第四章 百鬼夜行、ぼくらの最後の戦い

 十一月に入り、イチョウの葉が黄金色に輝き始めると、冷たい木枯らしが、その葉を容赦なく散らしていく。まぼろし堂の前も、毎日掃いても掃いても、すぐに黄色い絨毯に覆われてしまう。その光景は、どこか物悲しく、過ぎゆく秋の終わりを告げているようやった。


 そんなある日、町に、一枚の看板が立てられた。


「廃工場跡地 再開発計画のお知らせ」


 あの、一本だたらが住み着いている廃工場が、取り壊され、新しいマンションが建つというんや。


 その知らせは、子どもたち、そしてあやかしたちの間に、大きな衝撃となって広がった。


「工場が、なくなるん?」

「ほな、一本だたらのおっちゃんは、どこへ行くんや?」


 タイショウたちの顔に、不安の色が浮かぶ。

 工場に住んどったのは、一本だたらだけやない。古びた機械のツクモガミや、油のしみが意志を持ったような、あぶらすましといった、たくさんのあやかしたちが、そこを根城にしとった。彼らにとって、あの工場は、最後の楽園やったんや。


「フミばあ、どないかならんのか!」


 タイショウが、フミに詰め寄る。


「……こればっかりは、フミばあにも、どないもできんわ。時代の流れ、っちゅうやつやからな」


 フミは、寂しそうに首を横に振るしかなかった。都市開発の大きな波は、この小さな町の、目には見えへん住人たちのことなど、お構いなしに飲み込もうとしとった。


 その日の夜、まぼろし堂に、町中のあやかしたちが集まってきた。一本だたらを先頭に、唐傘お化け、豆腐小僧、ケラケラ女。みんな、真剣な、そして悲しそうな顔をしとった。


「フミさん、わしらは、どうしたらええんじゃろうか」


 一本だたらが、重い口を開いた。


「もう、わしらが住める場所は、この町には、あらへんのやろか……」


 あやかしたちの、悲痛な声が、店の中に響く。

 その時、店の戸が、そっと開いた。タイショウと、ミウと、レンやった。彼らは、夜遅くに、こっそり家を抜け出してきたんや。


「おっちゃんたちの住処、おれたちが、守ったる!」


 タイショウが、力強く宣言した。


「え……?」


 あやかしたちが、驚いて子どもたちを見る。


「人間には、わしらのことなんか、見えへんのやで。どうやって、守るっちゅうんや」

「見えへんかっても、ええねん! おれたちには、見えとる! おっちゃんらが、おれたちの大事なトモダチやってこと、わかっとる!」


 タイショウの言葉に、ミウとレンも、力強く頷いた。


「おれたちに、ええ考えがあんねん!」


 子どもたちの作戦は、こうやった。

 工事が始まる前日の夜、あやかしたちが、一斉に、その妖力を使って、「百鬼夜行」を起こす。そして、工事関係者や町の人々を、ちょっぴり怖がらせて、「あの工場には、何か得体のしれないものがいる。触らぬ神に祟りなしや」と思わせる、という、壮大な計画やった。


「そんなことして、大丈夫なんか?」


 フミは心配したが、子どもたちの目は、真剣やった。自分たちの大切なものを守るための、最後の決戦や。


 決行は、三日後の夜と決まった。


 その日まで、子どもたちとあやかしたちは、協力して、準備を進めた。ミウは、唐傘お化けの傘に、もっと怖く見えるように、目玉の絵を描いてやった。レンは、豆腐小僧のお豆腐が、暗闇でほのかに光るように、夜光塗料を塗ってやった。タイショウは、一本だたらと一緒に、鉄くずを叩いて、大きな音の出る鳴り物を作った。


 そして、運命の夜が来た。

 月も隠れる、真っ暗な夜やった。廃工場の前に、子どもたちと、町中のあやかしたちが、集結した。


「みんな、準備はええか!」


 タイショウの号令に、あやかしたちが、「おおーっ!」と雄叫びを上げる。


「ほな、行くで! 恵美須西、百鬼夜行、開始や!」


 その声を合図に、あやかしたちが、一斉に町へと繰り出した。


 唐傘お化けが、一本足でぴょんぴょんと跳ね回り、ケラケラ女が、不気味な笑い声を響かせる。一本だたらが、鳴り物を打ち鳴らし、豆腐小僧の豆腐が、暗闇でぼうっと光る。

 それは、まさに、この世のものとは思えん、恐ろしくも、どこかユーモラスな行列やった。


 夜道を歩いていた人々は、その光景を見て、腰を抜かさんばかりに驚いた。


「な、なんや、あれは!?」

「お、お化け屋敷のパレードか!?」


 大パニックになる町。その様子を、タイショウたちは、物陰から、固唾をのんで見守っていた。


「……うまくいっとるな」


 作戦は、大成功に見えた。

 これで、明日からの工事は、中止になるかもしれん。


 だが、その時やった。

 一台の車が、百鬼夜行の前に、キーッと音を立てて停まった。車から降りてきたのは、工事を請け負う、建設会社の社長やった。彼は、この町の出身で、子どもの頃、まぼろし堂にもよく通っていた男やった。


「……なんや、お前ら。ええ歳して、しょうもないこと、しやがって」


 社長は、あやかしたちの行列を、一瞥した。彼の目には、あやかしたちの姿は、見えてへん。ただ、何か、異様な気配だけを感じ取っとるようやった。


「わしはな、この町が、もっとようなるように、新しいマンション、建てよう思うとんねん。お前らみたいな、古くさいもんがおったら、町は発展せんのや!」


 社長が、そう怒鳴った瞬間、彼が持っていた懐中電灯の光が、一本だたらを、真正面から照らした。


「ぐわっ!」


 一本だたらは、強い光に目がくらみ、よろけて、その場に倒れ込んでしまった。


「おっちゃん!」


 タイショウが、思わず飛び出そうとしたのを、フミが、ぐっと腕を掴んで止めた。フミも、いつの間にか、現場に来ていたんや。


「あかん! お前らが出ていったら、もっとややこしいことになる!」


 百鬼夜行は、リーダーを失い、一気に統制が乱れた。あやかしたちは、恐れをなして、散り散りに逃げ出していく。


 作戦は、失敗に終わった。

 後に残されたのは、倒れたまま動かん一本だたらと、呆然と立ち尽くす子どもたちだけやった。


 秋の夜風が、ひゅう、と寂しい音を立てて、吹き抜けていく。

 まるで、この町の、一つの時代の終わりを、告げるかのように。


 ――これで、もう、終わりなんか。


 誰もが、そう思った。

 枯葉が、カサリ、と音を立てて、タイショウの足元に、舞い落ちた。

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