ニッポン駐在記~元日本人航宙軍士官日本駐在員になる~

鷹羽 樹

第1話 退職気分で司令部出頭

 壁に据え付けの収納ベッドの上で、持ち込んだライトノベルを読んでいたエイミー・クリスの耳元でアラームが鳴りだした。

 エイミーは意識操作C O Pでアラームを切ると、ベッドから降りた。空間収納O D Cを開きラノベ本を放り入れると、ベッドの上を整えて手前を持ち上げ、壁に収納する。

 エイミーの今いる場所は、航宙軍206中型輸送艦アノマルスの兵員輸送区画の一室だ。30㎡程の部屋の左右の壁に三本ずつ梯子が据え付けられ、三段ベッドが六台、一室当たり十八人収容の部屋となっていた。


 エイミーは今更ながら後悔していた。いや、分かってはいたのだがつい、一週間の船旅が無料タダというのに惹かれてしまったのだ。これまでも作戦遂行時に何度も輸送艦に乗船しているのだが、その時は全く気にはならなかったのに、ただの客として乗ると、これほどつらいものはなかった。


 十八人部屋にはエイミー一人で、ほかの乗員はいなかった。別の区画にはいたのかもしれないが、女性だということを気使って分けたのかもしれない。作戦遂行時は男女関係なく一部屋に突っ込まれるのに。

 それにまずすることがない。士官食堂も娯楽室レクレーションルームもまずいしショボい。ただベッドにゴロゴロして、持ち込んだ本を読むばかりの退屈で寂しい一週間だった。

 心に誓おう。客としては二度と輸送艦には乗らないと。


 そんな苦痛であった一週間ももう終わる。目的地であるルサ ロワール本星に、あと数十分で着くのだ。


 エイミーはODC空間収納からガーメントバッグを取り出すと開いて、ベッドの柱に引き出したハンガーラックに引っ掛けた。バックの中身は星間航宙軍の準礼装が入っている。

 ODCから洗濯物袋代わりに使っているダッフルバックを出して、今着ているカーキのTシャツとカーゴパンツを突っ込む。その下に着けていたスポーツブラとコットンパンティーも脱いでバッグに突っ込んでしまう。


 身長175cm上から86-62-85のボディーは筋肉で引き締まり美しかった。その肌も前線で戦闘に従事しているとは思えないほど美しい。

 しかし見た目では全く分からないが、彼女の左肩から下の腕は機械式の義手である。左目も多種類の光学センサーを内蔵した義眼であった。


 それだけ星間王国の医療技術は卓越したものではあったが、何よりも彼女がこれだけの高性能な義手や義眼を付けられるのは、軍に所属しているからというのが大きい。一般に出回っている市販品にこれほどの高性能の物はまだ無い。彼女が付けているのは軍開発の試作品プロトタイプとも言える物で、いわば前線での使用評価試験の為とも言えた。事実、彼女がこれらを付けた後の一年間は使用データとレポートを毎週送らねばならなかったのだ。


 彼女はODCから小振りなバッグを取り出すと、中から白のレースのブラとパンティーを取り身につけた。ガーメントバッグのポケットから新しいストッキングを取り、それも付ける。グレーの糊のきいたシャツ、下は今日はスカートにしようと濃紺のタイトスカートを取り身に着ける。スカートを穿くのも久しぶりだ、たまに女性らしい格好もしないといい女がもったいない。などと思いながら


 ここは鏡が無いなと思いながら、ODCから姿見を取り出すとベッドの柱に立て掛けた。

 鏡を見ながらダークブルーのネクタイを締め上着を羽織る。その左胸には、これでもかと言うくらいに徽章が付いていた。


 その時、笛が鳴るような音が艦内放送のスピーカーからすると、アナウンスが入った。


「艦長だ、本艦はあと十分で ルサ ロワール本星の大気圏に突入する。乗員は所定の位置につき安全確保に努めること、以上だ」


「なんだよ、どこの宙港に着くとかないのかよ。現地時間で何月何日何時に着くんだよ」


 エイミーは艦長のアナウンスに突っ込みを入れながらODCに姿見やバッグ類をしまい始めた。


 軍の補給艦にも当然運航計画はあり、その計画通りの運航が望ましいのだが、複数の寄港地を抱えての運航の場合、場所によっては紛争地が近かったり宙族が出没するなどトラブルが多々あり計画通りにいかないことがほとんどと言えた。だからこそ、寄港地や時間などの情報が欲しいための突っ込みであったのだ。


 エイミーは手にベレー帽、化粧ポーチ、6cmヒールのパンプスを残しODCを閉じた。パンプスを履きながら畳んだベッドの底に備え付けられた補助いすを出し座る。


 体内リンク機能を使い船内リンクと接続させる。左目に仮想ディスプレーとしてリンク先を表示させた。艦内航宙課がいいか。


『はい、航宙課ギブソンです』


「乗艦させてもらっているエイミー・クリス大尉だ。忙しいとこ済まない、着港地の情報と現地時間などを教えてほしい」


『到着は予定通りエルファクタル航宙軍基地に、現地時間の0800時となります。日付けは現地カレンダーで八月三十日、気温二十六度、天気は晴れのち曇りです』


「ありがとう、忙しいところ済まなかった」


 エイミーは手鏡を手に取りメイクを始めた。


 

 半年ほど前に、エイミーは退役願いを出していた。王国航宙軍に従軍して三十年あまりが立つ。従軍するにあたっての当初の目標は達したとの思いから退役願いの提出へ至ったわけである。

 エイミーはてっきり現地駐屯基地で退役できるものとばかり思っていたが、そうもいかなかったようである。半年近くたってからの王国本星の軍令部直々の呼び出しであった。


「士官の退役はこんなにめんどくさかったか? 下手を打った覚えはないのだが」




 



 

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