31話:悲劇

 ボトッと紅く濡れた右腕が落ちる。


「あ"っ…ぐあ"ぁ"ァァァァッッ!!」


 破裂した右腕の近くにはトゲ付きの鉄球の様な鉄塊が落ちている。

 彼女はあの時に刺した鉄針の形を鉄人形を作り出した様に変化させる事で、腕が爆発したかのように破壊したのだ。

 少年は流れ出る血液を止めようと、その痛みに抗おうと悶え苦しむ。

 腕を回収しようにもそんな時間はない。

 もし今アルシアが起きていれば・・・そう悔やんでいると、僕の表情で察したのだろう。

 彼女は丁寧に説明をする。


「アルシアさんなら丸一日は起きませんよ。この麻酔針を使ってますから」


 緑の髪が一本だけピンッと細い針へと変わる。

 気絶にしては長い訳だ。

 しかしそうなると状況は更に最悪だ。


《"拘束する蔓ヅルクハイト"ッ!!》


 ハンカチを被せた少年の腕を強く締める。

 これで止血は出来たとしてもこれじゃ僕は魔術を使えない。

 相手も此方に攻撃する手段は無いと解っているから動かないのだろう。


「トランさん、貴方ならどうするのが一番か分かるでしょう。恐怖も絶望も無い人間になりませんか?」


 少女は優しい笑顔で手を差し伸べてくる。

 どうする・・・二人を抱えて逃げるか、いや、追い付かれるか串刺しのどちらかだろう。

 そうなれば一度丁寧に乗るふりをするか?だがあまりにもリスクがデカすぎるしきっと乗った瞬間に殺されるだろう。


 ──八方塞がりだ。

 前みたいな奇跡は絶対に起きない。

 なら…もういっそこうするしかない。

 僕は静かに二人を抱え睨む。


「──そうですか」


 小さくため息をついた後、近くの鉄人形にポンと肩に手を置く。

 ベキベキと音を鳴らしたそれは頭が外れ噛み付いてくる。

 それに続くように他の鉄人形も頭を伸ばし、背骨の様な鉄から無数の針も同時に伸びてくる。

 僕は後を確認しながらは走り出す。

 この二人だけでも何とか逃がさなければ。

 どんどんと頭と針が近くに迫ってきているのを直感で感じる。

 その時一本の針が僕の頭を貫こうとしてくる。


「───ッ!!」


 何とかそれを屈み回避する。

 速度は落ちるが止まっている暇はない。

 少しでも進むことを止めればその瞬間に三人とも終わりだ。

 僕は次々に押し寄せる針を掠めながらも間一髪で避けて行く。


 ポタポタと赤黒い雫が垂れる。

 細かな切り傷が身体中に入りながらも前に向かう。

 二人を庇いながらだと体力の消費がかなり激しく身動きも取りずらい。

 その時左脚に激痛が走る。


「ぐぅッ!」


 どうやら弾丸の様な鉄球が知らぬ間に撃ち込まれていた様だ。

 猛烈な痛みに襲われながらも必死に脚を運ぶ。

 脚がもつれ上手く前に進めない。

 次の攻撃が来た時何とか防げないかと魔術書を取り出す。

 針と魔術書が触れ合ったその瞬間眩い光に包まれる。


 なんだ・・・何が起こって……よろめいた瞬間、鉄人形の顔面が鳩尾みぞおち辺りに入る。

 僕はそこから数メートル吹き飛ばされる。

 ダメだ…逃げないと殺される。

 止まっちゃ終わりなんだ。

 這う力も二人を掴む力も入らない。

 息をする度に何度も激痛が走る。

 恐らく肋骨が折れているのだろう。


「もう終わりです」


 何時の間にか鉄人形の動きが止まり、変わりに元凶の少女が目の前に立っていた。

 少女は魔石に包まれた魔術書を掴んでいる。

 その形はまるでクリスタルで出来た剣の様だった。

 しかしそんなことはどうでも良い。

 今は自分の行動による愚かさ、後悔、恐怖に心はむしばまれていた。

 まだ終わらない・・・終わりたくない。


「これが何かは分かりませんが、それももう考えなくて良くなります」


 剣を此方に向ける。

 嫌だ……生きていたい…終わりたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたく───

 後に下がろうとした瞬間それは僕の心臓を貫いた。

 刺されたと言う感覚こそあれど、不思議と痛みは感じない。

 あまりの痛みに感じる事を脳が拒否しているのか、それとももう死んでいると同義なのか。

 それはもうきっと僕が分かることはない。


◆◆◆◆◆◆


「少々時間が掛かりましたが、これでもう大丈夫ですよ」


 そう優しく語りかける少々は、心臓を貫かれた少年から先程貫かれた剣を引き抜こうとする。


「──あれ?」


 何度引っ張ろうと抜けない。

 髪で掴み、引っこ抜く力を更に加えども結果は変わらない。


「どうしてっ!」


 目一杯力を入れたその瞬間嫌な汗が頬を伝う。

 視線を感じる。

 でもどうして?アルシアちゃんは眠っている、アデラもあの時から目を覚ましていない。

 なら……少女はゆっくりと顔を上げた。

 その先には少女をじっと見つめる虚ろな瞳があった。

 思わずヒュッと息を呑む。

 スルリと剣から手が離れその場に尻餅をつく。


(どうして…確かに心臓を貫いた筈なのに。)


 理解できない恐ろしさからか距離を取ろうとしたその時、彼は右腕を上げた。

 その腕は自身の胸に刺さっている剣を握ると同時に全身が透明な魔石に包まれる。

 それは宙に浮き始める。

 まるで立ち上がるかの様な動きをし、怯える少女を見据える。


ピシッ……


 ひびが入る。

 その細かな罅はどんどんと広がり、終いにはクリスタルの全面に入る。


パリィィィン!!


 眩い光と共にクリスタルが砕け散る。

 覆っていた手を退かした目に映る者の姿に驚愕する。

 右腕はクリスタルの剣と同化し、左目は魔石で出来た仮面の様なものを着けており、宙に浮いている。


「なんなのこれ・・」


 一歩後ずさる。

 それと同時に彼は少女の脚を切り捨てた。


「─────え」


 ズシャッと体が倒れる。

 訳が解らない。

 ただの銅像の様に動かなかったそれは何時の間にか背後で浮遊している。

 その時ある一つの言葉が脳裏をよぎる。

 それは死だ。


「あ、うあぁぁぁぁぁァァ!!!皆わたしを助けて!助けてよぉ!!」


 少女の瞳が輝くのと同時に周りの鉄人形、鉄筋が動き出す。

 ある人形は茨の様な鉄針を伸ばし、またある人形は魔石の少年に飛び掛かり全身から針を出そうとする。


 しかしそんな同時攻撃は意味を成さなかった。

 飛び掛かる鉄人形を剣で貫き、それをまるでボールかのようにもう一体に投げ飛ばす。

 一瞬それの視界を飛んでくる鉄人形が覆う。

 飛んでくるモノごと貫こうとした時にはもう上半身と下半身が泣き別れしており、二体とも頭を潰される。


「なんなの…何なんだよお前はァァァァ!!!」


 その怒号に呼応するように残りの鉄人形が動き出す。

 その時少年の左目がギラギラと光る。

 光が彼の目の中で乱反射する。


パキッ…


 魔石が割れる。

 それと同時に反射を繰り返していた光は放たれた。

 

「───ッ!?」


 無数の光は次々とそれらを原型がなくなるまで撃ち抜いていく。

 咄嗟とっさに髪を鋼鉄化させ身を守る。

 それが項を成したのか体へのダメージは少ない。

 しかし鋼鉄化した髪は貫かれ、砕け宙を舞う。


「わたしの髪を!!?」


 攻撃の無意味さを痛感する。

 逃げなければ。

 絶対的な恐怖が押し寄せる。

 その場に落ちていた鉄人形の脚を何とか移植し、必死に走り出す。

 砕けた魔石はまた彼の左目に戻ろうとする。

 その間一切の動きを見せない。


 これならわたしの速度には追い付けない、そう確信したその瞬間それは間違いであることを知る。

 彼の右腕の剣は砕け、無数の剣となる。

 それは無線式のビットの様に一度宙を舞い翔んでくる。

 その剣はわたしの腹を貫いた。


「あれ──」


 彼とは相当な距離が離れていた筈、なのに何故攻撃が届く?だって今も豆粒の様な大きさに見えて…後を振り向いた時にはその姿はなかった。

 前を見るのを躊躇う。

 何故ならきっともうそこに居るのだから。

 鋼鉄化した髪を伸ばすと同時に振り返る。

 髪は届く事はなくグチャ…と嫌な音が頭に響く。


「あ"っ…がァァァァァァァァ」


 わたしの目が貫かれた。

 それを抜こうとした時残りのビットが何度もわたしの身体を貫く。


 何度も…何度も…何度も…何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もッ!!!!!


 わたしが消える。

 粉々に砕け散る。

 ママに貰った心臓にピシッとひびが入る。

 嫌だ死にたくない。

 ママに会いたい。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


「助………ケテ…m─────」


 パキンッッ


 砕けた。

 体内から露出した魔石は粉々になり、それはもう少女の形をしていなかった。


────────◆◆◆◆◆◆───────


 目を覚ます。

 まだ頭がぼんやりとするが、俺は腕が千切れ倒れていた筈。

 辺りを見渡す。

 その光景は意識をハッキリとするには十分すぎる程だった。


「────は?」


 隣には眠っているアルシア。

 抉られた地面。

 辺り一面に広がる鉄人形の残骸。

 何よりも目を引くのがグチャグチャの鉄が混じった肉塊と、神々しい親友の姿だった。


「オ"ェ"ッ!!」


 思わず胃の中のモノを吐き出す。

 何だ…訳が分からない。

 一つ確かなことがあるとすればあれはきっとトランだ。

 違うとするなら彼は何処に行ったことになる。 

 それにあのクリスタルの中に入っている本は確実にトランの物だ。

 しかし何故あんな姿に。


「と、トランなんだよな?」


 声に反応したのかゆっくりと首を回し此方をじっと見る。

 それは小さく震える。

 何だ…もしや襲い掛かってくるのか?そう少し身構えると震える少年の瞳に光が戻る。


「ア…デラ・・・」


 一筋の涙が頬を伝う。

 確かに俺の名前を呼んだ。

 そうしてそれはその一言を発するとほぼ同時に腕のクリスタルが砕ける。

 そうして彼はその場に倒れ、本が虚空の穴に吸い込まれる。


「トランッ!!」


 眠る少女を抱え急いで駆け寄る。


「おい!目ぇ覚ませってば!!」


 何度も声を掛け体を揺するが反応はない。

 それはこの少女も同様だ。


「何だよ……もう訳分かんねぇよ」


 二人の友人を抱える少年は問い掛ける様に声を出す。

 しかしそれは誰の耳にも届く事はなく消えていった。

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