第4話 庭仕事

「姫様、ご起床ください」


 肩を揺さぶられて目が覚める。


 今の声、ハリエット?


 私は眠たい目をこすりながら欠伸をかみ殺す。


「何よ、ハリエット。こんなに朝早く」


 外はまだ薄暗い。ハリエットも、侍女のお仕着せに着替えられてないみたいだ。


 ハリエットが眉をひそめて私に告げる。


「お客様がお見えです。どうか玄関へお越しください」


「――え?! こんな時間に?! じゃあ早く着替えないと」


 私は急いでハリエットに手伝ってもらい、ネグリジェから部屋着へと着替えていく。


 手早く髪を整え、慌てて部屋を飛び出した。





****


 階段を下りて玄関を見ると、一人の少女が佇んでいた。


 小柄で金髪の、可愛らしい子だ。私より年下に見える。


 その子が私を見つけ、笑顔で片手を上げた。


「あ、やっときたー! 初めまして、私ラシェル!」


 小走りでその子に近寄り、私も微笑んで告げる。


「私はカミーユよ。それで、朝から何の用なの?」


「カミーユは来たばかりで知らないのね。

 私たち侍姫じきは、朝の草むしりがあるの。

 それで呼びに来たのよ?」


 私は意味が分からず、思わず顔をしかめて聞き返す。


「今、なんていったの? 『草むしり』って聞こえた気がしたけど」


 ラシェルが笑顔のまま頷いた。


「そう言ったのよ? ほら早く! これ以上遅れると、レアンドラ様に叱られるわ!」


 そう言うと、ラシェルは私の手を取って外に向かって走り出す。


「わぁ?! ちょっと待って、どこに行くの?!」


 なんとかラシェルを追いかけながら尋ねた私に、彼女は明るい声で答える。


「第三離宮よ! 皇后レアンドラ様の住まいなの!」


 朝から皇后の住まいで、草むしり?


 私、一応は皇帝の妃よね?


 混乱する私を、ラシェルはぐんぐんと手を引っ張りながら駆けていった。





****


 第十二離宮からかなり離れた大きな建物の前では、マロンブラウンの髪をした女性が佇んでいた。


 その女性がこちらを見つけると、穏やかな笑みで手を振ってくる。


「ああ、やっときた。急いで!」


 ラシェルが元気な声で女性に答える。


「エレーヌ! まだレアンドラ様は起きてない?!」


 女性が頷いて答える。


「まだ大丈夫よ。それより早く!」


 急かす女性――エレーヌさんが、ラシェルと私を離宮の中へ手で案内する。


 足を緩めたラシェルに、私は息を切らせながら尋ねる。


「ねぇ、なんで、私たちが、草むしりを?」


「だって侍姫じきだもの。皇后のレアンドラ様が命じたら、応じなければいけないわ」


 後ろから追いかけて来たエレーヌさんが、私に微笑みながら告げる。


「これから毎日、この時間は庭仕事だと思って。

 サボるとレアンドラ様の不興を買って、最悪は首が飛ぶわよ?」


 うげ、それはきつい。朝食も食べてないのに庭仕事?


 私はうんざりしながら答える。


「それ、私たちがやる意味はあるの?

 庭仕事専門の人たちがやった方が、間違いがないと思うんだけど」


 エレーヌさんがクスリと笑みをこぼす。


「ただの嫌がらせよ。私たちは侍姫じき――つまり捕虜だもの。

 身分を分からせるための、恒例行事ね」


 私は肩をすくめて答える。


「それに何の意味があるのか、さっぱり分からないわ。

 ――あ、私はカミーユよ。よろしくねエレーヌさん」


 エレーヌさんが穏やかな微笑みで答える。


「私はエレーヌ、貴女より二年先輩かしら。よろしくね」


 私の前からラシェルが弾けるような声で告げる。


「私は最近来たばかりなの! 分からないことはエレーヌが教えてくれるわ!」


 そっか、頼りがい有りそうだもんな。エレーヌさんって。


 私はラシェルとエレーヌさんに連れられて、第三離宮の中庭へと駆けていった。





****


 中庭では、既に三人の女性が草むしりをしていた。


 私はエレーヌさんの指示に従い、花壇の雑草を手でむしっていく。


 ここに居るのは六人、全員が侍姫じきってことかな。


 私は草をむしる手を止めずに、ラシェルに尋ねる。


「ここに居るのが全員なの?」


 ラシェルも草むしりに専念しながら答えてくれる。


「そうだよ? 侍姫じきが六人。他には皇后のレアンドラ様と、寵姫ちょうきが三人居るわ。

 草むしりはレアンドラ様だけが命じられるの。だから心配しなくていいわよ?」


 それはよかった。他の三人の庭でも『草むしりをしろ』なんていわれてたら、お昼までかかっちゃう。


 近くで草をむしっていたブルネットの女性が不機嫌そうにこちらに振り向いた。


「貴女たち、口より手を動かしなさい!」


 ラシェルが縮こまって黙り込んだ。


 私は微笑んでその人に答える。


「あら、手は止めてないわ。そういう貴女の方こそ、手が止まってるわよ?」


 エレーヌがクスリと笑みをこぼすと、不機嫌そうな女性が顔に血の気を上らせた。


「――生意気言ってんじゃないわよ! 新入りの分際で!」


 私はきょとんとしながらその女性を見つめる。


「新入りだけど、同じ侍姫じきなのでしょう?

 身分に違いがあるなら、教えてもらえるかしら」


 不機嫌そうな女性は、私から顔を逸らして草むしりに戻った。


 乱暴に手を動かすその女性を横目で見ながら、私も草むしりを続ける。


 エレーヌさんが小声で私に告げる。


「今のはドミニク、八番目の妃ね。ラシェルとカミーユぐらいにしか威張れない、器の小さな人よ?」


 おや? エレーヌさんは人の好い顔をして、案外毒舌家だな?


 私は苦笑を浮かべながら答える。


「ということは、これからも意地悪をされるのかしら。

 同じ侍姫じき同士、仲良くすればいいのにね」


 私は丁寧に雑草をむしっていく。


 小さな芽も残さず掘り返す私の手元を見て、エレーヌさんが告げる。


「慣れてるわね……貴女、王女だったのよね?」


「そうよ? でも庭仕事も社会勉強として教わってるの。

 目の前で仕事をする人がどんな技術を持っているのか、それを知っておきたくて」


 ラシェルが明るい顔で私に告げる。


「カミーユは勉強家だね!」


 再び不機嫌そうな女性――ドミニクさんから声が上がる。


「ラシェル!」


 驚いて肩をすくめるラシェルに、私は告げる。


「気にすることないわ。同じ負け犬同士、ただの遠吠えなんて聞くだけ無駄よ?」


 エレーヌさんがクスクスと笑みを漏らしていた。


「カミーユ、貴女も中々に言うわね?」


「エレーヌさんほどじゃないと思いますけど?」


 私たちの会話に釣られ、ラシェルにも笑顔が戻っていく。


 楽しく草むしりをする私たちを見て、ドミニクさんも興味を無くしたようだ。


 私たちは一時間をかけて、広い第三離宮の庭仕事を終えた。





****


 第三離宮を出ると、エレーヌさんが私に告げる。


「今夜は貴女を歓迎する意味も兼ねて、戦勝祝賀会が開かれるわ。

 派手にならず、でも決してみすぼらしくない格好をお勧めするわよ?」


 私は眉をひそめてエレーヌさんに答える。


「また難しい注文ですね……なんでですか?」


「皇帝陛下の妻としてみっともない姿は叱られるの。

 でも他の皇后や寵姫ちょうきより目立つと、やっぱり叱られるわ。

 できれば上位の侍姫じきよりも目立たない方がいいの」


「上位って……捕虜に上位とか下位とかあるんですか?」


 エレーヌさんが楽し気に微笑んで答える。


侍姫じきの場合は、ただの真似事ね。

 寵姫ちょうきになると皇帝陛下の寵愛を受けるために、みんな必死になるわ。

 それで第一寵姫ちょうきまで上り詰めれば、皇后交代すら有り得るの」


 私は呆気に取られてエレーヌさんに告げる。


「……皇后って、そんな簡単に交代するものなんですか? 正妻ですよね?」


「そこは皇帝陛下のご意志次第ね。気に入られれば、侍姫じきから寵姫ちょうきへ抜擢されることもあり得るわ――制度上はね。

 でもジルベール皇帝陛下は、あんまり女性がお好きではないみたい」


 ふーん、誰でも構わず手を付けるタイプじゃないのか。ちょっとはマシなのかな。


 ラシェルが朗らかに私たちに告げる。


「お腹減っちゃった! 私は先に帰るね!」


 そのまま笑顔で手を振り、ラシェルが走り出していった。


 エレーヌさんがニコリと微笑んで私に告げる。


「私たちも帰りましょう。朝食の後、よければお茶でもどう? 後で迎えに行くわ」


 私も笑顔でエレーヌさんに頷いた。


「――ほんとですか?! じゃあ、お願いします!」


 私とは逆方向に歩き出すエレーヌさんを見送ってから、私も第十二離宮へと向かった。

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