサンだ。所狭しと、人、人、人!
「ヌードしか、ないじゃん」
「人体が好きなの」
「言い方、悪」
「最低が何言ってるの?」
「香里奈って口悪いよね」
「相手に合わせてるだけ、私が口が悪いと思うなら、それは立花の口が悪いんだよ」
「……一理あるね」
「これが、私の秘密」
「うん? 自慢じゃなくて?」
「絵が上手いことが、自慢になるの?」
「いや、なるだろ。ていうか、まだ僕は上手いって言ってないんだけど」
「また、嫌味? だって、どう見ても上手いでしょ」
「はぁ」
「立花が顔を褒められて嬉しくないように、私も絵を褒められても別に嬉しくないよ」
「……なるほど? でも、香里奈のは能力じゃん。僕のは」
「面倒だな。綺麗な容姿だって能力だよ。しかも、立花、頭も運動神経もいいじゃん」
「それは、愛花が」
「私、愛花さんのこと知らないし」
「……あっ」
「知らないことは、重ねようがないよ」
そうだ。愛花は芸能人でもなんでもない。
普通、もっと早く気がつくだろ。
何やってんだろ、僕。
「……私、おじいちゃんが油絵で有名で、おばあちゃんが彫刻で有名なの」
「エリートじゃん」
「……そういう言い方、好きじゃない」
「……ごめん」
「いいよ。お父さん、芸術家になんかなるもんかって。あんまり、私のこと、得意じゃないの」
香里奈は言葉を詰まらせた。
「おじいちゃんとおばあちゃんが、油絵のセット、プレゼントしてくれた時の、お父さんの顔が、忘れられないの」
「……捨てられたり?」
「ううん。無理して、笑ってた。お父さんは、自分の過去と戦ってたの」
「……うん」
「だから、絵は好きだけど、嫌いなの。絵が描けて、良かったことも、悪かったこともあるからさ」
「……うん」
「皆、皆、褒めてくれるの。私は、皆が喜ぶから、絵を描いてたのに。でも、お父さんは全然笑ってくれない。でも、私のことも、私の絵も、嫌いじゃないの。ただ、苦手なの」
「……そっか」
「ここからが秘密なんだけど」
「えっ、今までのじゃないの?」
「え、そうだけど?」
「う、うん」
「私、美大受験するの」
「え、いいじゃん」
「……うん?」
「香里奈、昔から絵が上手かったじゃん」
「昔?」
「あっ」
僕は心の中で舌打ちした。
「……冗談だよ」
「立花って意図しない状況には弱いよね」
「香里奈が強すぎるだけだろ」
「……そういうことにしてあげる」
「ありがとう」
「で、いつ? おじいちゃんとおばあちゃんの個展では名前出してないけど」
「……言わないと、ダメ?」
「ダメ」
「この顔でも?」
「私、モデルさん呼んでヌード描いたりするから、色仕掛け的なのは効かないよ」
「……メフィストの名折れだね」
「前から思ってけど」
香里奈は僕のポケットに手を入れる。
「立花は意図しない表情のが素敵だよ」
「なっ」
僕は咄嗟に後ろに下がろうとする。
「もう、前髪はいらないでしょ」
パチン。
後から、音がやってきた。
「あ、安心して。黒のクリップだから」
「ヘアピン?」
「そう」
「なんで、ポケットに」
「そりゃ、そのツナギ、私のだし……」
「あっ」
そうだった。高橋が高畠のジャージ貸そうとして。
「立花が断ったんでしょ?」
「……そろそろ高畠に殴られそうだから」
あの陸上バカが。
「高橋には蹴らせたじゃん」
「そりゃ、高橋に蹴られても大したことにはならないし。でも、高畠は駄目だ。アイツは陰湿側だよ。僕には分かる。最小限の力で一番痛くしてくるよ。しかも、バレないように」
「高畠はそんな」
「アイツなら、やる」
「そんな人じゃないと思うけど。一年の時、皆に無視された時、陰で話しかけてくれたし」
「は?」
「……昔、色々あったみたい」
「まぁ、ここにスポーツ推薦で来れる奴が苦労してない筈ないか」
「うん、いい人だよ」
「ま、表立ってやんないけどね。陰湿側だから」
「いや、高畠が表立って助けた方が荒れたでしょ」
「……それもそうか。人間の嫉妬って、怖いから」
「嫉妬の塊みたいな立花が、言うんだね」
「はは、言うじゃん」
目を合わせて、笑う。
視界は晴れ渡っていた。
前髪がないんだから、当たり前だけど。
「で、いつ?」
「……流す流れだったじゃん」
「いやだ」
「はぁ、本当に、嫌い」
「嫌いでいいから」
「……なんで知りたいの?」
「知的好奇心」
「はぁ、そういう人だよな、香里奈は」
僕は、記憶を呼び覚ます。
絵画教室。
幼稚園のスモック姿。
絵の具の香りと。
その中で、圧倒的な子。
「香里奈は忘れてたけど、同じ絵画教室、通ってたんだよ」
「……え?」
「うわ、もしかして、気が付いてて無視してるのかと思ってたけど。……いや、僕がそう思いたかっただけ、か」
僕は、息をゆっくり吐いた。
「忘れられないよ。あんなの見せられたら」
香里奈は圧倒的だった。上手すぎて、なんでこんな奴がこんな絵画教室なんか来てるんだよって思った。
「……その、ご」
「謝んないで。香里奈にとって、どうでもいいから覚えてないんでしょ」
「……そんなことは」
「あるよ」
「……うん」
「もし、さ。もし、僕を覚えてないことに、何か思うならさ」
「うん」
「教えてよ。あの時、風景しか書いてなかったのに、なんでヌードなんか描いてるの?」
「風景だったっけ」
「それも覚えてないのかよ。これだから」
天才は。
「お絵描きバカは」
「……言わないと駄目?」
「駄目」
「はぁ」
「……僕さ、服着てるより、裸のが綺麗って言われたことあるんだけど」
「……なんてこと聞かせるの?」
「興味ない? 僕のヌード」
「……だいぶ」
「あるよね。モデルになってあげる。等価交換って奴。……どう?」
「はぁ、受けたら私の弱味を、受けなかったら、私を揶揄うことができる、と」
「そういう面もあるよ」
「本当に、厄介」
「最低じゃないんだ、今回は?」
香里奈は舌打ちした。
「受けてたつよ」
「人にヌードを頼む態度か?」
「頼んだのは立花じゃん」
「俊」
「は?」
「俊って呼んでよ」
「……え、いや。心底キモい」
「ま、いずれね」
「そんな時は来ない気がするけど……」
香里奈は咳払いした。
「私って、絵が上手いから」
「知ってるよ」
「だから、皆、私の絵を喜んでくれるの」
「うん」
「だけど、だけどね」
香里奈は下を向いてしまった。
「だけど、私のことは、好きになってくれないの」
「……うん」
「皆が私のことを見る目は、呆れてるか、怒ってるか。私、皆、当たり前に絵が描けると思ったの。なのに、なんで描かないんだろうって。お絵描き教室も、本当は行きたくなかった。だって、おじいちゃんとおばあちゃんに教えてもらった方が速いし、楽しいし」
「……うん」
「お絵描き教室の子達、私が上手いって喜んでくれてたのに、ある日、いきなり怒るの」
「……うん」
「香里奈ちゃんばっかりずるい! 香里奈ちゃんみたいにできない! ……私、皆の絵も、嫌いじゃなかったのに。私がその絵、好きだよって言っても、信じてくれないの。私は、本気で、そう思ってたのに」
香里奈は息を大きく吐いた。
「皆、本当に勝手だよ」
「そうだね」
「でも、私も好き勝手やってるし、お互い様かなって思って。だから、知ろうって思ったの」
「うん」
「知ったら、描きたくなって。それから、よくヌードを描くようになったの」
「だいぶ省略したな」
「時間が足りないよ」
「じゃあ、描いてる時に話して」
「私、描いてる時は周りが見えなくなるタイプなんだけど」
「じゃあ、終わった後にご飯行こうよ」
「え、嫌」
「即答かよ」
「はぁ」
「で、高橋と立野、どっちが好きなの?」
「流す流れ」
「僕は流さなかったけどね?」
「……はぁ。引かない?」
「聞いてみないと分かんないよ」
「約束じゃなくて、覚悟を聞いてるの」
「覚悟! はは、いいよいいよ。決める決める!」
「……軽薄過ぎる」
「なに? 香里奈にだけ重くなってほしいなら、そうするけど?」
「汚い大人みたいなやり方」
「汚い大人も沢山いたもんで」
「……そう言われたら」
「いいよ。僕にとっては終わったことだから。で、どっち?」
「……引かない?」
「引かないって言っても、信じないくせに」
「ま、そうだね。私、その、ヌードの絵を描くのは、本気で気に入ってる人だけなんだけど」
「うん?」
「好き過ぎて、描けなかったの」
「……へぇ?」
「凪咲ちゃんも高橋もいい人だから、その、勝手に裸を想像されるのは、嫌かなって」
「うん」
「でも、目で追っちゃうの」
「……高橋は分かんないけど、立野は頼めばモデルしてくれるんじゃない? 世間知らずだから」
「多分、してくれると思う。香里奈ちゃん、優しいから。でも、それは、やっちゃいけないこと、なんだと思う」
「なんで? 合意じゃん」
「私は好意の上に成り立つ、なんか、そういうのを、利用するのは嫌なの」
「人間なんてそんなもんじゃない?」
「そうだとしても、私は、したくないの」
「へぇ」
「でも、皆、私が凪咲ちゃんか高橋が恋愛面で好きだって言うの」
「だろうね」
「私は、その、二人の、なんだだろう、行動? 思想? みたいなものが好きで」
「うん」
「ただ、好きなだけなのに」
「……うん」
「ただ、好きで、見たくて、知りたくて、描きたいだけなのに」
「うん」
「皆、わかってくれないの。好きなんじゃん! 認めなよ! って、言うの。ある人は身の程知らずって言うし、ある人は優柔不断って、そう、私に言うの」
「……うん」
「私は、私は、そんなつもりじゃないのに」
「……だろうね」
「もし! もし、これが恋愛ならっ!」
香里奈は声を張り上げる。
「私は! 凪咲ちゃんとも! 高橋とも! 付き合いたいことになっちゃうじゃん!」
僕は、香里奈の言葉を理解するのに、時間が掛かってしまった。
「ははっ! はは! あはははは!」
「え、なに、キモい」
「無理! 無理だろ! ここで! 二人と付き合いたいって! どんだけっ! どんだけ強欲なの!」
「そうなっちゃうでしょ?」
「ならねぇよ! はは! はぁ、笑った」
「……嫌な奴」
「誇っていいよ。この僕をここまで笑わせたのは、香里奈だけだ」
「だから、そういうの、私に使わなくていいよ」
「そういうのって?」
「なんか、その、魔性みたいなの」
「魔性とは言われたことがあるけど、みたいなの、がついたのは初めてだな」
「はぁ。面倒だな」
「あ、さ」
「最低だよ」
「だね」
「はぁ」
「……香里奈はさ、優しい人に酷いことは出来ないよ」
「……そうかもね」
「でも、僕は優しくないからさ」
「そうだね」
「だから、ヌード描きたいなら、僕を呼びなよ」
「なんか、悪魔の契約みたい……」
「いいね。契約書でも作る?」
「……パパに相談する」
「いいね。親に相談するのは、いいことだよ」
「いや、違くて」
「うん?」
「お父さん、弁護士だから」
「最強の布陣かよ」
「お母さんは、裁判所書記官」
「パワーアップした」
「そうなの?」
「なんだよ。お父さん、祖父母大好きじゃん」
「……そうなの?」
「そうでしょ。法律で守るってことでしょ」
「あっ、そうか」
「やっぱり、愛されてたんだね」
「え」
「愛されてない奴は、あんな絵、描けないと思うよ」
「……それも」
「本心だよ。今更、信じて貰えないと思うけど」
「……だね」
「いいなぁ」
「……うん」
「ごめん。なかなか抜けないんだ。……こうやって生きてきたから」
「そう、だね」
「僕、祖父母に会ったことないんだ」
「えっ」
「仲、悪いんだって」
「……うん」
「いや、ごめん」
「いいよ。……いや、話してくれてありがとう」
香里奈は視線を外した。
「……まだ秘密あるけど、ほしい?」
「……一応、聞こうかな」
「うん」
「私、ヌードのモデルして貰う予定だった人に襲われかけたことがあるの」
「……は?」
「私、中学でも絵で嫌なことがあって、だから、高校では絵が描けるってこと黙っておこうって思ったの。そしたら、私と誰も友達になってくれる人がいなくて。ああ、今までは絵のお陰で友達がいたんだなって。私の本体は、私じゃなくて、絵だったの。……あ、勘違いしないでね。寂しくてじゃないよ。誰からも誘われなくなったから、暇になったの。で、おじいちゃんとおばあちゃんの個展で、ボーっとしてたの。私の絵を見てる人たちの表情が見たかったし。で、お兄さんが来たの」
「殺した?」
「なんでいきなりスプラッター?」
「展開が読めたから」
「読めてても、聞いてよ。美大生卒のお兄さんだって名乗って、社会人しながら絵を描いてるんだって。私、凄いなって思って。お父さんもお母さんも、平日、疲れてたから。そんなに絵が好きなんだって。それから、色々話してさ。あ、この人のヌードが描きたいなって思って。私から、アトリエに誘ったの。私の絵に見惚れてくれてたし。きっと、私が作者だって知ったら、嬉しいかなって。私だったら、嬉しいから。嬉しいはずだって、勘違いしてた。お兄さん、私のアトリエを見て、具合が悪くなったの。ヌードどころじゃないでしょ? だから、描き掛けの絵だけ見せて、帰って貰おうとしたの。お水を持ってきてあげて、カーテンの奥に隠してた、私の絵を出したの。ジャジャーン! って。そしたら、お兄さん、発狂しちゃって。持ってた水を、絵にかけたの。絵も床もびちゃびちゃで。私、びっくりしたけど、具合が悪くなっちゃんだって。お兄さんに駆け寄ったの。そしたら、怯えながら、絵を濡らしちゃって、なんて言うから。私、言ったの。『こんな絵なんて、またいつでも描けるから、大丈夫です』って。そしたら、遠吠えみたいにお兄さんが叫んで、私を押し倒したの。私、びっくりしたけど、体調が悪くて、倒れちゃったんだって。『大丈夫ですか?』って聞いたら、お兄さん、ブツブツ言い出して。なんて言ってるか殆ど分かんなかったけど。お兄さんの手が」
「言わなくていい」
「ううん。もう終わりだよ。肩を触られたくらい。私のアトリエ、見守りカメラがあるの。なんか、二人同時に人が入ると、連絡が入るように設定されてて、私、言ってもらってたんだけど、忘れてて。……大変だったよ。警察とか来て。向こうは示談って言うけど、パパもママもおじいちゃんもおばあちゃんも凄く怒ってて。とんでもないことしちゃったんだなって」
「……僕のパターンは僕の責任もなくはないけどさ。香里奈のは、相手が悪いじゃん」
「そう、なのかな。後から聞いたんだけどね、お兄さん、美大を多浪して、結局普通科の大学行ってたんだって。それで、美術に興味がありそうな私に声を掛けたんだって。それで、許せなかったんだって。私がなんでも持ってるって、そう思ったみたい」
「……莫迦みたい」
「それから、なんか、お風呂とか暫くお母さんと一緒に入ってたんだよね」
「嫉妬の塊たる僕からの言葉だけど、嫉妬する方が悪いよ。当たり前だけどね」
「そうだと、いいな」
「……これは見せる気なかったんだけど」
僕は、服を捲った。上下別のツナギで本当に良かった。
「……高橋に蹴られたとこ? 痛そ」
「その下」
「うん?」
「古いアザがあるでしょ」
「うん?」
「僕、基本的に上手くやるから殴られることないんだけど、このアザの時はやらかしてさ。不名誉なアザなの。特別に見せてあげる」
「……高橋のアザのが酷そうだけど?」
「ああ、これはいいの。わざとみたいなもんだしね」
「……本当に、立花って、自分のペースを崩されるのが嫌いだよね」
「皆、嫌いでしょ。というか、香里奈は僕よりも人のペースを崩す人でしょ」
「えっ」
「無自覚? 骨の髄までお絵描きバカだね」
「……はぁ」
「あのさ、僕、さっきまで、ヌードモデルやるって言ったのさ、4割くらい冗談だったんだけど」
「……約束」
「まだ契約書は作ってなかったからね」
「はぁ、最悪」
「お、悪になった」
「いい加減」
「……ごめん。癖で」
「はぁ、で?」
「僕、僕さ。あの、香里奈のこと、勘違いしてた、の、かもなって」
「はい?」
「あの、あのさ、言っとくけど。僕がその、女子弄りしたのは、その」
今更、か。
「言って」
「今更でも?」
「今更でも」
「ごめん。香里奈が、そんな経験してるって知ってたら、あんな言い方はしなかった」
「ふぅん」
「僕は、その、本当のバカにはバカって言わないし、嫌な女子にわざわざ絡むような特殊な趣味は持ってなくて」
「知ってる。ゲイだもんね」
「……これは、僕なりの誠意だと思ってほしいんだけど」
「うん?」
「僕はバイだよ」
「えっ?」
「やっぱり勘違いしてたんだ。あるよ。女の人と付き合ったことも」
「……賢吾さんが好きなのに?」
「それは男性でも同じだよ。賢吾になんとなく似てる人なら誰でも良かったし。ただ、僕は自分より背が高くないと好みじゃないから。僕より背が高いってなると、必然的に女の人は範疇から外れるってだけ」
「……なる、ほど」
「僕は本気でヌードモデルする気になったけど、どうする? バイの僕は信じられない?」
僕と香里奈は見つめあった。
香里奈の目は、真っ直ぐで、怖かった。
この目も怖かったことを思い出した。
「それこそ、今更でしょ」
香里奈は笑った。
「最悪より下はないよ。きっと」
「はは! ありがとう」
僕は、下を向いた。
「本当に、ありがとう」
「私も、見せてあげる」
「えっ」
香里奈は、長袖を捲った。
「ほら、アザ。身体中、とは言わないけど、かなりあるよ」
「うわ、なんで?」
「わかるでしょ?」
「……絵を描くと、周りが見えなくなる。で、ぶつける、とか?」
「それもあるよ。私、よく色んなとこにぶつかるの」
「生まれて16年も経つのに、自分の体積もわかんないの? ……あ」
「はぁ、まだ成長期だし、まだまだ伸びるつもりだし」
「……ありがとう」
「いいよ。でも、いきなり素直になられるのも、気持ち悪いな」
「こんなに一日で気持ち悪いって言われたこと、ないんだけど」
「事実でしょ」
「ははっ! そうだね! 事実だ。そう、事実なのに、皆、気を遣って、言わないでくれたんだ。それも、優しさって分かってたけど、僕にとっては、クローンも気持ち悪いも、事実なのに、誰もそうだって、怒らせないと、言ってくれなくて」
「……うん」
「僕にとっての、当たり前は、皆の当たり前じゃないんだって。お前は、違うんだって、言うほどの価値のない存在なんだって。そう、思っちゃった」
「うん」
「香里奈には、分かるかな」
「分かんないよ。でも、話し合いはできる、と、思いたいよ」
「……そ、だね」
沈黙さえ、心地よかった。
香里奈は、きっと僕に興味がない。
立野のためにあんなに怒れたのは、立野に情があるからで、ここまで冷静になれてる時点で、香里奈は絵のモチーフとしてしか、僕を見ていない。
「……告白かな?」
「は?」
「立野に呼ばれてたじゃん」
「そんな訳ないでしょ」
「え? そうなの?」
「凪咲ちゃんは私に興味ないよ。多分」
「いや、興味しかないだろ」
「……なんだろ。凪咲ちゃんは、私のことを、こう、非日常に連れてってくれる、刺激的な存在として、求めてるところがあると思うの」
「はぁ」
「何?」
「いや、僕って、外から見たら、こんな感じなのかなって、絶望しただけ」
「は? 一緒にしないでよ」
「ヒーローかヴィランかは、見る角度で変わるよ」
「そうかもだけど、それを言うのは、だいたいヴィラン側だから」
「確かに!」
「私、芸術家の知り合いがたくさんいて」
「だろうね」
「皮肉屋もたくさんいたから耐えてるけど、私、好きで語る人のが好きだよ」
「僕に、好き側になってほしいって、こと?」
「そりゃ、そうだよ。最高で最低のモデルが、最高でしかなくなる瞬間は見たいでしょ」
「はは! これだから芸術家は!」
「てか、立花も呼ばれてたけど、なんで?」
「あぁ、なんだろ、告白? またはキスの報復かな?」
「……惚けてるでしょ」
「はいはい。多分、アザじゃないかな? 高橋に蹴られたのも、蹴られた直後の状態も見てるから、高橋、ややこしいな、生徒会長は頭良いから範囲をある程度、記憶してたのかも。よく見ると、ちょっと古いしね。反射神経もいいよね。さすが、代打のアンカーでゴールを」
「そういうのはいいよ」
「……ごめん」
「よくないけど、良いよ」
「なんだそれ」
「心情としてはムカつくけど、一定の理解はできる……かな」
「器の大きいことで」
「はぁ、皮肉野郎」
「その皮肉野郎が送った練り香水使ってたのは誰?」
「あれ、選んだの賢吾さんでしょ」
「バレてた?」
「バレバレだよ。あんな顔して渡されたらね。人の誕生日に、嫌そうな顔しやがってって思ってたから」
「はぁ、慧眼だね」
「本当にムカつく。しかも、なんのつもり?」
「何が?」
「いい加減」
「はぁ、ごめん。……立野、香里奈こと好きだし、同じ香りなら喜ぶかなって、思った、のと、……ムカついたから」
「誰に?」
「全部」
「はぁ」
「僕はそうい」
「いいよ。もう」
「うん……」
「過去は変えられないもの」
「……うん」
「勘違いしないで。これから気をつけてって意味」
「うん。いや、その、あり、がとう」
「いいよ。感謝して」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
今度の沈黙は、少し気まずかった。
「この、ツナギさ。僕には小さいんだけど」
「着れてるんだから、いいじゃん。しかも、あのお宅で服貸してくれるって言ったのを断ったのは、立花じゃん」
「いや、ああいう人たち苦手で」
「どんな?」
「純粋ないい人」
「厄介」
「厄介がいい人に迷惑かけるのは駄目だろ」
「……凪咲ちゃんや高橋、私は?」
「ただのいい人じゃ……、いや、すみません」
「いいよ。ユニセックスだったはずだし、いいじゃん」
「若干、お腹出てるんだけど」
「似合ってるよ」
「似合ってたまるか」
「私のヌードモデルするのに?」
「ま、そうだけど、なんか違う気が」
「でも、よく着れたよね。若干キツいくらいで」
「そりゃ」
胸の分、布が。
「……僕、細いし」
「確かにね。私は、もう少し肉つきがいい方がいいな」
「……どっちが魔性、いや、魔女だよ」
「ヘンデルとグレーテルのつもり?」
「冗談。そこまで、自己認識は甘くない、つもりだよ」
「……だね」
また、少しの沈黙。
「……いい時計だね?」
今度の沈黙を破ったのは、香里奈だった。
「下手な会話」
「お互い様」
「だね。……賢吾にもらったの。愛花の誕生日に」
「ああ、愛花さんの誕生日も、4月13日だっけ?」
「うん。立野とお揃い」
「……あの日、あんなことがなければ、誕生日会の梯子する予定だったの」
「いいよ。いや。ごめん。来れないって、分かってたんだけど」
「うん」
「正解だと思う。あの時は、立野の側にいるのが絶対に正解だった」
「うん」
「でも、その、来、て、ほしいって、思っちゃった」
「……そう」
「ごめん、面倒で、厄介で、最低で、最悪で」
「はぁ、その時計だけは、靴に入れてたね」
「……うん。なんか、壊したくなくなっちゃった。賢吾から愛花へのプレゼントだから」
「へぇ」
「愛花の誕生会で、毎年、僕がプレゼント貰うの。愛花の代わりに」
「……そう」
「愛花が起きたら、その時に、盛大に祝うんだって。今の愛花は受け取れないからね」
「うん」
「ああ、クソっ! あの理系イケメンの最高峰研究愛花バカのせいで!」
「褒めたいの? 貶したいの?」
「人の失恋、面白くない?」
「全く面白くないよ」
「はぁ」
「……強いて言うなら、描きたく、は、あるかな?」
「……出た、お絵描きバカ」
「バカのがマシでしょ、どうせなら」
「……確かにね」
海で叫んで、電車で愚痴と失恋話なんて、どっかで聞いた、ありがちな話だ。
そうだ。僕なんか、全然特別でも、変でもない。
ただの、ただのアイデンティティーに悩む、高校生だった。
ただ、クローンだから、愛花が、眠っているから、少し可笑しくなっただけ。
色んなことが、重なっただけ。それだけだったんだ。
「私、写真も動画も齧ってるから、そっちもよろしく」
「はは! 本っ当に強欲! でも、不思議と、嫌じゃ、ない、かな」
「好きって言えばいいのに」
「冗談。気持ち悪いって、絶対に言うじゃん」
「言うよ」
「うわ、性格悪っ」
「それは立花でしょ」
「確かにね」
「はは」
「……気持ち悪いけど、私は好きだよ」
「……うん。ありがとう」
「どういたしまして」
美術、絵画、あの絵。
「香里奈の絵、モネみたいでいいよね」
「そう言うのは」
「……好きで話せって言ったのはそっちじゃん」
「……まぁ、ね」
「僕、印象派好きだよ」
「私もっ!」
「……いきなりテンション上げないでよ」
「……知ってる単語には、食いついちゃうよ」
「ま、分かんなくもないよ。賢吾もそうだしね」
「だね」
「印象派、絵もいいけど、あのエピソードが好きだな。最初、印象しかない絵だ、みたいなこと言われて、自ら印象派って名乗り出して。いつの間にか、肯定的な言葉に変わっていったってやつ」
「かっこいいよね。私、印象派のそういうところ、好き」
お前もな。
「……そうだね」
僕は一瞬、浮かんでしまった考えを振り払った。
「あ、そういやさ」
「何?」
「なんで、服なんて持ってたの?」
「ああ、今日、アトリエに」
「いや、違くて。立野の」
「ああ、いつも待ってるから」
「……は?」
「いつか、機会があれば着て欲しいなって思ってて。デザインも好きだし。テンション上がるでしょ? 皆が、ほら、推し活? で、なんか、鞄につけたりするみたいな感じでね。本当は誕生日にフルセットで渡したかったんだけど、凪咲ちゃん、気にしちゃうかなって」
「へ、へぇ」
「なんで引いてるの?」
「この話で引かない人のが、僕は信じられないけど」
「……えっ?」
「いや、本当に、めちゃくちゃ怖いから、気をつけなよ? 立野がお嬢様で貢物に慣れてるから、まだ、うん、ギリギリ犯罪になってないだけで、立派なストーカー予備軍だから」
「貢物に慣れてるって言い方は」
「はぁ、ごめんなさい。プレゼントをよく受け取る、心優しい立野に嫉妬しただけです」
「暴力誘発人間の立花に、ストーカー呼ばわりされた……」
「ま、結果的に、立野が喜んでるなら、いいんじゃない?」
「そして、慰められた」
「なんなの?」
「なんだろう。立花に何を言われてもムカつく。これが、癪ってことかな」
「そう思うなら、そうなんじゃない?」
「凪咲ちゃんが許してくれるなら、ボコボコにしてやりたい」
「……その立野にビンタされたし」
「私ならグーでした」
「だろうね」
「はぁ」
「ま、モデルに傷がつかないように、殴るのは止めてよ」
「……それも、そうだね」
「なんで、ちょっと残念そうなの? あ、いつにする、モデルの日? アザが治ってから」
「あ、いや」
「うん?」
「許してくれるなら、アザありも欲しい」
「……は?」
「嫌なら」
「い、や、ではないけど。なんで?」
「立花、綺麗だから。映えると思った」
「……とんでもない性癖暴露された」
「性癖じゃないよ」
「そ、そうだね、うん。違うよ、きっと」
「なんか、遠くない?」
「……気のせい、じゃない?」
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