即興詩

色街アゲハ

即興詩

 道端に生える、枯れ草交じりの、黄や茶や緑の続いて行くのを目でずっと追いながら歩いて行けば、何時しか道なき道の、砂利の入り混じった川沿いを歩いていた。

 

 人の手を離れ打ち捨てられた、半ば傾き、土に埋もれた在りし日の電車の姿が其処に在った。

 周りを背の高い草に囲まれ、車内にまでそれは及び、隔世の感此処に在りと云った、物寂しさと、しかし、何処か本来の役目より解放されたが故の寛いだ空気に満ちていた。


 知らず中に入り込み、破れボロボロになったシートに座り、ぼんやり外を眺めていると、嘗て此の電車の見ていた風景が甦って来る様に思えて、暫くの間、座ったままの姿勢で独り物思いに耽っていた。河を見下ろす様に掛けられた鉄橋の、所々錆の浮いた、如何にも年季の入った上をゴトゴトと、幾分色の褪せた電車の走るその風景を。

 

 或る意味に於いて、電車は今も走り続けている。こうして半ば土に埋もれる形でその場を動く事無く在り続けてはいるが、今一つの動線、時と云う決して止まる事の無い線路に乗って、今も尚、その身を腐食と云う過程を経て、この世界を構成する根源、宇宙へと立ち返る為に、何も無い空間を、誰に顧みられる事なく奔り続けている。


 鉄橋は何時しか本来の道を外れ、空に向けて延び上がると、その上を電車はやがて辿り着くだろう終着駅を目指し始める。

 

 それは、世界の果ての、地面が途切れ、先に広がる虚無の海。その中を無数の星々が、各々の存在を主張する果ての無い、始まりにして終末である、無と混沌とが入り混じった世界。


 その世界を前にして、微かに聞こえる波の音に耳を傾けながら、途切れた線路の上に崩れ、骨組みだけの車庫に収まり、身を横たえて静かに終わりの時を待ち続けている一台の電車の姿。

 成り行き任せでかの電車の旅路に同乗していたこの自分も又、座席に身を預け、遠く波の音を耳にしながら、空に瞬く星々の光の、他に見る者の無い孤独な、それでも尚煌びやかな様を見続ける。


 周りを囲む様に咲く、小さな野趣溢れる花々が、空の星々と呼応するかの様に揺れ、その度に、人の身には決して聞えない秘密の会話をしている様で、聞こえないが故に辺り一帯を押し殺した様な籠った重たい静けさに包んでいた。


 こうしている内にも、電車は奔り続けている。全ての存在が孤立して、全てがただ其処に在るだけで、顧みられる事の無い宙の海を。誰に知られる事も無く。


 そんな電車に乗って自分も又、何れ最後の旅に出るのだ。誰に知られる事無く。誰に顧みられる事の無い、出発でありながら帰還でもある最後の旅路へ。


 かつて自分が其処に居て、束の間の時を地上で過ごした後に、元居た所へと帰って行くだけの。


 そんな事を思いながら、今もこうして空を見続けている。何れ訪れる発車の刻限。その時まではこうして座っておこう。遠く揺らめく波の音。未だ聞こえぬ星々と花々の会話に、じっと耳を傾けようとしながら。



                        終

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即興詩 色街アゲハ @iromatiageha

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