第21話 彼女の気になる人
もう少ししたら、この電話にヨッシーさんから着信が来る。
いつもかける側なのが逆になっただけなのに、なぜか妙にソワソワしてしまって、イヤホンを差して耳に付けたまま、ベッドの上を無意味にゴロゴロ転がったりした。
二分後、待望の着信が来て飛び起きる。「ヨッシー」と表示された画面を見ると、鼓動が倍速になった。
「もしもし、ムックです」
「あ、ヨッシーです。こんばんは!」
「ヨッシーさん、こんばんは。かけてきてくれてありがとう」
「ううん、お話しできて嬉しいです」
そう言った後にすぐ、彼女は「あっ」と微かに声をあげた。
「敬語になっちゃった、ごめん! えっと、お話しできて嬉しい、よ」
「ふふっ」
たどたどしいタメ口になるヨッシーさんに思わず笑ってしまう。
「もうっ、まだ慣れてないんだから笑わないでよお!」
「ごめんごめん、すごくぎこちなかったから」
「はあ、やっぱりムックさんの声っていいなあ。なんか、安心するっていうか」
うっわ……そんなのもう、#つわぼでは最上級の褒め言葉だよ……っ!
「そんなこと言ってもらって、こっちの方が嬉しいよ。ヨッシーさんがリラックスできるなら良かった」
「最近学校でちょっと緊張しててね。だからこうやって力抜いて話せる場があるのが嬉しいなって」
「え……緊張って、何かあったの?」
何かクラスで大変なことがあったっけ? それとも部活……いや、生徒会の方か?
「んっと……」
言い淀んでいたので、すぐに俺は「あの」とフォローに入った。
「無理しないで良いからね。どうしても訊き出したいってわけじゃないし」
そう言うと、彼女は「えへへ」と照れたような笑い声を漏らす。当たり前だけど、笑い方が、足のケガを指摘したときの桜さんと一緒で、二人が同じ人なのだと意識してしまう。
「……うん、ありがとう。でも、せっかくだから話したいんだ。ムックさんなら笑ったりせずに聞いてくれる、よね?」
「もちろん、ちゃんと聞くよ。それにさ、俺なら、他の友達に話して広まったりする危険もないでしょ?」
「ふふっ、確かに、それはそうだね」
一頻り笑った後、ヨッシーさんはフーッと深呼吸し、そして口を開いた。
「実はクラスで、ちょっと気になる人ができてね。まだ好きとか、そういうのは分からないんだけど……」
「えっ、そうなんだ」
この前、俺、というかムックのことが話題になってたけど、クラスでそんな人がいるなんて。
ちょっと驚くと同時に、少しばかりの寂しさが胸に去来した。まあどんなに仲良くなっても通話は通話。ムックはあくまで仲の良い話し相手だ。
ここはいつも通り、彼女の話を聞いてあげよう。
「どんな人か、聞いてもいい?」
「うん。最近クラスで私のこと気遣ってくれる人でね」
「うんうん」
「ほら、少し前に、私がマンゴー味が苦手だって話したでしょ? ちょうど学校でマンゴー味のキャンディーもらったときに、ちょっと苦手そうな顔したら、それに気付いてキャンディー交換してくれたの」
「うんう……ん?」
いや、え、それって……
「あと、この前も、私が足痛めてることに気付いて、代わりに職員室にプリント取りに行ってくれたんだよ! コピーまでしてくれて、ホントに優しい人なんだあ」
「あ、う、そう、なんだね」
それ、俺じゃん! 俺ですよね! 六久原千優君ですよね!
ちょっと待って、どうしよう。めちゃくちゃ嬉しいんですけど。もちろん、#つわぼのムックを気に入ってもらえるのも嬉しいよ?
でも、教室で割と黙ってるだけの俺をちゃんと見てくれて気になるまで考えてくれてるって、こんなに幸せなことある?
いや、でも、でもですよ。これ、絶対に正体バレちゃダメな感じになったよ?
これで俺の正体が六久原ってバレたら「気になる相手と言われてるのに、それを隠して色々探っていた最低な男子」ってことになるでしょ? 挙句「ムックとして情報収集して、それを学校で悪用してただけ」ってことになるでしょ?
そんなことになったら最悪だよ、桜さんも一気に冷めるに違いない。何より、こうやって夜たくさん話すのが楽しいのに、もうその時間が取れなくなるのは寂しい。
でも、「その人はやめておいた方が」っていうわけにもいかないしな……「えっ、ムックさんにその人の何が分かるの?」って思われるよね絶対。めちゃくちゃ分かるけどね。
結局、ポジティブな反応を伝えるしかなかった。
「いいねいいね、気になる人がいると学校行くの楽しいよね」
自分で自分のことを「気になる人」って言うの、めちゃくちゃ恥ずかしいな。そんなことを思っていると、彼女はとんでもない提案をしてきた。
「だからさ、ムックさん、私がその人のことで悩んだりしたら、応援してくれる?」
何この関係! ヨッシーさんが俺のことを気になるのを、ムックが応援するの? いや、するけどさ!
「あ……うん、もちろん応援するよ!」
「良かった、ありがとう!」
返事はしたけど、正直微妙な感じ。桜さんが俺のことを好きでいてくれてるっぽいのは嬉しいけど、今のところ、この通話がないと話すきっかけも作れないし、助けることもできない。そんな状態で応援役をやるとか、不誠実なのかな……。
よし、決めた。たった今決めた。リアルでも桜さんと仲良くなれるように、ちゃんと努力していこう。こうやって話せてるんだから、きっとできるはず。
「ムックさんには本当に何でも話せるなあ」
「うん、これからも色々聞かせてよ」
こうして雑談をしながら、俺の胸の中には熱い決意が宿り、興奮しっぱなしで枕をボカボカと殴りながらヨッシーさんと通話を続けたのだった。
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