第1話 縁談 ②

 セビージャ侯爵邸に到着したカルロスを、エセキエルと息子2人が出迎えた。


「国王陛下、本日はこのような辺境にまで足をお運びいただき、幸甚の至りでございます。1週間ほど、ご滞在されると伺っております。ゲストハウスをご準備いたしました。短い間ではございますが、セビージャをご堪能いただければ幸いに存じます」セビージャ侯爵エセキエル・アギレラ・イバニェスが挨拶した。


 海沿いで生まれ育ったエセキエルは、整った顔と日焼けした小麦色の肌に、豊かな髭を蓄えていて、まるで、伝説の海賊のようだ。

 歳を重ねた面立ちは、女たちに落ち着かない感情を抱かせた。


 反対にカルロスは、キリッとした眉と、黒い瞳、優しく微笑む口元、豊かな黒髪が緩やかにウェーブしていて、とても魅力的な青年だ。

「セビージャ侯爵、久しぶりだな。代理を送るばかりで、なかなか王都に来ないから、君の顔を忘れそうだよ」エセキエルの補佐官ばかりが、代理で議会へ参席する状況を、カルロスは皮肉混じりに咎めた。


「陛下の気を揉ませてしまい、お詫び申し上げます。しかしながら、領地の発展こそ、忠臣としての責務と承知しておりますことを、ご理解頂きたく存じます」


「白々しい。君がなぜ王都に来ないのか、噂は聞いているよ。まあいいさ。君の補佐官は、頭脳明晰で、利用価値があるからね」


 エセキエルが王都へ行きたがらないのは、妻のそばを離れたくないからだと、噂されているが、それは、紛れもない事実だ。


「お褒めいただき光栄に存じます」エセキエルは部下に対する賛辞を、何食わぬ顔で受け入れた。


「ようやく、君の子息を紹介してもらえるのかな」セビージャ侯爵は掴みどころがない、いったい何を考えているのやらと、半ばうんざりしながらカルロスが言った。


 成人した息子を国王に紹介しないというのは、不忠と捉えられかねないが、それすらも許されるのが、セビージャ侯爵の影響力ということだろう。


「はい、イサークとハビエルを、ご紹介できますこと、幸甚の至りでございます」


 2人の子息は、エセキエルの紹介に深々と頭を下げた。

「イサークと申します。お噂はかねがね伺っております。ようやくお会いできたことを、嬉しく思います。これで顔見知りになることができましたから、次回王都へ出向いた際には、お顔を拝見したく存じます」


「ああ、必ず王城を訪ねてくれ、歓迎する」


「ハビエルと申します。お会いできて光栄に存じます。セビージャ軍の総指揮官を務めております。今回、セビージャ軍の内部をご案内したいと考えておりましたが、予定が詰まっていると、伺いました。いずれ、ご案内できる機会をいただきたく存じます」


「ありがとう。それは、楽しみだな」カルロスは、春祭りよりそっちがいいなと、思ってしまった。


 カルロスはこれまで一度も、イサークとハビエルに会ったことがなかった。グランデの格式を持つ家門で、成人した男性ならば、大抵は挨拶くらい、しているはずなのだが、王室主催の舞踏会は、いつもエセキエル1人で参加していたため、会ったことがないのだ。


 これには理由があり、美しすぎる妻と、溺愛している娘を、人前に出したくはなく、かといって、2人を領地に残して行くことも不安だ。エセキエルが考えた末に出した結論は、イサークとハビエルを護衛として領地に残し、侯爵がパートナー不在で舞踏会に参加するという、異例の事態になっているという噂を、カルロスは耳にしたことがあった。


 イサークはカルロスと同じくらい背が高く——185㎝といったところだろうか?——がっしりとした体型で、筋骨隆々だ。

 その面立ちは、父親の若かりし頃を、彷彿とさせる。そのくらい、よく似ていた。これは、女性が放っておかない顔だなとカルロスは思った。


 ハビエルは、少しだけ身長が低く——180㎝といったところだろう——彼も逞しい筋肉をしているようだが、イサークほど体が大きくない。エセキエルもイサークも黒髪短髪だが、ハビエルはハイトーンのラベンダーグレージュ色の髪を、長く伸ばし、後ろでひとつに束ねている。

 面立ちは、イサークに比べて、少し中性的だ。母親似なのかもしれないと、カルロスは考えた。


「こんなにも立派な子息がいるならば、セビージャ侯爵領も安泰だな」


「ありがとうございます。陛下が我が領地にお越しくださった祝いに、祝宴を開きたいと考えておりますが、ご都合いかがでしょうか」


「そうか、ならば、招待にあずかるとしよう」この場に妻と娘がいないということは、婚約者候補だということを、快く思っていないのだろうかと、カルロスは訝しんだ。


 侯爵邸は高台に建てられていて、カルロスが案内されたゲストハウスからは、遠くの海が一望できる。水平線に沈む夕陽は、格別の美しさだった。


 カルロスはテラスに出て、潮風を肌に感じた。


 宝石のように輝くコバルトブルーの海と、真っ白な伝統的建造物群を、ひとたび目にすれば、心は惹きつけられ、なぜだか、楽しいことが起きそうな予感までしてくるから不思議だ。


 そんな奇跡のような景色を堪能していたカルロスは、来客に応対した。


「国王陛下、祝宴の準備が整いました。ご案内させていただきたく存じます」

 カルロスを迎えにきた執事、サンティ・イグレシアス・ネリは、エセキエルとは違って、甘い笑顔とシルバーグレーヘアーの魅力的な初老の男性だ。


 イグレシアスに案内されたダイニングホールには、すでにエセキエルと、長男イサークと次男ハビエル、それから、妻のジャミラと長女フアナが待っていた。


 エセキエルと、妻ジャミラの恋物語は、知らない人がいないほどに有名な話だ。


 エセキエルは今から約30年前、18歳の頃に失踪した。侯爵令息が失踪したのだから、当時は大きな事件となり、連日彼の行方を追う報道がなされ、皆が戦々恐々とした。


『人質とするため他国が拉致した、開戦間近か?』だとか『未確認生命体に連れ去られた』だとか、神隠しだとする見解もあった。


 だが、真実とは実に単純で、エセキエルは当時、父と意見の相違から喧嘩になり、誰にも告げず家出をしただけだった。通常ならば、目撃情報が入るところだが、彼が海へと船を漕いでしまったことで、行方知れずとなってしまったのだ。


 そして、孤独な航海へと出た青年の船は、不運にも嵐に見舞われ転覆した。海へ投げ出されたエセキエルは、奇跡的にムフターフ王国へと流れ着いた。そして、その彼を介抱したのが、後に侯爵夫人となるジャミラだった。


 漁師の娘と、命を救われたアギレラ家のひとり息子が、大恋愛の末に結婚した美しい恋物語は、若い娘たちをうっとりとさせた。当然このシンデレラストーリーは瞬く間に、世紀のラブストーリーだと話題になった。


 ムフターフ王国はエストラーダ王国よりも南に位置していて、総じて肌が浅黒く、エキゾチックで妖艶な容姿をしている。ジャミラ夫人も例外ではなく、40代中頃といったところだろうが、老いを一切感じさせない美しさだ。


 ムフターフへ流れ着いた18歳の少年は、きっと人魚に助けられたと、勘違いしたに違いない。ハビエルと同じような、ハイトーンのラベンダーグレージュの髪が、ドレスからこぼれ落ちそうになっている、張りのある胸元を撫でるように、緩やかなウェーブを描いている。


 異国の服装を好むのか、エストラーダ王国では見かけない、ざっくりと開いた裾のスリットから、つやめくようなアーモンド色のなまめかしい足が、こっそりと覗いている。


 目のやり場に困ってしまったカルロスは、顔を赤らめて視線を伏せた。

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