第17話 目指し甲斐
紅茶を一口飲んだクレールに、
「カミーユはどうだった? 面白い子でしょう」
ティーカップをテーブルに戻したクレールが柔らかい笑みで答える。
「そうね。虜囚であることを自覚しながら、卑屈さの欠片も感じない。
私を前に一歩も引かず、支援の交渉をやり遂げて見せた。
私が元
「カミーユらしいわね。あれで十六歳なのだから、立派な物よ。
ジルベールに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい」
「ジルベール坊やは、心根が優しすぎるのよ。繊細なのね。
でもその分、民に向ける慈愛は深いものになるはず。
あの二人が組めば、いい両輪となって帝国を栄えさせる気がするのだけれど……」
大皇后が紅茶を一口飲み、吐息を漏らした。
「それがね? カミーユは
どうやったらあの子を頷かせられるか、今も考えているところよ」
クレールがわずかに目を見開いて告げる。
「まさか、貴女の命令すら聞かなかったというの?」
「あの様子だと、命を盾にとっても微笑みながら拒否するでしょうね。
クレルフロー領の民を人質に取れば別でしょうけど、それでは遺恨が残るわ。
カミーユに納得させて
クレールがティーカップに視線を落として考え込んだ。
「あれだけ芯が強い子だものね……。
でも案外、ああいう子は恋愛には奥手なのよ。
ジルベール坊やがカミーユをときめかせられたら、チャンスはあるんじゃないかしら」
「できると思う? あのジルベールに」
クレールが紅茶を飲みながら答える。
「やらせるしかないじゃない? 他の妃は期待外れだったのでしょう?
次の帝国を任せられる子を、なんとしても作ってもらわないといけないわ」
「あとはジルベールの頑張り次第かしら。
少しは男の子として目覚めてくれるといいんだけど」
****
朝の草むしりの時間、私はエレーヌさんにかいつまんで事情を伝えていた。
エレーヌさんが呆気にとられたように口を開けていた。
「……貴女、本当にクレール夫人と会ったの?
あの方は気難しかったって、噂で聞くけど」
私は小首を傾げてエレーヌさんに答える。
「そうなの? 厳しそうだけど、優しい人だったわよ?」
ラシェルが元気に草をむしりながら告げる。
「カミーユなら、誰が相手でも無敵よ!」
「それ、どういう意味かな?」
ラシェルが楽し気に笑みをこぼしながら答える。
「自覚がないのが本当に不思議よね!」
エレーヌさんが小さく頷きながら告げる。
「本物は自覚がないというけど、本当なのね」
二人とも、意味の分からないことばかり言うんだから。
『本物』とか、何の話?
思わず手が止まっていた私に、ドミニクさんの金切り声が飛ぶ。
「カミーユ! 口より先に――」
「はいはい、手を動かしまーす!」
私はせっせと草をむしり続け、朝の時間を終えた。
****
朝食を食べ終わると、ヴァンサンが私に告げる。
「今日で三日目、クレール夫人と約束した日です。
馬車の用意はどうしますか? また皇帝陛下にお願いしますか?」
「護衛の兵士たちは歩きなのでしょう? 一緒に歩けばいいじゃない」
ヴァンサンが眉をひそめて答える。
「それでは皇帝陛下の格が落ちます。
んー、じゃあ馬車を頼むしかないか。
部屋の入り口でドアがノックされ、召し使いの女性が告げる。
「皇帝陛下がお見えになりました」
「おっと、ジャストタイミングね。
――じゃあ馬車をお願いしてくるわ」
私は椅子から立ち上がると、軽い足取りで階段を降りていった。
****
玄関で待っていたジルエール陛下に、私は微笑んで告げる。
「おはよう、ジルベール陛下。今日はどうしたの?」
「話は聞いている。今日から慰撫に出かけるのだろう? その確認だ」
私に背を向けて離宮から出ていくジルベール陛下を、私は追いかけて外に出た。
離宮の周りをゆっくりと歩きながら、私は告げる。
「貧民区画に行くのに、また馬車を借りられるかしら」
「気にすることはない。お前専用の馬車にしてある。
いつでも好きな時に使うといい」
私はきょとんとしながらジルベール陛下に尋ねる。
「私専用? なんで? あれは皇族が使える共用の馬車なのでしょう?
私の専用馬車なんて、用意する予算が
ジルベール陛下がフッと笑みをこぼして告げる。
「レアンドラたちが、お前の使った馬車を拒否してな。
俺は使っても構わんが、そうするとお前に嫉妬の矛先が向けられる。
だからカミーユ専用とした。共用馬車は複数台あるから、気にしなくていい」
おやおや? 女心に気を配れるようになったのかな?
「皇帝陛下も、女性で苦労してるのかしら?」
「苦労しているとも。今もこうして、苦労しっぱなしだ」
私は小首を傾げて尋ねる。
「私、何か困らせてる?」
ジルベール陛下が私を横目で見ながら微笑んだ。
「お前をどう扱ったらいいのか、それが分からん。
自分がお前をどうしたいのか、それも分からん。
だが傍に置きたいと思う。それは本当だ」
私はため息をついて尋ねる。
「傍に置きたいと分かってるのに、どうしたいのか分からないの?」
ジルベール陛下が朝の空を見上げながら答える。
「カミーユには私の子供を産んでほしい。
だが『いつまでもそのままでいて欲しい』とも思う。
お前を女にすることに、ためらいを感じる」
私は舌を出しながら答える。
「あら、心配してくれてありがとう。
貴方の女にはならないから、そこは大丈夫よ」
クスリと微笑んだジルベール陛下が、私に尋ねる。
「まだ俺は合格できないか」
「そもそも、恋愛対象じゃないもの。それは無理な話よ」
わずかに目を伏せたジルベール陛下が、私に尋ねる。
「……カミーユは恋をしたことがあるのか?
故郷に恋人がいるのか?」
「恋人なんていないし、恋愛もしたことがないわ。
だから『女として誰かを好きになる』って経験も、想像するしかないの。
それを知った時、私はどうなるのかしらね」
「……願わくば、俺がお前にその心を教えられる男でありたい」
私はニヤリと微笑んでジルベール陛下を見つめた。
「それなら、もっと帝国民の為に力を向けなさい。
演技ではない、本当の強さで立ってみなさい。
そんな人になら、私の心も動かされるかもよ?」
ジルベール陛下がわずかに微笑んだ。
「難しい注文だが、目指してみよう。
それでカミーユの心が手に入るなら、目指し甲斐がある」
私は白い目をジルベール陛下に向けた。
「ちょっと、私の為じゃなく、国民の為に目指し甲斐を感じなさいよ」
「即物的な目標の方がやる気が出るんだぞ? 俺も人間なのでな」
「なにそれ!」
思わず私が笑いだすと、ジルベール陛下もつられて笑いだした。
二人で笑っているうちに、あっという間に離宮を一周してしまった。
ジルベール陛下が名残惜しそうに私に告げる。
「……では、行ってくる。カミーユも気を付けろ」
「ええ、行ってらっしゃい。そして、行ってくるわね」
私が微笑むと、ジルベール陛下が頷いて背を向けた。
私は彼が遠くに行くまで見届けてから、離宮に戻った。
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