第5話 ドレスアップ
着替え終わり、遅めの朝食を食べた私にハリエットが告げる。
「庭仕事だなんて、服はどういたしましょうか」
「さっきの部屋着を使いまわせばいいのよ。
軽く土ぼこりを払っておいて、適度に洗っておけば充分。
汚れてもいい作業着があればいいけど、たぶん許されないでしょうしね」
ハリエットが小さく息をついて告げる。
「姫様が庭仕事だなんて……悪い癖がお出にならないとよろしいんですが」
私は眉をひそめてハリエットに答える。
「何よ、その『悪い癖』って」
「姫様は凝り性でいらっしゃいますからね。
庭師張りに仕事を覚えて、土まみれで帰って来られそうで心配です」
「あら、いけない? やるからにはきちんとやりたいじゃない」
ハリエットが再びため息をつくと、ドアを使用人の女性がノックして告げる。
「失礼します。エレーヌ殿下がお見えになっておりますが、いかがいたしましょう」
おっと、もうお茶の時間か。
私は椅子から立ち上がって使用人の女性に答える。
「今行くわ――ハリエット、後のことはお願いね。お昼には戻ってくると思うけど」
ハリエットが微笑んで頷いた。
「はい、いってらっしゃいませ」
私は小走りで部屋を出ると、リズミカルに階段を降りていった。
****
エレーヌさんが住む第八離宮は、私の第十二離宮からちょっと離れた場所にあった。
大きさは大差がないみたいで、間取りも変わらないように見える。
応接間に通され、私はソファに座って給仕された紅茶を口に含んだ。
エレーヌさんが私を見ながら、微笑んで尋ねる。
「カミーユは、何か困ってることはない?」
私は微笑んでエレーヌさんに答える。
「はい、今は大丈夫です!
エレーヌさんって、何歳の時に
エレーヌさんが手でティーカップを弄びながら答える。
「んー、十六歳だったわね。婚約者も居たんだけど、二年も離れ離れ。
今頃あの人は、新しい婚約者を作って婚姻してる頃かしら」
少し寂し気な笑みを浮かべるエレーヌさんに私は答える。
「私たちが婚姻してしまったんじゃ、それもしょうがないですよね。
『戻ってくるまで待っていて欲しい』なんてわがまま、言えませんし」
エレーヌさんが小さく息をついて頷いた。
「そうよなのよね。仕方ないことだと分かってはいるの。
でもやっぱり、まだ想いは引きずってしまうのよ。
――カミーユには、そういう男性は居なかったの?」
私は笑顔でエレーヌさんに答える。
「はい! なぜか私には婚約者ができなかったんです!
お父様とお母様が、とっても厳選してたらしいんですけど。
別にそこまでこだわる必要、ないんじゃないですかねぇ?」
王女が嫁ぐから、相手の家柄は限られてしまう。
その中で選り好みなんてしてたら、そりゃ相手が見つからない。
私は小首を傾げていると、エレーヌさんがクスクスと笑みをこぼした。
「貴女、愛されていたのね。
でもなんとなくわかるわ。カミーユと一緒に居ると、心が軽くなるの。
きっと貴女が持つ雰囲気が、優しいからなのでしょうね」
私はきょとんとしながら答える。
「そうなんですか? そういうの、自分じゃわからないんですよね」
クスクスと笑みをこぼすエレーヌさんが、小さく頷いた。
「貴女は自然体で、でもとっても力強い印象を受けるの。
傍に居ると、自分も強くなれる――そんな気持ちにさせてくれるわ。
んー、そんなもんなのかなぁ?
まぁ妃にして捕虜、複雑な身分だけど。
――あ、そうだ!
「ねぇエレーヌさん、ジルベール陛下に進言する方法を知ってますか?
なんとか戦争を止めさせないと、このままじゃ帝国がやせ細っちゃいますよ?」
エレーヌさんが目を見開いて私を見つめて来た。
「……カミーユ、貴女は自分が何を言っているのか分かっているの?
敵国である帝国がやせ細って、貴女には得しかないのよ?」
私は眉をひそめて答える。
「帝国の民衆たちが、それだと救われないじゃないですか。
民が貧しくなれば、今度は余計な戦争で他国を攻めることにもなりかねません。
そもそも戦争なんてものは、やらない方がいいんですよ」
エレーヌさんが楽し気に私に尋ねる。
「帝国が強くなれば、貴女の祖国が復興することもなくなるわ。それでもいいの?」
「それはまぁ、困るんですが……。
でも! 今すぐ王国が復興できなくても、それは構わないと思います!
王家の血筋が残れば、いつかは王国を再興できますから!」
帝国だって、いつまでも強い国家であり続けるなんてできない。
それは歴史が証明してる。そんな機会が訪れた時、立ち上がれる力があればいい。
私の力強い宣言に、エレーヌさんが頷いた。
「そうね、私の祖国もそうやって復興できるといいのにね。
――でも、進言はおやめなさい。
「じゃあどうすれば意見を伝えられるんですか?」
エレーヌさんが顎に指を当てて考えていた。
「んー、側近の騎士に伝えるくらいなら、たぶん許されるはずよ。
なんとかそんな人に会って、伝言を頼むしかないんじゃないかしら」
よし! 道はあるのね!
私が小さくガッツポーズを取ると、エレーヌさんがまた楽しそうにクスクスと笑っていた。
私たちのお茶会は、お昼前まで続いていった。
****
お昼を食べると、ハリエットやヴァンサンと一緒にドレスを選んでいく。
「ねぇ、『
私の問いかけに、ハリエットも頭を悩ませているようだ。
ヴァンサンが一着の質素なシルクのドレスを手で示して告げる。
「これくらいなら、殿下の格を落とさず、かつ目立たない程度になるかと。
これに少しの宝飾品を付け足せば、妃として叱られない範囲に持ち込めるはずです」
私はドレスを手に取り、ハリエットに尋ねる。
「ハリエットはどう思う? これでいけるかしら?」
「難しい注文ですが、シルバーアクセサリーで整えれば、おそらく……」
私は頷いて二人に告げる。
「それじゃあハリエットは着替えを手伝って!
ヴァンサンは外で待っていてね? 乙女のドレスアップタイムよ?」
ヴァンサンが苦笑を浮かべて頷いた。
「分かっております。私もまだ、死にたくはありませんから」
クローゼットからヴァンサンが出ていくと、私はハリエットと共にドレスに着替えていった。
****
薄化粧を施し、銀の細いネックレスと指輪を左手に一つ嵌めた。
姿見で確認するけど、みすぼらしくはないはずだ。
ハリエットがため息をついて告げる。
「本当なら、これにティアラも付けたいところなんですが」
「それは止めておいた方がいいわよ。髪飾りも抑えた方がいいだろうし。
それに庭仕事をさせる皇后が居るのよ? 汚されてもいい服装でいくべきだわ。
お酒を浴びせられるぐらいは、覚悟しておかないとね」
ハリエットが手で口元を押さえて私を見つめた。
「まさかそんな……そんな暴力を振るわれるんですか?」
私はニコリと微笑んで答える。
「だって私は捕虜ですもの。
『初日に身分の差を思い知らせよう』とか、器の小さい人なら考えかねないわ。
惨めな思いをさせて、自分の優位を見せつけるような人も想定しておかないと」
「姫様……どうかご無事でお帰り下さい」
私はニコリと微笑んで、不安気なハリエットに答える。
「私がその程度でへこたれると思う?」
「……思いません。ですが、お怪我にはお気を付けください」
私は頷いてクローゼットから出て、部屋で待っていたヴァンサンに告げる。
「お待たせ、ヴァンサン! 夜会の会場まで案内してもらえる?」
ヴァンサンが笑顔で頷いた。
「お任せあれ。会場でも、隅で待機しております。
何かお困りでしたら、いつでもお声がけ下さい」
私が頷くと、ヴァンサンが歩き出した。
私はその背中を追って、戦勝祝賀会が開かれるホールに向かった。
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