第6話
⑥
俺は、その様子を呆然と見つめていた。
二人がいなくなった教室は、途端に静かになった。
「た、立野さんが……狂った……」
「うーん、人間は誰しも狂った一面を持つものだよ、諸君」
「詩人……」
「そう言った意味で、立野さんは俺たちが思うより、人間らしい人だったってだけじゃない?」
「……なんでお前、成績悪いくせに頭良さそうなこと言うの得意なん?」
「この学校の偏差値が馬鹿みたいに高いだけで、中学ではいつも一番だったよ。比べる対象の問題じゃない?」
俺は立ち上がった。
行かなきゃ、止めなきゃ。
その腕を、誰かが掴んだ。
「行くな」
「な、んで」
「そんな顔してる奴、行かせる訳ねぇだろ」
「だけど、お、俺がやんなきゃ」
「いつも思ってたけどさ、お前のそういうの、正直シンドイよ」
「なっ!」
「お前さ、自分だけが我慢すれば全てが上手く行くとでも思ってんの?」
「な、なんでそんなこと」
「言うよ。俺はお前の友達だから」
俺は高畠のその言葉と、目でいなされてしまった。
「お前のスペックがエグいことなんか知ってるよ。でもさ、それってお前が死ぬほど頑張った結果で、簡単に人に差し出していいもんじゃないだろ」
「っんだよ!」
俺は高畠を突き飛ばしていた。
「皆、勝手に言いやがって! 俺に散々ッ」
「世話してほしいなんて言ったことねぇんだよ! こっちだって!」
高畠の顔が近かった。
息が、しづらい。
そして、俺は胸ぐらを掴まれていることに気がついた。
「俺がいつ! お前にそんなこと! 頼んだよ!」
「だけどっ! でもっ! お前だって、嬉しそうだっただろうが!」
「嬉しかったに決まってんだろ! でも、お前の想像とは違ぇよ! 言っとくけどな、俺は将来有望な陸上選手だぞ! スポンサー契約だって引くて数多のスポーツ推薦なんだよ!」
「……ああ、そうだよな! お前みたいな、お前みたいな」
「言ってみろよ」
「っ言える訳ねぇだろ!」
「なんでだよ!」
「お前が死ぬ気で頑張ってるのを知ってるからに決まってんだろうが!」
「ただのスポーツ推薦って思ってたんだろ?」
「違う!」
思ったことがないと言ったら、嘘になってしまう……と思う。
でも、でも。
「俺は、俺は、そんな人間じゃない! ないはずだ!」
そうであってほしい。俺は、本当の両親のような。
「そうだよ!」
高畠は一番大きな声をあげた。
「お前は、生徒会長で、クラスの人気者で、底抜けにいいやつで! でも、たまにびっくりするくらい冷たい目をして、自分は周りと違うかも、なんて思っちゃって」
高畠の声は段々震えていく。
「そんな自分に自己嫌悪するくせに、人に優しくすることを止められなくて、完全な善意じゃないなんて、考えちゃって! ふざけんなよ! こちとら、そんなヤワな気持ちで付き合ってる訳じゃねぇんだよ!」
「……お前、俺のこと」
「好きだよ! 言ってくけど恋愛とか茶化すなよ! そういう逃げ方は俺も傷つくんだよ! 俺が! お前のことが好きなのは! 生徒会長で特待生で、運動神経抜群で、優しいからだけじゃねぇんだよ! そんなもん、お前の要素の一部でしかないんだよ! お前が! かっこいいから! 自分の無力を感じながら! それでも、頑張らずにいられない、お前が! かっこよくて! 憧れちゃったんだよ!」
「……お前、そんなキャラじゃ」
「そうだよ! こんなの、俺のキャラじゃねぇよ! でもっ! 俺はお前のためなら、キャラじゃないことも言えちゃうの!」
「なんでそこまで」
「お前が! お前の行動が! 俺を救ったからだよ!」
「そんなこと」
「あったんだよ! お前にとっては当たり前の優しさだったかもしれないけど! 俺は救われちゃったんだよ! 勝手にな!」
俺は何も言えなかった。
「救われちゃったから! 俺も返したくなったんだよ! お前に! いい加減、気付けよ! 皆、お前が! お前のことが好きだから! だから、お前にひでぇ立花が嫌いで! でも、お前が復讐とか嫌がるだろうから我慢しててっ! 何にも! 求めないから! お前が! 助けを! 俺に求めないから! でも、お前のプライドも分かるから! 尊重したいから、あんま言わないようにしてただけだ!」
「……あれで、あんま、だったのか?」
「そうだよ! 聞きたいなら徹夜で聞かせてやるよ! ああ、クソッ! こんなこと言いたい訳じゃねぇんだよ。俺が、俺が言いたいのは! お前が! 変な義務感で嫌なことするのが! 許せねぇの!」
「それは、立野さんも、矢島さんも」
「立野さんはクローンだし、矢島は本気で好きでやってるだろうが!」
「な」
「クローン差別とか下らないこと言うなよ! 区別っつーんだよ! 無理に同じなんて言う方が無責任だろうが! 同じ人間でもこんなことになんだぞ! それに、俺は立野さんと矢島より、お前のが大事なんだよっ!」
「……俺があの二人より弱いか」
「違うってんだろ! いい加減殴るぞ! 人の好意は素直に受け取れ馬鹿!」
「俺が、馬鹿だと」
「馬鹿だよ! 頭良いくせに馬鹿! 大馬鹿野郎! 俺の好意を無視するなら半殺しにされろ!」
「そんなの、もう」
「知ってる! お前がこれ以上傷付いたらヤバいことぐらい分かってる! お前に限界があるみたいに、俺にも我慢の限界があんだよ! お前が義務感で行くってんなら、俺は殴ってでも止めるぞ!」
「そんな勝手」
「勝手はお互い様だろうが!」
俺と高畠は睨み合った。
「お前はさ、立野さんのなんでもないだろ」
「ない、けど」
「けど、なんだよ」
「立野さんを助けたい」
「なんで」
「そんなの」
「立野さんが可哀想だから?」
「違う!」
「立野さんがクラスメイトだから? なら、同じクラスメイトで親友の俺の忠告も聞けよ」
「それは」
「お前が、理由も知らずに追いかけるのは許せない」
「んな」
「お前が、なんで立野さんを追いかけたいのか考えろ!」
俺が、立野さんを追いかけたい理由?
「皆勤賞も狙ってただろ? 完璧主義だもんなお前」
「馬鹿にし」
「してねぇッつってんだろうが! そんなお前が、完璧を捨てても追いかけたい理由を聞いてんだよっ!」
「そんなのどうでも」
「良くねぇから聞いてんだろ! 少なくても、俺とお前にとってはな!」
俺、俺が、立野さんを、追いかけたい理由?
なんだ、そんな、そんなの、考えたことなかった。
そういえば、女子とのメッセージを送るのに、テンション上がったことなんて、あったっけ。いや、彼女がいた時も、テンション上がってたな。
あの時と、同じぐらいか、下手すれば、それ以上の。
「立野さんが……好き、だから?」
立野さんが良い人だったから。
立野さんが無理してたから。
立野さんのお陰で、クローンへの八つ当たりを止めたてたから。
立野さんを見てたら、何かしたくなったから。
俺が、立野さんを幸せにできたら、なんて考えてしまったから。
「なら行け!」
高畠は俺を突き飛ばした。
「告白でもなんでもして来い! 立花が死んでたら、泣いてる立野さんを慰めて惚れさせることぐらいやってのけろ!」
「お前」
「俺は汚い大人を沢山見てきたんだよ! そんで、こうなっちゃの! なったもんは仕方ないだろ! 俺は最低だけど、最低な方法だとしてもお前を救いたいの!」
そういえば、高畠ってスキンシップ苦手そうだったな。
いつから、あんなに肩を組むような奴になったんだっけ。
「成功したら祝ってやる! 失敗したらカラオケでもなんでも付き合ってやる!」
「……お前、彼女」
「俺の彼女の器のデカさを舐めるな馬鹿が!」
高畠は何かを投げた。
「行け! ジャージも貸してやる! 返り血でもなんでも浴びてこい!」
「そんなスプラッターな」
「俺はお前となら死体でもなんでも埋めてやるよ。ノートは佐伯に貰え」
「お前じゃないのかよ」
「俺が授業中起きてられる訳ねぇだろ! 朝練を舐めるな!」
「その、ごめ」
「こういう時は違うだろ!」
俺は一瞬、目線を逸らしてしまった。
だけど、それは失礼だって、高畠を、親友を見る。
「ありがとう」
「おう! タクシー間に合うか分かんないけど、間に合わなくてもどうにかしろ!」
「行ってくる」
「結果は一番最初に俺に言えよ!」
「当たり前!」
俺は、タクシーが来るであろう場所まで走った。
間に合うか分かんないけど、立野さんに連絡しよう。
あんなに、メッセージを送るのが怖かったのに、今はなんとも思わなかった。
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