死神のエナ

ジェスが死後彷徨っていた冥界は、何もなくて寂しい場所だった。

草も木もなく、大きな石が所々にあるだけで、地面には赤土が広がり、空には薄暗い雲、風も吹かず音もない、そんな世界。

長い間、そんな冥界を宛てもなく彷徨っていたジェスは、ただ変わらない景色の中をひたすら歩いていた。

何か月いたのか、何年いたのかもわからない。

ただ何も考えずに歩いて、疲れたら眠ってを繰り返すことで、ジェスは精神状態を保とうとしていたのかもしれない。


長い間彷徨っていたにも関わらず他の死者に出会わなかったが、一度だけ会った。

それは悪霊に追われている死者だった。

悪霊は冥界と人間界を自由に行き来することができる。

人間界で暇を持て余した悪霊が、冥界にいた死者を追い回していたのだ。

嘘か真か真実はわからないが、悪霊が死んで間もない死者を喰らうと生き返ることができる。そんな噂があったからだろう。


見なかったことにできる距離だった。

追われている死者も、追っている悪霊もジェスの存在には気がついていなかったから。

でもジェスはそうしなかった。

倒れ込んだ死者に今にも襲い掛かりそうだった悪霊、その前に両手を広げて立ち塞がったのだ。

震える足をなんとか踏ん張り、悪霊に「去れ」と何度も言った。

自分が喰われるかもしれない。喰われたら再び生き返ることもできない。

そんな恐怖の中、ジェスは必死に目を見開き、悪霊を威嚇し続けた。


悪霊は死後長く人間界を彷徨い、人間の悪い気を吸い取って生まれる。

心がなければ、人間的な思考もない。

悪霊にとってジェスはただの餌なのだ。

フワフワとどす黒い身体を漂わせていた悪霊が、ジェスに向かって襲い掛かろうとしたその時だった。

そこに現れたのは、黒い翼を携えた死神だった。


死神は手にしていた大きな剣を、悪霊に向かってひと振りし、唸りながら小さく、小さくなって、最後は小さな黒い塊になったそれを拾うと、やっとジェスに声をかけた。


「大丈夫か」

「あ、ありがとう」

「これが私の仕事なのでね」

「貴方は・・・」

「私は死神のエナ」


エナは武器も持たずに悪霊の前に立ちはだかったジェスを褒めた。

そして、一緒にやらないかと誘ってくれたのだ。


エナと別れて少しの間、ジェスは考えて死神になる選択をした。

そして死神となったジェスはルナとなり、憂神の塔でエナと再会を果たした。

死神の仕事はエナに教えてもらった。

死神特有の気の使い方や、飛び方、剣の使い方まで全て。


そんなエナはタナが来る百数十年前に刑期が終わり、転生のため死神の役から解放された。

今はどこで何をしているのかわからない。

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