第23話 意外な弱点
廃教会の薄暗がりの中、私は辺りを見回してみた――誰も居ない?
小首を傾げる私に、木陰から声がかけられる。
「カミーユ殿下、こちらです」
ん? なんで隠れてるの?
振り返って木陰に近寄ると、突然木陰から黒服の男性が飛び出してきた。
彼が振り下ろす長い物を、必死に横に飛んでかわす――キラリと輝くそれは、私の横をかすめていった。
――
続けざまに繰り出される
すぐにヴァンサンを呼ぼうとして、口を開けて気が付いた。
――声が出せない?!
混乱する私に、さらに
それでも何とか身を翻し、スカートが切り裂かれる感触に背筋を凍らせた。
震える足で必死に駆けだそうとすると、廃教会の左右から別の男性たちが逃げ道を塞ぐ。
彼らも
背後からの殺気を感じ、慌てて廃教会の壁に向かい飛び込んだ。
壁に激突しながら、私は振り返って黒服の男性を見る。
男性たちは顔を布で隠しているので、正体は分からない。
でもこれは、訓練された動きだ。
――誰なの?!
叫んでみるけど、声が出せない。震える足は頼りなくて、今にも転びそうだ。
心臓が煩いほどに胸を叩く。
黒服のの男性が
思わず目をつぶった私の耳に、甲高い金属音が鳴り響いた。
同時にどさりと誰かが倒れる音がして、思わず目を開ける。
目の前には、白っぽいケープを羽織った男性が
襲ってきた黒服の男性が静かに告げる。
「何者だ」
ケープの男性は黙って
防戦一方になった黒服の男性は、
「――引くぞ」
黒服の男性が
私たちの前を駆け抜けていった黒服の男性を見送ると、私はへなへなとその場に
「た、助かった……」
なんとか、か細い震える声で私は呟いた。
白いケープの男性が私に振り返り、そっと手を差し伸べてくる。
彼も顔を布で隠していて、涼やかな目しか見えない。
ふわりと香ってくる柑橘系の香りに、私の心臓が飛び跳ねた。
私はおずおずと彼に告げる。
「ありがとう。助かったわ」
まだ声が震える自分に、思わず赤面した。
彼の手を取って立ち上がると、彼の手が宙に何かを書いていく。
『今日の恐怖を、すぐに忘れられますように』
――これって、いつも見ていた『風の手紙』?!
「貴方が私に言葉を贈ってくれていたの?!
じゃあ、貴方は宮廷の貴族?!」
男性がハッとしたように動きを止める――突如、彼の手元から突風が辺りに吹き荒れた。
砂が目に入り、思わず目をつぶる。
――今のは、魔術?! 何かの魔術で、風に言葉を乗せていたの?!
目をこすってようやく目を開けると、もう目の前に男性は居なかった。
わずかに残る柑橘系の残り香を、私は胸いっぱいに吸い込んで確認する。
これはいつも風に乗ってくる香りと同じ。
そっか、助けてくれたんだ。
バタバタと音が聞こえ、そちらに目を向ける――ヴァンサンが辺りを見回しながら声を上げる。
「殿下! どちらにおわしますか!」
「ここよ、ヴァンサン」
なんとか出せた声に、ヴァンサンが気づいてこちらを向いた。
駆け寄ってくるヴァンサンが、私に尋ねる。
「何があったのですか?
「……なんでもないわ。そう、なんでも」
私はまだ跳ね続ける胸を手で押さえながら答えた。
――あの目が、忘れられない。
なんだろう、この気持ち。感じたことのない気分だ。
ヴァンサンが私に戸惑いながら告げる。
「ここは暗がりで危険です。明かりのある場所へ戻りましょう」
私は頷くと、かがり火のある方へ向かって歩き出した。
****
廃教会裏から立ち去るカミーユを、物陰で見守る男性がいた。
カミーユが民衆たちと合流すると、ようやく一息つく。
「――ふぅ。どうやらバレずにすんだか」
白いケープの男性が物陰から身を出し、再び宙に文字を書いていく。
『今日の恐怖を、すぐに忘れられますように』
今度こそ魔術を発動させ、風が見えない文字を運んでいく。
白いケープの男性は満足気に頷くと、人目を忍びながら貧民区画の外へ向かった。
途中で振り返ると、カミーユが遠くで微笑んでいた。
「……どうやら、この魔術には効果があるんだな」
文字を読まれるとは思わなかった。
自分には見えない文字を、カミーユだけが読めるようだ。
不思議な少女だと痛感しながら、白いケープの男性は暗がりへと姿を消していった。
****
宴会をしながら、ドゥニさんが声を上げる。
「あとは酒があれば完璧なんだがな!」
ヴァンサンが楽し気にドゥニさんに答える。
「だが上等な肉が食える! これも立派な宴会だ!」
私はその様子を眺めながら、目の前に渦巻く『風の文字』に手を這わせる。
『今日の恐怖を、すぐに忘れられますように』
触れることはできないけれど、あの人の言葉。
私は風を抱きしめるように腕を動かす――風は、逃げるように霧散してしまった。
――あーあ、消えちゃった。
ヴァンサンがこちらに振り返り、きょとんとした顔で私を見つめた。
「殿下? 何をしてらっしゃるんで?」
私は微笑んで首を横に振って答える。
「何でもないわ。気にしないで」
美味しいスープを食べながら、今日の出来事を胸に刻み込む。
恐ろしくて声が出ないとか、あるんだな。
案外、自分も普通の女の子なのか。
足が震える自分とか、想像もしなかった。
――でも、二度と同じ手は食わないわよ!
だけど、またピンチになれば、白いケープの人が助けてくれるだろうか。
そう考えると、『ちょっとくらいはピンチも悪くないかな?』なんて、馬鹿な考えも浮かんでしまう。
案外、自分は馬鹿なんだな。
夜空の月を見上げ、白いケープの人を思い浮かべる。
「また、あの人に会えるかな」
私の呟きは、宴会の賑わいに掻き消され、夜の空気に溶けていった。
****
離宮に戻ると、ハリエットが顔面蒼白で金切り声を上げる。
「姫様?! そのドレスはどうなさったのですか?!」
「ドレス? ――ああ、ちょっとひっかけたのよ」
私はドレスの端をつまんで状態を確認する。
うーん、
ハリエットがヴァンサンを見つめると、彼が苦笑を浮かべて告げる。
「私が何を聞いても『何もなかった』としか仰られない。
どう見ても剣で切られているのに、何があったのやら」
私は微笑んで二人に告げる。
「別にいいじゃない、そんなこと。
それよりハリエット、明日は別の汚れてもいいドレスを用意して」
頷くハリエットの横を通り過ぎ、階段を上っていった。
****
入浴を終えた私はベッドで眠れない夜を過ごしていた。
ケープの人を思い出すと、胸が苦しい。
初めて命の危機に襲われて、助けてくれた人だから?
それとも、風の手紙の主だったから?
自分で自分の気持ちが分からない。
私は寝るのを諦めて、ごろりと天井を見上げた。
「なんでこんなに気になるんだろう……」
仕方なく起き上がり、ベッドから降りてテラスへ出る。
ネグリジェのまま夜空を見上げ、少し傾いた月を見つめた。
ふわりと風が舞い、また私の目に『風の手紙』が飛び込んでくる。
『今夜も安らかに眠れますように』
私は思わず微笑んで、風の手紙を抱きしめる。
「ありがとう、ケープの人……」
私は感謝の気持ちを込めて呟いた。
胸が熱い。何が私をそうさせるのだろう?
私は風の手紙が掻き消えた後も、しばらく残り香を味わうようにその場に立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます