第3話 春祭り初日 ①
6日間続く春祭りが今日から始まる。元々畜産の見本市として始まった春祭りは、いつしか祝祭の要素が強くなり、やがて、屋台やサーカス、パレード、花火大会なども加わった。
この6日間の間に、カルロスは婚約者を選ばなければならない。
カルロスの結婚を提案したトリホス公爵シプリアーノは、春祭りを見合いの舞台として整えた。
カルロスの婚約者候補が春祭りに集められ、しのぎを削るというわけだ。
「今日はいよいよ、婚約者候補たちとの顔合わせですね。楽しみですね」ラミロが言った。
「家畜のように買い叩かれるのに、楽しみなわけないだろう。いよいよ種馬になった気分だ」カルロスはフアナが用意したと言っていた、丈の短いジャケットに袖を通した。
「せめて、高値がつけばいいですね。トラヘ・コルトがお似合いですよ」
「ラミロ、お前はどうやら、命が惜しくないらしいな。何かあったときは、お前を盾にして、見捨てることにするが、文句はないだろう?」
「また、我が主が怖いことを言う」
カルロスは決して愚か者ではないし、世が世ならば、良き王として君臨したはずだ。ただ、運が彼に味方しなかっただけだ。自らの地盤を固める前に、王座に就かなければならなかったことが悔やまれてならない。
そのタイミングの悪さに、敵対するイグナシオが、これ幸いと狙いを定めた。運はイグナシオに味方したのだ。
どんなにカルロスの知識が豊富でも、亀の甲より歳の劫ということなのだろう、狡賢さは、経験が物を言う。イグナシオは幾度となくカルロスに不意打ちを喰らわした。その度に対処してきたが、カルロスには、それが精一杯だった。形勢逆転したくとも、そんなことをする暇など、どこにもなかった。
「陛下、お迎えに参りました。春祭りの会場へ、ご案内いたします」フアナはカルロスが宿泊しているゲストハウスに、カルロスを迎えにきた。
馬車は2台用意され、フアナとカルロスが一緒に乗り、ラミロとマルコスは別の馬車に乗る。
昨晩の破廉恥な夢のせいで、カルロスはフアナと目を合わせることができなかった。何だかとても、悪いことをしている気がして……
「今日の予定は?何かあるのかな」カルロスは、赤らめた顔を伏せながら、コルドベスハットを頭にのせた。
「はい、会場にお席を設けさせていただいております。陛下にご挨拶なさりたい令嬢が、お待ちしておりますので、ご案内させていただきます。そこでお話しされるのも宜しいですし、令嬢を連れて、会場を歩かれるのも宜しいかと存じます」
「うむ、そうか……」家畜の次は、若い女たちを侍らせる好色家か——家畜の方がまだ、人々の糧となっているぶん、マシな気がする……と思いたかった。
複雑そうにしているカルロスの顔を見て、フアナはくすりと笑った。「美しい女性ばかりですから、ただ楽しめば良いのではないでしょうか。個室もご用意しておりますよ」
「それは……なんとも、言い難い……」カルロスは顔が火照るのを感じた。ラミロが聞いていなくて良かったと思った。もし、聞いていたら、当分の間カルロスをからかうだろう。
フアナはまた、くすりと笑った。「女性から、秋波を送られることも多くございましょう。てっきり、お遊びされることも多いのだろうと推測しておりましたが、そうではないようですね」
「ああ、私は、学業を修める前に王位を継承してしまったからね、今まで政務と学業に追われる日々で、社交を疎かにしてしまったんだ。だから、どうも、色事は苦手でね」
「社交よりも学業を優先されたのですね」
「社交は学業を修めた後でも、遅くはないだろうと思った。その結果、ここにきて崖っぷちに立つはめになったんだ。それでも、学業を優先してよかったと思っているよ。民を率いる者は、誰よりも勤勉でなければならないし、社交性が高いだけの君主なんて、いらないだろう?」
「陛下は、国の行く末を案じておられるのですね」
「前王朝の暴政によって国は疲弊した。衰退した国力と、戦争で失った土地を、先代たちが取り戻してきたんだ。先王は、エストラーダ産オリーブオイルの生産量を、世界一にして流通させ、国庫を黒字に転換させた。父のように、賢王と呼ばれたいと、思ったりもするんだ。だけど、私にその技量がないこともよく分かっている。だから、私は賢王ではなく、影の立役者になろうと思ってね。それには、知識が必要だろう?」
「英断です。賢明なご判断ですね」
「はは、賢明か——ありがとう。賢王になれそうだ」カルロスは愉快そうに笑った。
馬車に揺られ、市街へとやってきたカルロスの目に、賑やかな光景が広がった。
セビージャ市庁舎前から旧市街へと、カセータと呼ばれる祭り小屋が立ち並んでいる。多くの市民や観光客が、春祭りを楽しんでいる様は、カルロスの心を軽くした。
「市庁舎前は誰でも楽しめるようになっています。メインの会場は、招待客しか入れないよう入場制限がかけられています。毎年、大きなトラブルもございませんので、安心してお楽しみください」フアナが会場の入場門を、視線で指し示して言った。
趣向を凝らしたデザインの、立派な入場門を潜ると、普段は何もない広場のようなところに、いくつものカセータが、所狭しと設置されている。
女たちは華やかなドレスを身に纏い、ギターの音楽に合わせて、歌を歌い、華麗に踊っている。
フアナの衣装も伝統衣装で、マーメイドラインのドレスが、体にフィットしている。彼女の豊満な胸と細い腰、まんまるで適度にボリュームのある桃のような尻が、カルロスに昨晩の夢を思い出させた。
この衣装は、大きく広がった裾に、たっぷりとしたフリルが施してある。踊ると裾がひらひらと動き、華麗に舞っているように見えるのだ。
女が男を誘惑するように美しく舞う。そして、惹きつけられた男と、リズムに合わせて床を踏み鳴らし、情熱的なダンスを踊るのが、エストラーダの伝統的なダンスだ。
おそらく、これを令嬢たちとやらされるのだろうと思うと、カルロスは少しだけ、王城へ逃げ帰りたい気分になった。
フアナがくすくすと笑うので、そんなに顔に出ていただろうかと、カルロスは気恥ずかしくなった。
会場が見渡せる場所に、劇場のロイヤルボックス席のような建物が設置されていて、カルロスとフアナは、会場の案内人に案内され階段を登った。
フアナと同じようなドレスを着た若い女たちが、カルロスに向かって頭を下げた。
「待たせてしまったかな。皆ドレスがとても美しいね。ダンスに誘うのが待ち遠しいくらいだ」
確かに美しい令嬢たちだし、個室に呼び出して、甘い時間を楽しんでも良いという。男からすれば、喜びたい状況なのだろうけど……だけれど、この品評会のような状況にカルロスは、またしても逃げ帰りたくなった。
カルロスの婚約者候補に選抜された、トリホス公爵令嬢イサベル・デ・デルガド・ジョレンテ、グラナドス公爵令嬢カタリーナ・マルケス・バスティアニーニ、ムルシア侯爵令嬢セシーリア・オルティス・デ・ラ・クルス、アルカサル侯爵令嬢ディアナ・フィゲロア・ベッケルは、それぞれ挨拶を交わし、カルロスへアピールしようと、自分の売り込みを始めた。
家門の領地が、カルロスにとっていかに有益かを説き、そして、特産物をプレゼントしたり、自分の特技を披露したりと、大忙しだ。
高位貴族の令嬢なだけあって、さすがに他者を貶めるような発言はなかったが、このアピール合戦が、6日も続くのかと思うと、カルロスはうんざりした。
そして、それを密かに笑っているフアナに、八つ当たりしたくなった。
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