第二章 うまい棒と、はらぺこツクモガミ

 まぼろし堂に集まる子どもたちにとって、駄菓子はただのおやつやなかった。それは、限られたお小遣いをどう使うかを学ぶ、最初の経済活動であり、時にはあやかしたちとの大事なコミュニケーションツールにもなった。


 その日、タイショウはポケットに百円玉を一枚握りしめて店にやって来た。昨日の晩、親父の肩を揉んでせしめた、輝かしい軍資金や。目的は、もちろんスーパーカー消しゴムのくじ。狙うは、真っ赤なLP500S


「フミばあ! 百円、両替して!」

「はいよ。十円玉でええな?」


 フミから受け取った十枚の十円玉を手に、タイショウはくじの箱に向かった。一回二十円。五回の勝負ができる。


「来い……! カウンタック!」


 気合を入れて引いた一回目。ハズレ。出てきたのは、ようわからん形のコマやった。


「ちくしょう! まだまだ!」


 二回、三回と引くが、当たる気配はない。隣で見ていたミウが、「タイショウ、あんまり欲張ると、運気が逃げてまうよ」と呟く。そのミウの肩には、小さな箒のツクモガミがちょこんと乗っかり、うんうんと頷いていた。


「うるさい! 男は黙って勝負や!」


 そうして、最後の五回目も、残念賞の小さな消しゴムに終わった。


「……なんやねん、もう!」


 がっくりと肩を落とすタイショウ。その横で、レンが十円玉を二枚、そっとフミに差し出した。


「フミばあちゃん、モロッコヨーグル、一つ」

「あいよ」


 レンは、受け取った小さなヨーグルトを、店の隅っこで大事そうに食べ始めた。小さな木のスプーンで、少しずつ、味わうように。そのささやかな満足感が、百円を失ったタイショウには、少しだけ羨ましく見えた。


 そんな日の午後、店の戸がいつもより景気よく開いた。


「フミさーん! ええもん、持ってきましたで!」


 汗を拭きながら入ってきたのは、この辺りを回る菓子問屋「なにわ商店」の若旦那、浪花正一やった。大きな段ボール箱を抱えている。


「おや、正一くん。今日はずいぶん早いやないか」

「そらもう、フミさんとこに一番に届けよう思いましてん。今、業界でえらい噂になっとる新商品ですわ!」


 そう言って、正一が段ボールから取り出したのは、カラフルなパッケージに入った、細長い棒状のスナック菓子やった。見たこともない猫のようなキャラクターが描かれ、そこには「うまい棒」という、威勢のいい名前が書かれていた。


「うまい棒? なんや、そのまんまの名前やな」

「でしょ? 一本十円。味は、とりあえずソース味とチーズ味、持ってきましたわ。味見したってください!」


 正一に促され、フミはソース味のうまい棒を一口かじった。サクッとした歯ごたえの後、濃厚なソースの風味が口いっぱいに広がる。今までの駄菓子にはなかった、はっきりとした、パンチのある味やった。


「……ほう。こら、子どもが好きそうな味やな」

「絶対売れますって! これからは、こういうスナックが主流になりますわ!」


 目を輝かせる正一の向こうで、棚に並んだ昔ながらのふ菓子やきなこ棒が、少しだけ寂しそうに見えた。フミは、時代の移り変わりを、その一本の菓子に感じていた。


 夕方、学校帰りの子どもたちが、早速その新商品に食いついた。


「なんやこれ! うまい棒て書いてるで!」

「十円か。いっちょ、買うてみるか!」


 タイショウたちが、我先にとうまい棒を買い求める。一口食べた途端、その顔が驚きに変わった。


「うまっ! なんやこれ、めちゃくちゃうまいやんけ!」

「ほんまや! チーズ味も、ポテトチップスみたいでおいしい!」


 子どもたちは、あっという間に「うまい棒」のとりこになった。

 その様子を、店の梁の上から、古びたそろばんのツクモガミが、じっと見下ろしていた。彼は、この店で一番の古株のあやかしやった。


「フミはん。また、新しいもんが入ってきたな」

「せやな。時代の流れは、止められへんいうことやろ」


 フミが答えると、そろばんのツクモガミは、カチャリ、と玉を一つ鳴らした。


「わしらみたいな古いもんは、だんだん隅っこに追いやられていくんかのう……」


 その声には、一抹の寂しさが滲んでいた。

 この店には、たくさんのツクモガミがおる。使い古された道具に、長い年月を経て魂が宿ったあやかしたちや。彼らは、新しいものが増えるたびに、自分たちの居場所がなくなっていくんやないかと、いつも少しだけ不安に思っていた。


 フミは、そんな古道具たちの気持ちが、痛いほどわかった。


「あほなこと言うたらあかん。あんたらがおるから、この店は『まぼろし堂』なんや。新しいもんも、古いもんも、ごちゃ混ぜんなって、それでええんやないか」


 フミの言葉に、そろばんのツクモガミは、もう一度、嬉しそうに、カチャリと玉を鳴らした。


 その夜。子どもたちが帰り、店を閉めた後、フミは新しい「うまい棒」を一本、神棚にお供えした。そして、もう一本を、店の隅にある小さな穴の前に、そっと置いた。その穴は、小さなネズミのあやかし一家の住処やった。


 すると、穴の中から、小さな手が何本も出てきて、うまい棒を巣の中へと引きずり込んでいく。


「ふふ、食いしん坊やな」


 フミは、くすりと笑った。

 駄菓子は、人間の子どもだけのもんやない。この店に住む、小さなあやかしたちにとっても、それはフミからもらう、大事なご馳走やった。彼らは、新しい味に、きっと大喜びするやろう。


「フミはん、甘いなあ」


 番台で見ていた源さんが、呆れたように言った。


「ええやないの。みんな、うちの大事な家族なんやから」


 フミは、そう言うと、自分も一本、うまい棒を口にした。


 新しい時代の味。それは、少しだけ複雑で、でも、どこか懐かしいような気もした。


 新旧入り乱れる、まぼろし堂。


 そのごちゃごちゃした感じこそが、この店のええところやと、フミは改めて思うんのだった。

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