第18話:揺れる想い

7月の午後、教室の窓から差し込む斜陽が、三上さんの髪を金糸のように輝かせていた。でもその美しさとは対照的に、彼女の表情は曇り空のように重い。


「また、だめでした...」


問題解決部の部室で、三上さんは机に広げたノートを見つめながら、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。ノートには几帳面な字で「作戦1:失敗」「作戦2:失敗」「作戦3:失敗」と書かれている。


俺は三上さんの向かいに座りながら、彼女の小さくため息をつく音を聞いていた。その音には、疲れと諦めが混じっていて、聞いているだけで胸が苦しくなる。


二週間前から始めた友達作り。最初は希望に満ちていたはずなのに、今の三上さんからはその輝きが失われていた。



私は机の下で手を握りしめていた。手のひらが汗で湿っている。


「共通点探し作戦」。黒瀬先輩と一緒に考えた最初の計画。隣の席の女子が映画好きだということを事前に調べていた。


でも、いざとなると心臓がドクドクと鳴って、喉がカラカラに乾いていた。


「あの...映画、お好きですか?」


声が震えている。こんなに緊張するなんて思わなかった。相手の表情が困惑に変わるのが見えた。


「え?あ、はい...まあ」


やっぱり迷惑だったんだ。急に話しかけられて困ってる。でも、もう引き返せない。


「どんな映画を...」


「あ、えっと...忙しいので」


終わった。


顔が熱くなって、きっと真っ赤になってる。周りの人たちが私を見てる気がする。「あの子、急に何話しかけてるの?」って思われてる。


私は席に座り直して、机に突っ伏した。恥ずかしくて、情けなくて、涙が出そうだった。


次に試したのは「グループワーク積極参加作戦」。授業中のディスカッションで発言すれば、存在感をアピールできるはず。


でも、いざグループになると、私の声は蚊の鳴くような小ささになった。


「この問題についてはどう思いますか?」


先生が問いかけた時、私は手を挙げようとした。せっかく考えてきた意見がある。でも、手が重くて、上がらない。


「えっと...」


小さく声を出してみたけど、誰にも聞こえない。グループのメンバーは私以外の人たちで話を進めていく。


私はそこにいるのに、いないみたい。透明人間になった気分だった。


最後に試したのは「お昼休みに一人でいる人に話しかける作戦」。同じように一人でいる人なら、話しやすいはず。


図書室で一人で本を読んでいる女子がいた。私も本が好きだから、きっと話が合う。


「あの...」


声をかけた瞬間、相手の表情が嫌そうに曇った。


「一人でいたいので」


拒絶された。


その時の私の気持ちを言葉にするなら、「存在を否定された」という感じだった。私がそこにいること自体が迷惑なんだ。


私は図書室から逃げ出して、部室で泣いた。声を殺して、肩を震わせて。


どうして私は、こんなに人と話すのが下手なんだろう。



そんな過去を思い出しながら、俺は三上さんの向かいに座っていた。ノートには几帳面な字で「作戦1:失敗」「作戦2:失敗」「作戦3:失敗」と書かれている。


俺は三上さんの小さくため息をつく音を聞いていた。その音には、疲れと諦めが混じっていて、聞いているだけで胸が苦しくなる。


「もう...どうすればいいのか分からないです」


三上さんは机に突っ伏した。その髪が机に広がって、顔が見えなくなる。でも肩の小刻みな震えが、彼女の心の状態を物語っていた。


友達を作る。それは多くの人にとって呼吸をするように自然なことなのに、俺たちにとってはこんなにも困難で、傷つくものなのか。


「そんなに焦らなくてもいいんじゃないか」


俺は慰めの言葉を探しながら言った。でも自分でも、その言葉がどれほど空虚に響くかは分かっていた。


「でも、このままだと一生友達なんて...」


「一生なんて大げさだろ」


俺は苦笑いしたが、内心では三上さんの不安が理解できてしまう自分がいた。


「俺だって、つい最近まで友達なんていなかったけど、普通に生きてたよ」


三上さんは顔を上げて俺を見つめた。その瞳は潤んでいて、希望と絶望が入り混じったような色をしていた。


「黒瀬先輩は、どうして友達がいなくても平気だったんですか?」


平気だったのだろうか。俺は自分の過去を振り返った。


教室の隅で一人でいる昼休み。みんながグループで話している中、俺だけが本を読んでいる時間。あの頃の俺は本当に平気だったのか、それとも無理に平気なふりをしていただけなのか。


「平気...だったかな」


俺は正直に答えた。


「でも、一人の時間も悪くないと思うんだ。自分の好きなことに集中できるし」


「そうですね...」


三上さんは小さく頷いたが、その表情からは納得していないことが読み取れた。


「でも、やっぱり誰かと話したいって気持ちもあります」


「それはそうだよな」


人は一人では生きていけない。どんなに内向的でも、どこかで他者とのつながりを求めている。それは生きていく上で必要な、根源的な欲求なのだ。


コンコン、と扉がノックされた。


天野が部室に入ってきた。いつものように明るい笑顔を浮かべているが、その瞳は敏感に三上さんの様子を察知していた。


「今日もうまくいかなかった?」


天野の声には、本当の心配が込められていた。


「はい...」


三上さんは再び項垂れた。


「そっか...でも、まだ始めたばかりだから」


天野は三上さんの隣に座った。その動作には、相手を慰めようとする優しさが現れている。


「私も最初は苦労したから、気持ちは分かるよ」


でも天野の励ましも、今の三上さんには届いていないようだった。


「天野先輩は、みんなと自然に話せるじゃないですか」


三上さんは顔を上げずに言った。その声には、どこか諦めのような響きがあった。


「私には、そんな才能はないんです」


その言葉に、天野の表情が曇った。

善意で励まそうとしているのに、それが逆に相手を傷つけてしまっている。そのことに気づいた天野の困惑が、俺にも伝わってきた。


俺は二人の間に流れる微妙な空気を感じ取った。天野は本当に三上さんを助けたいと思っているのに、その思いがうまく伝わらない。


「今日はもう、友達作りのことは忘れよう」


俺は提案した。


「せっかく三人いるんだし、別のことでもしない?」


「別のこと?」


三上さんがようやく顔を上げた。


「そうだね」


天野も同意した。彼女もこの重い空気を変えたいと思っているのだろう。


「勉強でもしようか」


「そうですね」



それから俺たちは、数学の問題集を開いた。


窓の外では、夕暮れの準備を始めた空が、オレンジ色に染まり始めている。部活動に励む生徒たちの声が、風に乗って運ばれてくる。野球部のかけ声、吹奏楽部の楽器の音、陸上部の足音。それぞれが自分の居場所で、充実した時間を過ごしている。


俺たちにとって、この部室がそんな場所になればいいと思った。


「この二次関数の問題、難しいな...」


俺がつぶやくと、天野がさっと俺の問題集を覗き込んだ。


「あ、これね。平方完成を使えば簡単だよ」


天野は自然に説明を始めた。その手つきは慣れていて、複雑な式を素早く美しく変形していく。


「頂点の座標を求めてから、グラフの形を考えると...ほら、こうなるでしょ?」


「なるほど、そういうことか」


俺は感心した。天野の説明は的確で分かりやすい。


「三上さんはどう?分かった?」


天野が三上さんに向き直った。


「はい、よく分かりました」


三上さんは頷いた。そして少し恥ずかしそうに付け加えた。


「天野先輩、すごく教えるのがお上手ですね」


「ありがとう。でも、数学はパターンを覚えてしまえば必ず解けるから」


天野は謙遜しながら言った。


そんな風に、三人で勉強していると、部室の空気が変わっていくのを感じた。友達を作ろうと必死になっていた時とは違う、自然で穏やかな雰囲気。


「あ、もうこんな時間だ」


気づくと、窓の外は完全に夕暮れ色に染まっていた。校舎の向こうに沈む夕日が、部室の壁に長い影を作っている。


「今日は楽しかったです」


三上さんが心からの笑顔で言った。その笑顔は、午後の重苦しさを忘れさせるほど明るかった。


部室を片付けながら、俺は今日の三上さんの表情の変化を思い返していた。友達作りに失敗して落ち込んでいた時と、勉強している時の穏やかな表情。まるで別人のようだった。


もしかすると、友達を作ろうと必死になることよりも、こうして自然に過ごすことの方が大切なのかもしれない。無理に関係を築こうとするのではなく、まずは自分が楽しいと思える時間を共有する。それが本当の友達関係の始まりなのかもしれない。



翌日の土曜日、俺は一人で図書館にいた。


特に理由はないけれど、本に囲まれて過ごすのがなんとなく好きなのである。


プログラミングの技術書を読みながら、昨日の三上さんのことを考えていた。彼女が本当に求めているのは「友達」という名前のついた関係なのか、それとも単純に誰かと自然に話せる時間なのか。


「あれ、黒瀬先輩?」


聞き覚えのある声に顔を上げると、三上さんが立っていた。


今日の三上さんは、いつもの派手なギャル風メイクではなく、ナチュラルなメイクにカジュアルな服装だった。髪も下ろしていて、普段とは全く印象が違う。この姿の方が、本来の三上さんらしい気がした。


素の彼女の姿だった。


「三上さん、こんにちは」


「こんにちは。勉強ですか?」


「まあ、趣味みたいなものかな」


俺は苦笑いした。


「三上さんは?」


「私も本を借りに来ました」


三上さんが持っているバッグから、数冊の本が見えた。どれもライトノベルのようだった。


「ライトノベル読むんだ」


「はい...まあ、あまり人には言いませんけど」


三上さんは少し恥ずかしそうに俯いた。


「別に恥ずかしがることないと思うけど」


「そうでしょうか?」


「うん。俺も時々読むし」


「本当ですか?」


三上さんの目が輝いた。その瞬間、彼女の表情から緊張が消えて笑顔が現れた。


図書館のカウンター席に並んで座った。三上さんは借りてきた本を嬉しそうに見せてくれる。


「この作者さんの作品が好きなんです」


彼女の指先が本の表紙を愛おしそうに撫でている。


「どんな話?」


「異世界転生ものなんですけど、主人公が内向的で...私と似てるところがあって」


三上さんは楽しそうに本の内容を説明してくれた。その表情は昨日部室で落ち込んでいた時とは別人のようだった。好きなことを話している時の彼女は、本当に魅力的で、聞いている俺も自然と引き込まれていった。


「面白そうだな」


「今度お貸ししますね」


「ありがとう」


それから俺たちは、本の話、ゲームの話、勉強の話と、色々な話題で盛り上がった。気がつくと、図書館の窓から差し込む光が、午後の暖かさから夕方の優しさに変わっていた。


「あ、もうこんな時間...」


三上さんは時計を見て驚いた。


俺も時計を確認した。2時間以上経っていた。


「はい...すごく楽しかったです」


三上さんは心から嬉しそうに言った。その言葉には、演技や社交辞令ではない、本当の感情が込められていた。


図書館を出て、俺たちは並んで駅まで歩いた。

17:30のチャイムが街に響く。

1日が終わりはじめるこの時間はどこか物寂しい。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


「また今度、一緒に本の話ができたらいいですね」


「そうだな」


俺は答えた。


三上さんと別れて、一人で電車に揺られながら考えていた。


今日の三上さんは、本当に自然だった。友達を作ろうと気負っている時とは全く違って、リラックスして話すことができていた。


もしかすると、友達というのは作ろうと思って作るものではなく、自然にできるものなのかもしれない。共通の話題があって、一緒にいて楽しいと思える時間を共有して、気がつくとそれが友達と呼べる関係になっている。


俺たちもそうなれるのだろうか。



月曜日の放課後、俺は天野より早く部室に着いていた。


先週の活動記録を整理しながら、土曜日のことを思い返していた。三上さんとの自然な会話、本を通じて見えた彼女の本当の姿。


「お疲れ様!」


天野が部室に入ってきた。いつものように明るい笑顔だったが、何かいつもと違う緊張感があるような気がした。


「お疲れ様」


俺は挨拶を返した。


「土曜日はどうだった?」


天野が聞いた。その声には、何か探るような響きがあった。


「土曜日?」


「三上さんと図書館にいたんでしょ?」


俺は驚いた。どうして天野がそのことを知っているのだろう。


「三上さんから聞いたよ」


天野は俺の疑問を察したように答えた。でもその表情には、いつもの自然さがなかった。


「すごく楽しかったって言ってた」


「そうか...」


俺は少し戸惑った。天野の表情が、なぜかいつもより硬い気がする。笑顔を作っているが、その奥に何か別の感情が隠れているようだった。


天野は続けた。


「2時間も話してたんでしょ?」


「まあ...話が盛り上がって」


「そう」


天野の返事は素っ気なかった。いつもなら「それは良かった」とか「三上さんも嬉しかったんだね」とか言いそうなのに、今日の天野は違う。


その時、扉がノックされた。


「失礼します」


三上さんが入ってきた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


俺と天野が同時に答えた。


「土曜日はありがとうございました」


三上さんが俺に言った。その声には、本当の感謝が込められていた。


「こちらこそ」


「すごく楽しかったです」


三上さんは笑顔だった。その笑顔を見て、俺も自然と頬が緩んだ。


「あ、そうそう」


三上さんが思い出したように言った。


「先輩方にお願いがあって」


「なんだ?」


俺は聞きかえす。


「なんか、よそよそしい感じがして...。敬語使わないでほしいんです」


三上さんは少し恥ずかしそうに言った。その頬が薄っすらと赤くなっているのが見えた。


「あと、『さん』もいらないです。三上でいいです」


「いいのか?」


「はい。その方が自然だと思うので」


俺は少し考えてから頷いた。確かに、敬語を使い続けるのも変な感じがしていた。


「分かった」


俺と天野は頷いた。


「ありがとうございます」


三上は嬉しそうに笑った。


天野はその様子を見ながら、さらに複雑な表情を浮かべていた。


でも天野は何も言わなかった。ただ、いつもより静かに俺たちの会話を聞いていた。



その日の部活動は、なんとなくぎこちない雰囲気だった。


相談者が来ることもなく、三人で雑談をしていたが、天野だけが会話に積極的に参加しない。時々俺たちの話に相槌を打つが、その反応は表面的で、心ここにあらずという感じだった。


俺は天野の様子が気になったが、理由を聞くこともできなかった。何か自分が悪いことをしたような気がして、でもそれが何なのかは分からなかった。


「今日はもう終わりにしようか」


俺が提案すると、天野は即座に同意した。


「そうだね。もう遅いし」


「そうですね」


三上も頷いた。


部室を出る時、天野の表情は少し沈んでいるように見えた。でも俺には、その理由が分からなかった。



翌日の昼休み、俺は一人で図書室にいた。


数学の参考書を読んでいたが、集中できない。昨日の天野の様子が気になって仕方がなかった。


「あ、黒瀬先輩。ここにいたんですね」


振り返ると、三上がやってきた。


「うん。勉強してた」


「私も図書室にいると落ち着くんです」


三上は俺の隣に座った。その動作は自然で、もう俺の存在に緊張することはないようだった。


「昨日の天野先輩、なんだか元気がなかったですね」


三上が小さな声で言った。


「そうだな...」


俺も気になっていた。


「何か心配事があるのかもしれませんね」


「かもしれない」


俺は曖昧に答えた。


でも内心では、天野の様子の変化が俺と三上の関係に関係があるような気がしていた。でもそれを三上に言うわけにはいかない。


「黒瀬先輩と天野先輩は...」


三上が何かを言いかけて、口を閉じた。


「何?」


「いえ、何でもないです」


三上は首を振った。でも彼女の表情からは、何か言いたいことがあるのが読み取れた。


図書室の静寂の中で、俺たちは無言で本を読んだ。


でも俺の頭の中は、天野のことでいっぱいだった。



その日の放課後、俺は一人で部室にいた。


天野も三上もまだ来ていない。


窓の外では、夕日が校舎を赤く染めている。

もうすぐ本格的な夏がやってくる。

季節の変わり目には、人の心も変わりやすいのかもしれない。


「失礼します」


天野が部室に入ってきた。

相変わらず几帳面な性格をしていると感じる。

部室には俺か三上くらいしかいないのに毎回ノックをして挨拶をしてから入室してくる。


「お疲れ様」


俺は挨拶した。


「お疲れ様」


天野も答えたが、その声はいつもより小さく、力がなかった。


「天野、大丈夫?」


俺は心配になって聞いた。


「大丈夫だよ」


天野は笑顔を作ったが、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。作り笑顔の奥に、なにか別の感情が隠れているのが分かった。


「何か心配事でもあるのか?」


「別に...そんなことはないよ」


天野は俯いた。その仕草には、何かを隠そうとする意図が見て取れた。


その時、扉がノックされた。


「失礼します」


三上が入ってきた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


俺と天野が同時に答えた。


三上は天野の様子を見て、少し心配そうな表情を浮かべた。


「天野先輩、お疲れのようですね」


「そんなことないよ」


天野は否定したが、その声には力がなかった。


それから三人で部活動を行ったが、天野はほとんど話に参加しなかった。


俺と三上が話している間、天野はただ黙って聞いているだけだった。時々、俺と三上が笑い合っているのを見て、天野は小さくため息をついていた。


でも俺には、天野がなぜそんな様子なのか、理由が分からなかった。



その夜、俺は自分の部屋で考え込んでいた。


もしかすると、天野は俺と三上の関係を良く思っていないのかもしれない。


でも、それはなぜなのだろう。


複雑な気持ちを抱えながら、俺は眠りについた。


明日は、天野ともう一度ちゃんと話してみよう。


そう思いながら。


でも翌日になっても、天野は自分から話すことはなかった。


ただ、俺と三上が話している時の天野の表情は、どこか寂しそうに見えた。



私は一人、自分の部屋で鏡の前に座っていた。


映っているのは、いつもの私。でも心の中は、いつもとは全く違っていた。


和人くんのことが好き。その気持ちは、日に日に強くなっている。


三上さんのことも好き。後輩として、本当に大切に思っている。


でも、二人が親しくなっていくのを見ていると、胸の奥が苦しくなる。


今日も部室で、和人くんと三上さんが自然に話している様子を見ていた。私が話しかけても、なんだかよそよそしい感じがするのに、三上さんとは本当にリラックスして会話している。


それが悔しい。


私だって、和人くんともっと自然に話したい。

でも、なぜか緊張してしまって、うまくいかない。

いつも心の中で「好き」という気持ちが先走って、自然に振る舞えなくなってしまう。


三上さんが「敬語使わないでほしいんです」って言った時、私の心はザワッとした。


私だって、和人くんからもっと親しく呼ばれたい。

でも、そんなことを言い出す勇気がない。

和人くんの方から言ってくれるのを待っているのに、三上さんは自分から提案している。


その積極性が、羨ましくて仕方がない。


私は和人くんを好きだから、他の女の子と仲良くしてるのを見ると、どうしても嫉妬してしまう。


頭では分かっている。

友達関係と恋愛関係は別物だって。

三上さんは和人くんと仲良くなりたいだけで、恋愛感情があるわけじゃないって。


でも、心がついていかない。


この気持ちを表に出すわけにはいかない。


和人くんの友達関係を壊したくない。

三上さんにとって、和人くんは初めて友達になれそうな存在なのだから。

私の身勝手な嫉妬で、それを壊すなんてできない。


だから私は、一人で抱え込んでいる。


誰にも言えない、複雑で苦しい気持ちを。


鏡の向こうの私が、泣きそうな顔をしていた。


枕に顔を埋めながら、私は小さくため息をついた。


明日はもう少し、自然に振る舞えるだろうか。


でも、きっとまた同じことの繰り返しになるのだろう。


私はそんな自分が情けなくて、涙が出そうになった。


和人くんにもっと愛されたいのに、どうやってその気持ちを伝えればいいのか分からない。


三上さんのように、素直に自分の気持ちを言葉にすることができない。


私は、とても臆病で、とても不器用な女の子だった。

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