第9話 桜さんなの? 違うの?

 その日の夜二十三時、時間が取れそうなので、久々に「#つわぼ」してみることにした。


 ヨッシーさんにDMしようかとも思ったけど、「この前『また話そう』って言ってくれたのは社交辞令だったんじゃないか」なんて臆病になってしまって、どうにも踏み切れない。


 色んな人とも話してみたいしな、なんて都合の良い言い訳を考えながら、ベッドに横になってSNSを開いた。


【あんまり面白い話はできないけど、おしゃべりするのは好きです。むしろ面白い話聞きたいです! よければよろしくお願いします。声は固定ポストに #つわぼ】


 こんな普通の内容で人がくるだろうか。幸いなことにこれまでは来てもらえているけど、なんだかんだ毎回少し不安になってしまう。



「あっ、来た……えっ!」


 数分後、DM送ってきてくれた相手は、なんとヨッシーさんだった。


【たまたま開いたらムックさんのポストを見つけました! もし良ければ、今日も少しお話しできませんか? もう声かけられてるかもしれないですけど……】


「やった!」


 思わず声をあげる。ウソじゃなかった。まさか、本当にこうしてお誘いしてもらえるなんて。


【ぜひお願いします! 他の人から連絡来ないように、投稿消しておきますね笑】


 緊張しながら、SNSの通話ボタンを押して、彼女に発信する。


「もしもし、ヨッシーさん」

「あ、ムックさん、こんばんは!」


 彼女の優しい声が響き、一気に気分が明るくなる。


「すみません、急にお声がけしちゃって」

「いえいえ、嬉しかったですよ。俺も話したかったんで」


 この前タメ口で話したけど、数日経ったので敬語に戻ってしまった。彼女も気付いたらしく「敬語になってますよ」とクスクス笑う。


 俺はタメ口に戻しながら、彼女に訊いた。


「今日は話せる時間あるの? 前聞いたとき、忙しいって言ってたから」

「はい、今日は大丈夫です。ちゃんとお風呂入ってからストレッチする時間も取れました!」

「そ、れは良かったね」


 お風呂、と聞いてドキッとしてしまう。ダメだ、ついシャワーを浴びている姿や薄着でヨガみたいなポーズしてるのを想像してしまう。


 と、彼女は急に「ふふっ」と笑った。


「ムックさんの声って、聞いてて落ち着きますね」

「え、そう? そんなこと初めて言われたな」


 なんなら学校では喋っただけで驚かれるしな……。


「はい、だから長い間喋ってられるっていうか。性格と同じように、声にも相性ってあると思うんですよね」

「確かに、そうかもしれないなあ。俺も、ヨッシーさんの声、割と好きだよ」


 そう伝えると、電話口からひゅっと勢いよく息を吸う音が聞こえた。


「えっ、わっ、ほっ、ホントですか。なんか照れちゃいます」


 ううん、やっぱり桜さんじゃないだろう。学校で話してる桜さんはもっと元気で明るくて、結構テンションが違う。

 それに、あの新商品のチョコだって、好きな女子はたくさんいるに違いない。変な妄想をしすぎたな。



 でもなあ、声似てるんだよなあ! 気になるなあ!



 会話の中でヨッシーさんかどうか分かるヒントが見つかるかもしれないから、色々話題を出してみよう。



「そういえば俺、この前友達と修学旅行の話したんだよね」

「えっ、ムックさんのところ、もう修学旅行なんですか?」


「いや、来年の五月だからまだまだ先なんだけどさ。俺とか友達は北海道か沖縄がいいって言ってるんだけど、今年と同じで大阪・京都になりそうで。ヨッシーさんのところって、行き先とか決まってるの?」


 ちょうどクラスメイトが修学旅行の話をするのを聞いていたので、使ってみることにした。行き先なんかを話せば、ヒントが得られる可能性もある。


「あ、うちも同じくらいの時期ですね。行き先も関西の予定です」

「おお、一緒だね!」


 ってことはやっぱり桜さんの可能性もあるんじゃないか!


「でも、色々不安もあるんですよね」

「不安?」

「はい。友達と泊まりなんてうまくやれるかなあ、とか」


 友達と泊まりで過ごすのが不安。じゃあやっぱり桜さんじゃないかあ。


 今度は別の方向からアプローチしてみるか。何がいいかな……

 そうだ、部活だ!  この前、聞きそびれちゃったもんな!


「ヨッシーさん、この前朝練があったって言ってたけど、部活忙しいの?」

「そうですね、今月は大会もあるし、今は結構練習忙しいです」


 ってことは運動部か。いや、確か吹奏楽部とかも夏に大会とかあった気がする。


「ムックさんは部活入ってないんですか?」

「そうだね、俺は入ってない。せっかく帰宅部なんだから、本当は放課後、色々なところに寄ってみたいんだけど、最近雨が多いからどこも行けないや」


 話の流れで軽く嘘を吐いてしまった。クラスの陽タイプの男女みたいに放課後に遊びまわりたいとは思っていなくて、家でのんびりする方が好きだ。


「そうそう、さすが梅雨って感じで、雨多くてイヤですよね。私は運動部なんですけど、最近雨で屋内練習のことも多くて」

「ああ、雨だとどうしても屋内になっちゃうよね。俺の学校でもそうだよ」


 雨の話題出したおかげで運動部ってことが分かったぞ。じゃあやっぱり陸上部の桜さんじゃない? やっぱり声も似てるし!


 陸上部の二年生に吉田さんって女子もいた気がするけど、あの人の声知らないし。きっと全然違う声だと思うし(願望)


「でも、全然練習足りてないんです、周りはすごい人ばっかりで、自分は全然なんですよ」


 あれ? 桜さんは地区大会を勝ち抜いて県大会に出るって聞いてた気がする。全然っていう成績じゃないだろう。じゃあやっぱり桜さんじゃないかあ。


 ううん、桜さんの可能性と、桜さんじゃない可能性がそれぞれ存在している……フタを開けてみるまでどっちか分からない……シュレディンガーの桜……。

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