第12話 不意に聞こえた本音

 そんな中、一人の男子が俺の異変に気付いて声をかけてくれた。


「あれ、無口くん、大丈夫?」

「ん……うん……」


 こういう時は無口キャラで良かったと思う。もはや興奮のあまりしゃんと立っていられなくなった俺は、ごまかすように一言だけ返して一歩下がった。


 待って待って。これ……桜さんめちゃくちゃムックのこと気にしてるじゃん!


 絶対に言えないから、心の中でだけ存分に言わせてもらいます! 桜さん、貴方が話してるの、実は俺です! 話してて楽しい人、実は俺です!


 どうしよう、すっごく嬉しい。


 そしてクラスのみんなよ。ふっふっふ、俺はみんなが知らない、鷺沼桜さんの顔を知ってるんだぞ! 羨ましいでしょ!


 アイスは実はチョコミントが大好きだとか、運動部だから普段はあんまりカロリー気にして食べられないけど土曜日に食べちゃうとか、みんな知らないでしょ?


 いや、そのくらいならみんな知ってるかもしれないけど……とにかく、もう全員に俺が彼女の話し相手だって自慢したい! 自慢できないけど!


「ねえねえ、もっと質問してもいい?」

「ううん、しばらく店じまい! 生徒会室行ってくる!」


 そう言って彼女は逃げるように教室を出ていき、俺の心が乱れに乱れた昼休みは幕を閉じたのだった。




「ちゆ君、何かいいことあったの?」

「ん、俺か?」


 帰り道、今日は雫と一緒だ。少し伸びた前髪が気になるのか、時折おでこの辺りを触りながら彼女は俺の隣を歩く。


「まあ、大したことないけど、ちょっとな。俺、分かりやすいか?」

「うん、ちゆ君のことは昔から見てるしね。全部分かるよ」


 さも当然、というように雫はフッと微笑んでみせた。さすが幼馴染。


「なになに、ちゆ君。ひょっとして好きな人がいる、とか?」

「す、す、好きな人! そんなんじゃないって!」


 あれだな、自覚しちゃったけど、俺めちゃくちゃ分かりやすいな。完全に雫にバレたんじゃない?


「好きな人っていうか、ちょっと気になる人、くらいだけど……」

 そう言うと、彼女はなんだか興奮気味の目で俺の肩をポンッと叩いた。


「いやいや、きっとそれは好きなんだよ。大丈夫、私は分かってるから」

「お、おう、そうなのか……」


 なんでコイツは自信満々にそんなことが言えるんだ。桜さんのこともよく知らないはずなのに。


「ちゆ君も、その人と一緒の時間を過ごしたら分かるはずだよ」

「そういうもんかなあ」


「そういうものだよ。ところでちゆ君、いつ甘いもの食べに行く? 前に話してたでしょ?」

「え、あ、ああ、そんな話してたっけ」


 そういえば言われたような気もする、なんて思っていると彼女は「んもう」と口を尖らせた。


「甘いものじゃなくてもいいよ。ご飯でもお茶でもいいから一緒に過ごそ。あとで私から日程候補送るよ!」


 なんか本当に、前より随分積極的に誘ってくれるようになった気がする。それも悪い気はしない。


「おう、分かったよ」

「ちゆ君、何か食べたいものある?」


「んー、今夜はチキン南蛮の気分だな」

「今じゃなくて、一緒に食べたいものだよお!」


 そんな話をしているうちに家に向かうためのバスが来て、俺たちは一緒に乗り込む。


 学校で全然話さないから、帰り道にこうして雫と話せるのは良いリフレッシュになる。


 せっかくお誘いしてもらえるなら、いつか本当に甘いものでも食べに行こう。





「あっ、ヨッシーさんだ!」


 DMが来ていたのは、その日の夜。「久しぶりに話せそうなのでどうですか?」という連絡だったので、迷わずオッケーする。俺も話したいと思っていた。


「ヨッシーさん、こんばんは」

「ムックさん、連絡ありがとうございます!」


 時間を決めて俺の方からかけると、すぐに出てくれた。声だけで、嬉しそうな表情まで想像できてしまう。


 そして開口一番、彼女は答え合わせの一言をくれた。


「今日、学校でクラスメイトに訊かれて、ムックさんの話を出したんですよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ふふっ、どういう知り合いか説明しなきゃいけないから、#つわぼって言わないでごまかすの大変でした」


 やっぱりそうだ! ほぼ間違いと思ってたけど、学校での出来事が繋がったことで確信する。


 やっぱり、ヨッシーさんの正体は桜さんだったんだ……っ!


 つい、電話の相手の顔を想像してしまう。あの桜さんが、お風呂を終えてパジャマで話してるんだ……こ、これは心臓がうるさくなるなあ!


 でも、俺が相手だとは言えないので黙っておく。めちゃくちゃ言いたいけど。我慢する代わりに、この不思議な関係性を堪能しよう。



「ヨッシーさん、それ、どんな話の流れだったの?」

「えっと……最近の趣味は、って訊かれてこの通話のこと答えました」

「ふむふむ、なるほど」


 彼女がやや動揺してるのが分かる。恋愛のことを訊かれて答えた、とは言いづらいから、趣味の話題の延長ってことにしたんだろう。でも、俺はタネが全部分かっちゃってるんですけどね……!


「ふふっ、ヨッシーさん、俺のこと、褒めてくれました?」

「もちろん、話してて面白いって言いました! まあ、その後、一言言いかけてやめたんですけど」


「え? そうなんですか?」

「はい。えへへ、ずっと話してたくなるって、言おうとしたんですよ」


 瞬間、心臓がどくんと、ものすごい勢いで動き出す。

 そんな話、本当に教室でも言ってなかった。


「あ……そ、それ、俺に言って大丈夫、なの?」

「へ……?」


 しばらくフリーズしていた桜さんが、数秒後、突然ひゅっと息を吸う。


「え、あ、わっ、ちょっ! はわわ、言っちゃった……」

「ん、や、あ、ありがと……」


 ダ、ダメだ! 照れすぎて、お礼を言うのが精一杯だよ……っ!


 それにしてもおっちょこちょいすぎる……普段の桜さんと違う一面が見られて、それも嬉しいな……。


「わ、話題変えよ、ヨッシーさん!」

「そ、そうですね!」


 このままだと普通のおしゃべりができなくなる。いったん落ち着いて、状態をフラットに戻そう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る