第1話  縁談 ①

 エストラーダ王国の国王、カルロス・ドゥダメル・カルドーゾは、王都マンサナーレスから遠く離れた辺境へと向かう馬車の中で、その美麗な顔を鬱屈とさせていた。


 彼は今から、政略結婚の相手と、見合いをしなければならない。


 もしも、自分にもっと力があったならば、結婚相手の家門を、頼る必要はなかったはずだ。


 もしも、父がもっと長生きしてくれていたらと、考えずにはいられなかった。


 もしもを考えたところで、何の解決にもならないのにと、呆れたように頭を左右に振り、まるで、身売りのように妻を娶らなければならない自分を、憐れみ嘲笑した。


 エストラーダ王国、先王エルナンド・ドゥダメル・ハネケの急逝により、カルロスは16歳の若さで即位しなければならなかった。


 カルロスの失策を、虎視眈々と狙う大叔父のイグナシオ・ドゥダメル・フィエロが、目を光らせているのを知っているからこそ、少年のカルロスは、王権を維持するため、知恵を絞ってきたが、賢王と呼ばれた父の、足元にも及ばなかった。


 イグナシオはカルロスの祖父の弟の子供で、現在52歳だ。後ろ暗いところはあるが、現在23歳の未熟なカルロスよりも、イグナシオの方が、王国にとって利益になると考える貴族も多い。


 実際問題、国政や外交において、腹に一物がある者たちとの会談で、交渉を有利に進めたいのならば、策略家でなければならないということだが、カルロスはその若さから、軽視されることも多く、交渉の場で苦戦を強いられてきた。


 王位継承権はカルロスより低いが、王族の血を引いているならば、イグナシオを王座に就かせても良いのではないかとする、絶対王政を復古しようとしている王政派は、カルロスが即位した後、7年の歳月で勢力を強めた。


 そして、賢王とたたえられた先王エルナンドのように、カルロスも立派な王となることを、期待してくれていた人たちまでもが、イグナシオの計略で寝返り、議会制を提唱する議会派を、徐々に圧迫し始めている。


——クーデターによって前王朝が倒れ、王権を継いだドゥダメル家は憲法を制定後、議会を開設し、法の下の平等を保障した。エストラーダは国王を君主とし、君主は立法権、行政権、司法権を統合する長であり、政府の長である。議会は憲法下において発言権を有するとする議会制の政体だ。カルロスは5代目の国王となる——


 ほぼ失ったと言ってもいい王の権威を回復すべく、王族の縁者でもある、宰相トリホス公爵シプリアーノ・デ・デルガド・ヌニェスに、カルロスを支持する議会派の貴族家から、妻を娶るよう薦められ、ゴトゴトと馬車に揺られながら、辺境へ向かっているというわけだ。


 カルロスは陰気なため息を吐いた。


「どうかなさいましたか?」侍従のラミロが不思議そうに声をかけた。


 同行者として、カルロスは侍従のラミロ・トルヒーリョ・ヌニェスと、従者のマルコス・エルナンデス・ビジャールを連れてきている。


「ラミロ、俺は種馬になった気分なんだが」


「ハハハ、種馬!言い得て妙ですね」

 ラミロは先王の新米侍従だったが——他の侍従は、高齢を理由に、数年前退職した——カルロスが王位を継いだ後も、国王の侍従として残ってくれた。カルロスよりも20歳近く年上なので、カルロスが子供の頃は、ラミロを兄のように、父のように慕っていた。


 ここでも、先王エルナンドの急逝が悔やまれた。カルロスが王座に就くときに備えて、侍従を育てようとした矢先だったからだ。カルロス同様ラミロも、未熟なまま、未熟な王を支えなければならなかった。


 弟のように想うカルロスが、敵対する派閥からの嫌がらせに耐えているのを、近くで見ているラミロは、自分が未熟なせいだと、自らを責めている。


 カルロスには、せめて幸せな結婚をして欲しいと思い、数名の女性を選出して、カルロス自身に選んでもらってはどうかと、ラミロは母方の伯父であるトリホス公爵に提案した。


 そういう理由で、このお見合い突撃隊が編成されたのだが、カルロスはこのことを知らない。


「口を閉じていろ!」カルロスはラミロを睨んだ。


「陛下が言い出したのではないですか」ラミロはやれやれといった顔で言った。「僕の従妹のイサベルは天使のように美しいですよ。カタリーナ嬢だって赤毛が可愛いですし、フアナ嬢は、絶世の美女だと聞きますよ。美女がよりどりみどりだ。僕は羨ましいですけどね」


「上げ膳据え膳の何が楽しいんだ?」いくら政略結婚とはいえ、恋くらいしてみたいとカルロスは思った。


「そう簡単にはいかないかもしれませんよ。明日からは令嬢たちの決闘が開幕するんですから。掴み合いの取っ組み合いになったりして、闘牛ならぬキャットファイトが見れるかもしれませんね」


 女たちの喧嘩は、髪を引っ張ったり、服を引っ張ったりと、男たちの欲望を刺激する状態になりがちだ。ラミロも、髪を振り乱し、服をはだけさせた、あられもない姿の美女たちを想像して、鼻の下を伸ばした。


「ラミロ、ありがとう。余計に気分が悪くなったよ」にやけ顔のラミロを絞め殺してやれば、この気分の悪さは、スッキリするだろうかと、カルロスは真剣に考えた。


「陛下、もうすぐで、セビージャ侯爵領に到着します」護衛の兵士が馬車の外から声をかけた。


 セビージャ侯爵領を統治しているのは、エセキエル・アギレラ・イバニェス。グランデの格式を伴う爵位保持者だ。

 カルロスの妻候補は、このグランデの格式を有する高位貴族から選ばれた5人の令嬢だ。


 グランデとは、爵位とは別に国王の前での脱帽、あるいは起立義務を免除される特権のことで、伯爵以上の貴族に与えられる。


 選抜されたのは、カルロス支持の議会派、トリホス公爵令嬢イサベル・デ・デルガド・ジョレンテ、グラナドス公爵令嬢カタリーナ・マルケス・バスティアニーニ、ムルシア侯爵令嬢セシーリア・オルティス・デ・ラ・クルス、アルカサル侯爵令嬢ディアナ・フィゲロア・ベッケル、セビージャ侯爵令嬢フアナ・アギレラ・バクリだった。


 セビージャ侯爵領は、シスネロス海峡に位置し、ムフタール王国に程近く、国防を担っている。


 南大陸からの文化が流れ込み、異国情緒あふれる街は、壮大な大聖堂と、まるで美術館のような風景が特徴だ。路上のタイルには、エストラーダで起こった、歴史的なできごとが描かれた美しい装飾が施されていて、カルロスは目を奪われた。


「おお!これはなかなか、美しい街ですね。あ!闘牛場もありますよ。キャットファイトの合間に、行けると良いですね」


「ラミロ、俺はお前を絞め殺したいんだが、どうしたらいい?」カルロスの顔が、ぴくりと引きつった。


「おお、恐ろしい。我が主は暴君だな」


 ラミロがカルロスをからかうのは、いつものことで、隣で聞いていたマルコスは、吹き出しそうになるのを、咳払いして誤魔化した。


 ラミロはカルロスと知り合って長いので、気安い関係を築いているが、マルコスは従者になって日が浅いうえに、マルコスの方が年下で、まだ17歳だ。当然、国王を笑うなんてこと、できるはずがない。

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