次世見の神
「姉…、
「いかにも、私は
「ふむ…」
「それをまずなにをもって信じればよいのでしょうか」
「利口な児よな。私はあまりあの姉を好いてはおらぬ、人間に疎まれているというのに追いかけ回すなどそなたらが憐れにも程があるだろう。信じぬでも構わんぞ、ただの気まぐれだしな…無理強いしてまで手を貸す必要もあるまい」
「…何故僕らが見えたのですか」
「気になるか。まぁ、私の目が捉えられぬものなどない、としかいえんな」
「貴方のお力であると」
「…私は
何処まで視えているのかわからない。だが手を貸してくれるというのが真実なのか罠なのか。そのまま姉神にアッシュを差し出されてはかなわない。
「んー…、堅実に行くならお断りするのが間違いないのだけどな」
「おい、まさか変な好奇心出すわけないだろうな」
「どう思います?」
「……何気に退屈してたんだろ」
「愛する君のためだから我慢しますか」
それを見て
「私はな、この力ゆえに多少不自由なのだ。何でも
「では、アッシュのこの先を知っていても貴方に未来は変えられないのでは」
「そうなるな」
「ずるいですね」
「はは、そう怒るな。それでも、導く事はできるのだ。未来は一つではないからな」
「なるほど」
「私は幾つもの未来をどう人が選んで幸福をつかむのか、破滅へと堕ちるのかをただ見守るのみ。ただ、私の思いの通りの道を選ばせたければ、確定していない未来ならほんの少しだけ囁くことはできる」
「選ぶかどうかは人間が決める事、と言うことですか」
「何も教えることはできないからな。私が囁く道しるべが栄光の道なのか、破滅への道なのか。選ぶのは人間だ」
「では僕たちを助けるという言葉が本当かどうか、退屈な貴方はどちらを選ぶのかちょっと試したかったということですね」
とん、と傍らの大木に背をあずけて微笑んだ。神様の顔をする男だ。退屈で、傲慢で、淋しさの滲んだ…。
「本当に…、利口な児よな。そなた神の児か」
「違いますよ」
「そんなに愛されているのに?」
「…それは僕ではありません」
「シエル」
アッシュが目の前の神から隠すように、包み込むようにシエルを抱きしめた。これ以上は許せない。
「…すまぬ、お前を怒らせるつもりはない。お前たちの未来は何故かほんの僅かしか見えぬのでな…興味が湧いただけなのだ。過去も未来もほとんど見えぬ。深淵に包まれた過去と、眩い光にかき消される未来。ただ…、それを護る私にも届かぬ力が余りにも大きくてな…。そなたらは何者なのか」
「答えないのもわかっているのでしょう」
「そうだな」
「ではそこで見ていなさい。僕達の邪魔は神でも出来ない」
チラとフードから溢れ見えた翡翠の瞳に身体が強張る。強い芯を持った子供とは思えない声だった。いや、時々垣間見える美しい女神の姿、もしやと…もしやとは思ってはいた。
「そなたは…、もしや」
「なんだと言うんだ」
ぎゅ、とシエルを抱き直したアッシュに射抜かれる。そう言えば最初からこの亜人は敵意を隠しもしなかった。
「シエルがなんだろうが、俺がなんだろうが、貴様と交わる道はない、忘れろ。ただの人間が憐れにも神から逃げようともがいているだけだ」
「……よかろう」
ふわりと右手に光を宿し、軽く薙いでやれば遠くへと神々しい光が走って消える。
「ふふ、姉上の事だ どれだけ騙せるかはわからぬが目眩ましを飛ばしてやった。暫くは騙せることだろう、うまく逃げろ。あれはなかなか厄介な女だ。しつこいぞ」
「これはこれは、意外です。本当に助けていただける気があったとは」
「ひどいな、これでも神だ 嘘は言わぬよ」
「神でも嘘はつきますので」
「…貴女には、つきませぬ」
にこりと微笑むと射殺しそうなアッシュの視線に苦笑に変えて、軽く一礼で返す。敵意はないということだろう。
「深くは知らぬ、見ていない。そう警戒するな、敵と味方になるべき相手は分かる。敬意はある、だが貴女を愛するのは恐ろしい事だ」
「……僕ではないと、言っているのに」
「厄介なのだな。まぁ気をつけてゆけ、あれでもこの国の最高神なのだ、醜く狂わせるわけにはゆかぬ」
「貴方も苦労されているということでしょうか」
「察してくれ」
「いいでしょう、今回はお言葉に甘えます。借りとは思いませんよ」
「御身のお姿を垣間見えただけで充分です。私は狂いたくはない」
「何処までご存知なのだか」
「お気をつけて」
穏やかに微笑む顔は真意が見えない。だが敵ではないのだろう。飛ばされた光と完全な真逆ではなく、少しだけずらした方向へと目的を定める。
「アッシュ、行って」
「捕まっていろ」
ふわりと白く輝く髪に
「やはり貴方はその
眩しいものを視るように軽く目を瞑る。姉が狂ったように恋い慕う
「神だからなんだと言うんだ。私達は万能であり、不自由だ。私には、人間の方がよほど眩しいと言うのに」
神は退屈なのだ。だから恋などに夢中になる。
騙されたと知ったらあの姉神は怒り狂うだろう。さて高天原の自分の屋敷で迎え撃つ準備でもしようか、と高く澄み渡る青空を見上げた。
❀❀❀
「もう少しで国境かな」
この箱庭では国境と言うものは重大だ。何せ神の支配が
異なる神が支配する場所に干渉することは殆どできない。それを無視できるのはほんの一握りの神だけなのだ。
飛んだ光は西へ向かった為、自分達は北西へと飛んできた。意図せず
この大陸は、中央にあの大樹を抱き その左右に
確か隣の国の大地の女神とはあまり仲が良くなかったはずだから国境を越えられぬように必死に追いかけるだろう。
本当に神は暇なのだなと改めて思う。迷惑この上ないことだ。まだ陽が落ちていないため国境までは距離があるが、何としても関わらないでおきたいところだ。
「このままだと
「どっちに行く?の間違いでしょう」
「…俺はどっちも面倒くさい」
「あはははは」
「そんな事言って、君はもう決めているでしょう」
「…まぁ、行くならあのクソ執事の顔を見てやりたいが」
「邪魔しちゃダメですよ」
「宰相が嫌がっていたら分からん」
「嫌がっていたら受け入れないでしょう」
「彼奴から逃げられるわけないだろう」
「…まぁ、それはそうなんだけど」
どっちなのかは正直はかりかねていた。
自分が見た限りではキースからステラに対して欠片もそんな感情を感じたことはない。あのステラから好きで好きで仕方がないと想いを向けられているのに全く気づかないで微笑む宰相が面白くて仕方なかったのだから。
「久しぶりに
「お前には美味いのを淹れていたしな」
「ん?」
「俺には彼奴の機嫌次第だった」
「あはははははッ」
仲がいいのか悪いのか。
アッシュはこんな事を言うがステラはセリスをこの世で最も尊んでいる。その彼女が愛する
「今回は機嫌、いいんじゃないかな」
「…ま、それは俺もそう思う」
笑い合いながら空を見上げればもうすぐ陽が落ちるところだった。夜の帳が落ちてしまえばこちらのものだ。連続で飛んでいたためにフードから零れ落ちる髪はずっと煌めく白銀のままだった。
ふとしゅるりと何かに絡め取られる感覚にアッシュの動きが止まる。
「…やはり、貴方様だったな」
不意に掛けられる神々しい声にうんざりした顔でゆっくりと振り返る。
長い長い艷やかな黒髪を大地に広がるほど垂らした、輝くばかりの神がそこにいた。挑発どおりに神の身体で降りてきたのだろう。
「やはりも何もないが、見つかったのは面倒だな」
「ここまで目眩ませたのだからそれでも流石と言えるのでしょう、さてどうしようか」
「何故地上にいやるのか。貴方には相応しくない、天へと帰ろうぞ」
「天へなど上がったことはないんだがな…」
「……それよりも、何故僕達を見つけられたのかが気になりますね」
「ははははッ聡い童じゃ、左様 妾だけでは騙されていた。あの愚弟は妾をよう理解しておるからな。だから人の子の力を借りたのよ」
「人間…?」
嫌な予感がした。この国の神は
「そなたらと共にいた人の子は、いろねがおったろう」
「…焔姫の事ですか」
「
精霊達の共鳴を辿ったということか。
やはりあの場にいた守姫を利用するあたり抜け目がない。
「囲った、とは…?」
「手足を奪った」
一瞬目の前が真っ赤に染まった。くらりと小さな身体が傾いてアッシュの肩口へと震えて縋る。
「まずは妾が借りた身体を守ろうと立ちはだかった愚かな娘。次にそれを見て逆ろうた護られていただけの弱き娘をただの達磨にしてやったわ」
「なん、て事を…」
「貴方様が逃げるからじゃ」
アッシュを昏い目で射抜く。
「永き時を貴方様だけを想うて、想うて。この想いの前に人間の娘などなんの価値もない」
「……尊いはずの女神が…、なんて醜い事か…」
「想ったからなんだと言うんだ」
「妾の想いをなんと知る!」
叫ぶ女神の顔はただただ怒りに染まっていた。
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小さな吟遊詩人は過保護な剣士と旅をする 七生(ななお) @lily_bw
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