第三章 十三夜の迷路、探偵団、出動!

 十月も半ばを過ぎると、日の暮れるのがめっきりと早くなった。夕方五時にもなれば、まぼろし堂の周りは濃い影に包まれる。そんな秋の夜長、子どもたちの間で流行りだしたのが、「あやかし探知機」作りやった。


 テレビの超能力特集に影響されたタイショウが、「おれたちも、あやかしの居場所がわかる機械、作ろうや!」と言い出したのが始まりや。針金をアンテナみたいに曲げたものに、ビー玉や空き缶をくっつけた、およそ科学的とは言えん代物やったが、子どもたちは大真面目やった。


「この針金が、あやかしの出す妖気をキャッチするんや!」

「このビー玉が、妖気を増幅させるレンズの役割やねん!」


 探知機を手に、彼らは夜な夜な、町を探検して回った。もちろん、その探知機が反応することはなかったが、彼らにとっては、それが最高の遊びやった。


 そんなある日の夕暮れ時。

 フミが店じまいの準備をしとると、一人の見慣れん男の子が、店の前で困ったように立ち往生しているのに気づいた。歳は、レンと同じくらいやろうか。小綺麗な格好をしとって、この近所の子やないことは、すぐにわかった。


「ボク、どないしたん。道にでも迷たんか」


 フミが声をかけると、男の子は、泣き出しそうな顔でフミを見上げた。


「……帰られへんのです。何回歩いても、同じところに戻ってきてしまうんです……」


 聞けば、友達の家に遊びに来た帰り、近道しようとして、普段通らん路地に入り込んだらしい。すると、気づいた時には、景色が全く変わっとって、どうやっても元の道に出られんようになってしもうた、という。


「ほう……。それは、難儀やな」


 フミには、その現象の正体が、すぐにわかった。――塗り壁の仕業や。

 塗り壁は、普段はおとなしいあやかしやが、時々、こうして悪戯心を出して、人間を道に迷わせることがあるんや。


「大丈夫や、大丈夫。すぐに、おうち帰れるさかいな。まあ、こっち、お入り」


 フミは、男の子を店の中に招き入れ、温かいほうじ茶と、きなこ棒を一本、差し出した。


「名前は、なんていうん?」

「……健太、です」

「そうか、健太くんか。ええ名前やな」


 フミが、どうしたもんか、と考えとると、店の戸がガラガラと開いて、恵美須西ふしぎ探偵団の三人が入ってきた。手には、自作の「あやかし探知機」を持っとる。


「フミばあ、すごい妖気を探知したで! この店の近辺から、強力なやつが……あれ?」


 タイショウは、店の中にいる見知らぬ男の子を見て、言葉を止めた。


「この子、誰や?」

「道に迷うて、帰られへんようになってもうたんやとさ。どうやら、塗り壁にやられたらしいわ」


 その言葉を聞いたタイショウの目が、キラーンと光った。


「塗り壁!? フミばあ、その事件、おれたち探偵団に任せてもらえんか!」

「あんたらにか?」

「おう! おれたちの、このスーパーあやかし探知機があれば、塗り壁の結界なんか、一発で破れるはずや!」


 フミは、半ば呆れたが、彼らの真剣な目を見て、まあええか、と思い直した。健太くんも、同年代の子がおった方が、心強いやろう。


「わかったわ。ほな、探偵団にお願いしよか。でも、ちゃんと、この子をおうちに帰したってや」

「任しとけ!」


 こうして、探偵団の、塗り壁攻略作戦が始まった。


「健太くん、どの路地で迷たんか、覚えとる?」


 ミウが、優しく尋ねる。


「えっと……タバコ屋の角を曲がった、細い道……」

「よし、そこやな! 探偵団、出動!」


 タイショウを先頭に、一行は、問題の路地へと向かった。

 その路地は、街灯も少なく、薄暗くて、いかにも何かが出そうな雰囲気やった。


「うーん、妖気は感じるんやけど……壁がどこにあるか、わからんな」


 タイショウが、探知機をあちこちにかざしながら言う。

 すると、レンが、何かに気づいたように言った。


「なあ、塗り壁って、通せんぼするだけやんなら、下を通ったらええんちゃう?」

「下?」

「うん。壁の下を、掘って進むねん」


「なるほど! 天才か、お前は!」


 しかし、アスファルトの道を掘る道具はない。作戦は、また行き詰まってしまった。


 一行が頭を抱えていると、どこからともなく、ふてぶてしい声がした。

「ほんま、アホなことばっかりやっとるな、お前らは」


 見ると、塀の上で、源さんが退屈そうに尻尾を振っていた。


「源さん! なんでここに?」

「フミはんに、お前らの見張り、頼まれてん。塗り壁っちゅうのはな、力ずくでどうにかなるもんやない。礼儀を尽くすんや」


「礼儀?」

「せや。壁に向かって、丁寧にお願いすんねん。『どうか、通してください』てな。それでもあかんかったら……」


 源さんは、ニヤリと笑った。


「その壁の、一番下の方を、棒でコンコンと叩くんや。そしたら、びっくりして、消えるはずや」


「ほんまか!?」

「わいを誰やと思てんねん。この辺りのあやかしの情報は、全部、この頭に入っとんねん」


 源さんのアドバイス通り、一行は、行き止まりに見える壁の前に立った。


「塗り壁さん、塗り壁さん。どうか、僕たちを通してくれませんか」


 健太くんが、丁寧にお願いする。しかし、壁は、びくともしない。


「あかんか。よし、最終手段や!」


 タイショウが、落ちていた木の棒を拾うと、壁の一番下のあたりを、コン、コン、と軽く叩いた。

 すると、不思議なことに、今までただの壁にしか見えんかった景色が、ぐにゃり、と歪んだ。そして、目の前から、すうっと消えてなくなったんや。


 目の前には、見慣れた商店街の灯りが見えた。


「うわー! 道が開いた!」

「すごい! 源さんの言う通りや!」


 一行は、歓声を上げた。


 健太くんは、信じられんという顔で、自分の家の方向を指さした。


「あ……僕の家、あそこです!」

「よかったなあ、健太くん!」


 健太くんの母親が、ちょうど心配して、家の前でうろうろしていた。健太くんの姿を見つけると、飛んできて、強く抱きしめた。


「健太! どこ行っとったん! 心配したんやで!」


 その光景を、探偵団は、少し離れた場所から、誇らしげに見ていた。


 別れ際、健太くんが、探偵団の元へやってきた。


「あの……本当に、ありがとうございました。これ、お礼です」


 そう言って差し出したのは、ポケットに入っていた、スーパーカー消しゴムやった。彼の一番のお気に入りらしかった。


「ええって! おれたち、探偵やからな! 当然のことをしたまでや!」


 タイショウは、そう言って、胸を張った。


 帰り道。

 空には、美しい十三夜の月が輝いていた。


「なあ、おれたち、ちょっとは役に立てたかな」

「当たり前やん! 立派な探偵やったで」

「うん、かっこよかったで、タイショウ」


 三人の会話を聞きながら、フミは、店で留守番しながら、深く頷いていた。


 彼らが解決したんは、ただの迷子事件やない。一人の男の子の、心細くて不安な心を、彼らの知恵と勇気が救ったんや。それこそが、何よりの「大手柄」やった。


 秋の夜空に、フミの小さな笑みが、静かに溶けていった。

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