第80話・軽音楽部の仲直り作戦
80-1・打合と美穂の疑問~矢吹家へ
-翌日の放課後・3年E組-
ロクロ首の件は、麻由が逃がしてしまったことを謝罪して、紅葉が参戦できなかったことを謝って、「次は確実の倒そう」と決めて話は終わった。
続けて、真奈が、1年生の足立明日美からの依頼を、紅葉&美穂に説明する。
「ヤブキさんがイチバンになったのって、
軽音部やめてオベンキョーに集中したからなんだぁ~?
スッゲー!ヤブキさんスッゲー!
どんなオベンキョーすれば急に頭が良くなるのか聞きに行こ~よっ!」
「私の話、ちゃんと聞いていたの、紅葉ちゃん?
『矢吹さんが凄いこと』じゃなくて
『矢吹さんが孤立をしていること』を議題にしているんだよ。」
見当違いな紅葉の提案はスルーして、議論を始める。
「確認をしましたが、
矢吹さんが、軽音部から不当な扱いを受けている事実は無さそうです。」
「う~~~ん、やっぱり、そうなのかな?」
「うちの学校は、成績上位と下位で、だいぶ差があるからな。
受験に専念したいヤツも居るし、そうじゃないヤツもいる。
まぁ、良くあることだろう。仕方が無いんじゃないのか?
まさか、空気を読んで、受験勉強をやめて、軽音部に戻れとは言えんだろうに。」
「まぁ・・・そうなんだけど。」
南の「受験勉強をする為に同級生より一足先に引退」の意思を無視することは出来ない。今の3年生達(聡&愛&陽)だって、数ヶ月以内には、後輩に引き継いで引退をする。それが早いか遅いかだけの違いしかない。
「でも‘全然話をしないほど仲が悪くなっちゃう’なんてあるのかな?」
「問題はそれな。
どっちかが、仲良くするのを敬遠しているんじゃないのか?麻由はどう思う?」
美穂は‘他人のグループ’がどうなろうと、それほど興味は無い。名前も知らない奴等の話なら、「踏み込む必要は無い」と真奈に任せて帰宅をしただろう。だけど、「優麗祭の時にドラムを教えてもらった」及び「真奈との関係が悪化した時に仲裁に入ってくれた」という借りがあるので、少しばかり親身になっている。
ただし、美穂自身が、紅葉達と出会うまでは「友達なんて要らない」ってスタンスだったので、矢吹南が独りでいることには、それほど抵抗がない。だから、愉怪な仲間達で最も‘孤独が苦手な子’の意見を聞くことにした。
「そ、そうですね・・・。」
以前の麻由では気付けなかったが、愉怪な仲間達に受け入れられて、今の麻由ならば解ることがある。
「軽音部の皆さんの友好的な雰囲気を考慮すると、
矢吹さんが軽音部を避けているように思えます。」
「なんでそう思うの、麻由ちゃん?」
「おそらくは、独りだけ先に引退をしてしまったゆえの罪悪感・・・。
そして、引退をしたからには、結果を出さなければならないという
焦燥感ではないかと・・・。」
それは、過去の麻由が、紅葉達を避けていたから解ること。過去の麻由は、紅葉や美穂に、自分の力を見せつけることばかりに拘っていた。そして、ボーイフレンド達との関係がバレる前の麻由は、仲間達との距離を空けて、「いつかは知られることの焦燥」と「隠し続ける罪悪」に捕らわれていた。麻由が、愉怪な仲間達を‘本当の仲間’と思えるようになったのは、ボーイフレンド達との関係がバレても、誰1人麻由の前から去らなかったからだ。
「なら、南ちゃんを説得すれば、
前と同じように、軽音部の皆と仲良くできるってことだね。」
「よぉっしっ!だったら、早速、ヤブキさんとお話をしようっ!」
「紅葉ちゃん、付いて来てくれるっ!?」
「んっ!もちろんっ!
ァタシだって、軽音部の皆がギクシャクしてるのイヤだもんっ!
でも、ヤブキさん、もう帰っちゃったよね?ど~する?お話ゎ明日にする?」
「家に行ってみよう!
南ちゃんの家は文架大橋の詰めだから、
紅葉ちゃんの通学路から少し寄り道すれば行けるよ。」
「んへっ?そ~なんだ?リョーカイっ!」
「なら、矢吹の件は、真奈と紅葉に任せた。本日の会議は、これで終了だな。」
「んぇぇっっ?ミホゎ来てくれないの?」
「行かね~よ!友達関係の修復に、ワザワザ、4人揃って行く必要はね~だろ。」
「んへぇ~~・・・冷たっ!ミホ残酷っ!」
「『冷たい』は良いとしても『残酷』はチゲーだろ。」
「そういう時は、『冷酷』とか『冷血』とか『非情』って言うんだよ、紅葉ちゃん。」
「矢吹に会いに行くのをオマエ等に任せただけなのに、スゲー言われようなだな。」
「マユも来てくれないの?」
「申し訳ありません、野暮用があるので・・・。」
南と仲の良い真奈と、遠慮なく人の懐に飛び込める紅葉が居れば充分だろう。尤も、懐に飛び込みすぎて、相手を怒らせる危険性はあるけど・・・。
紅葉&真奈は、早速、矢吹邸に行く為に3E教室から退出する。2人を見送った後、麻由が動き出そうとしたところで、美穂が睨み付けて呼び止めた。
「オマエさぁ・・・また何か隠してんのか?」
「・・・えっ?」
「矢吹だけが受験勉強の為に軽音部を引退したんだから、罪悪感があるのは当然。
そこまでしたんだから、結果を出さなければならないって焦燥感があるのも当然。
だから、矢吹は、他の連中と距離を空けている。・・・なるほど、尤もな話だ。
だけどさ、それなら、なんで、オマエからトップを奪って結果を出したのに、
まだ距離が空いたままなんだ?
オマエの言い分、説得力はあったけど矛盾してんぞ。
自分の論理破綻に気付いているのか?
それとも、その場しのぎで喋ったから矛盾に気付いていないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
麻由は、思い詰めた表情で、美穂の方に向き直る。その表情を見た美穂は、「麻由は自分の言った矛盾に気付いている」「何か隠している」「また、いつもの悪い癖が出た」と感じた。
「心配はありますが、私では、頭ごなしな言い方しかできないので、
共に行くことを選びませんでした。
紅葉が、矢吹さんの隠していることを、
上手くさらけ出してくれると良いのですが・・・。」
「なんのことだ?」
「矢吹さんが、友人達と距離を空けている理由は、
『思い通りの結果を出せず、ご友人達に顔向けができないから』だと思います。」
「はぁ?トップを取っているのに『思い通りの結果が出せない』ってどういう事だ?
それ以上の『思い通りの結果』ってなんなんだ?
受験で一流大学に進学するまでは、孤立を続けるつもりとでも言いたいのか?」
「いえ・・・そうではなくて」
「説明が解りにくい!また、悪いクセが出ている!
遠回しな言い方をしないで、解りやすく説明しろ!」
「え~と・・・今回の結果は、矢吹さんの実力ではないと、私は感じています。
実力外で、思い掛けずにトップに立ってしまったので、
矢吹さん自身が動揺をしているのではないかと・・・」
「カンニングをしたって事か?」
「断言はできませんが・・・。」
怒鳴りつけた結果、急に話が解りやすくなった。美穂自身、勉強をやり出した直後は、底辺だった成績がジャンプアップをしたが、上位層に入ってからは上がり幅が少なくなった。特進クラスの連中と成績を争うのは、簡単なことではない。だから、首席どころか、トップ10入りが難しいことを、身に染みて解っている。
「可能性はありそうだ。
だけど、トップってカンニングで簡単に取れるもんなのか?」
「私は、カンニングに労力を割くくらいなら、普通に覚えた方が早いと思うので、
よく解りません。」
「うわぁ~・・・サラッと優等生アピールをすんな。ムカ付く台詞だ。」
「その辺は、美穂さんの方が詳しいのでは?」
「バカにすんな。自慢じゃないが、あたしは、カンニングなんてやったこと無ぇ!
そんなモンやってたら、2回も留年してない。
カンニングするくらいなら赤点を選ぶ。
そもそも‘自分の力’じゃね~もんで評価されても嬉しくね~よ。」
「美穂さんらしい潔い考え方ですね。
『カンニングでトップ』の件なのですが、実は少し気になる事があるのです。
テストの最中、校内から些細な妖気が発せられ続けていました。
そして昨日、軽音部の皆さんがロクロ首に襲われました。」
「ロクロ首が矢吹に憑いていて、カンニングをして答えを教えてたってこと?」
「断言はできませんが、出現のタイミングと、現状を考慮すると、
可能性はありそうですね。」
「なんで今まで言わなかった?」
「テスト中は悪意を感じられなかったので、
特に敵対をする必要は無いと思いまして・・・。
それに、妖気が気になってテストに集中出来なかったとは言いづらくて・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、なるほど」
美穂は「だったら言うな!」とツッコミを入れたかったが堪える。「言いづらい」と言いながら、遠回しに「妖気の所為でテストに集中出来なかった(ので順位を落とした)」と言うあたりが、いかにも麻由らしい。
「矢吹との接触を、紅葉と真奈に任せたのは、
トップを奪われ、しかも、ハナから疑っているオマエが行ったら、
話がややこしくなるからか。」
美穂は、スマホを取り出して、愉怪のグループLINEに「矢吹との接触後に報告をしろ」とメッセージを入れる。依頼の件は紅葉達に任せて帰宅をするつもりだったが、麻由の意見を聞く限り、放置をできる問題ではない。「何も起こらなければ、それで良い」「だけど、念の為」と考えて、紅葉達からの結果報告を待つことにする。
「さて、あたし達も行くぞ!」
「どちらへ?」
「オマエが‘野暮用’をするつもりだった場所だ。」
「えっ?」
「オマエは、矢吹とロクロ首は関係あると考えている。
そんで、ロクロ首には逃げられた。
それなのに、紅葉と真奈にだけ任せて、部外者面をするとは思えないからな。
帰るつもりだったけど予定変更だ。
オマエ一人じゃ不安だから付いて行ってやる。
・・・てか、また情報隠蔽されたら面倒だから、あたしも行く。」
さすがは美穂と言うべきか、麻由が隠し事をするのが下手すぎるのか、全部バレていた。麻由は、ロクロ首が「要らない子」と言っていたのが気になって仕方が無い。軽音部が南を「要らない子」扱いをしたとは思えないが、確認をするべきだと思っている。
-十数分後・駅東地区の矢吹家-
「真奈ちゃん?源川さん?急にどうしたの?」
「久しぶりにチョット話がしたくて、寄り道しちゃった。」
紅葉ちゃんは、一緒に帰っていたから付いて来ただけ。」
「ふぇ~~・・・ヤブキさんのおうちって、優高から近いんだねぇ。」
紅葉と真奈が玄関先に訪れていた。抜き打ちで訪問された南は、少し戸惑って余所余所しい。
「急に押し掛けてゴメンね。直ぐに話を済ませるから・・・。」
「塾に行ったから成績上がったのぉ?
それとも、学校の近くに住んでいる人は頭が良くなるのかな?
マユのおうちも学校から近いもんね。
ァタシも、パパに頼んで学校の近くに引っ越せば、頭良くなるかな?」
「えっ?マユって生徒会長のこと?」
「く、紅葉ちゃん、いきなり、それを聞く?」
成績と麻由の名を聞いた途端に、南の表情が暗くなる。不動のトップから、その座を奪ったのだ。普通ならば暗く俯く理由なんて無い。軽音部の仲間達と疎遠になったことも含めて、あきらかにオカシイ。真奈は、南の不自然さを見逃さなかった。
「が、学校からの近さは関係無いよ。きっと塾に行ってるからだよ。」
「塾かぁ~~~。メンドイなぁ~~~。
ァタシ、春休みは色々あって行かずに済んだけど、
『夏休みになったら行け』って言われてる。」
「へぇ・・・そうなんだ?
ゴメンね、そろそろ準備して塾に行かなきゃだから・・・。」
南は、迷惑な客を体よく追い払って玄関扉を閉めようとする。しかし、真奈が扉に手を掛けて閉めさせない。何となく様子を見るだけのつもりだったけど、紅葉が踏み込んでしまったので、もう後には引き返せない。
「塾に行ったくらいで麻由ちゃんに勝てたら、誰も苦労はしないよね?
成績上位層は、チョット頑張ったくらいで順位が上がらないのは、
私だって経験している。
塾に行っただけじゃ成績が上がらないのは、紅葉ちゃんが証明している。」
麻由がトップでいられるのは、中学時代からの積み重ねがあるから。2~3ヶ月頑張った程度で越えられる壁ではない。越えられるのは、麻由と同じくらい頑張っている秀才か、少し勉強すれば直ぐに理解を出来る一握りの天才だけ。だけど、秀才や天才は、中堅の成績なんて取らない。ハナからトップ争いに加わっている。麻由と親密に交流をするようになって8ヶ月、麻由は一切の手抜きをしない。去年1年間は、麻由と同じ2年A組で、麻由のテスト対策のお世話になった。だから、真奈には「麻由からトップの座を奪うのが、どれだけ大変なことなのか」が解る。
「あれれ?・・・んぇぇっっ!?なんで今、ァタシがディスられたの!?」
「ディスっていない!褒めてあげたのっ!」
「うへへへへっ!そっか、褒められ・・・・って絶対違う!褒められてない!」
「うるさいっ!紅葉ちゃんは黙っていて!!」
「うへぇっっ!!?なんでァタシが怒られたの!?」
真奈の言い分はメチャクチャなんだけど、迫力の押された紅葉は閉息して、南も動きを止めてしまう。
「ゴメンね、南ちゃん!でも、塾よりも大事なこと!
愛ちゃん達と、前みたいに仲良くして!」
「急に何の話!?」
「だって、前は、あんなに仲が良かったじゃん!今の関係は、どう見ても変だよ!」
「無理だよ。私は、愛ちゃん達みたいに、呑気にしてたくないの。」
「一緒に呑気にして欲しいなんて言ってないって!
ただ、仲良くして欲しいって言ってるの!
もう軽音部じゃなくたって、時々、軽音部に遊びに行くことはできるでしょ?」
「できないよ!」
「南ちゃんが、軽音部の皆に罪悪感を感じているのは何となく解る!
自分だけが‘受験モード’になったのに、他の皆はバンドを楽しんでいて、
距離を空けたくなった気持ちの少しは解る!
だけど、まるっきり疎遠になるのはオカシイ!
あんなに仲が良かったのに、全部縁を切っちゃうのは絶対に違う!」
「何も解ってないのに、解ったみたいなこと言わないでよっ!!」
玄関戸を閉めることを諦めて、家の中に逃げようとする南。しかし、「そうはさせまい」と真奈が南の腕を掴んだ。途端に、テレパシーが発動されて、南の昂ぶっている意識が、真奈の中に流入する。
・
・
・
約2ヶ月前のゴールデンウィークに、アマチュアバンドの地方コンテストが文架市で開催された。タイミング的には、運動部3年生が最後の大会を終えて、徐々に引退をする時期だ。進級時に特進クラス入りが出来なかった矢吹南は、春休みの時点で、親から「そろそろ勉強に専念しろ」と言われていたので、そのコンテストが優麗高軽音部での最後の活動と考えていた。
コンテストの結果には満足出来た。これで、胸を張って軽音部を勇退すると思っていた。しかし、そう考えていたのは南だけだった。仲間達は、誰1人「引退」を口にしないどころか、当然のように「優麗祭では何を演奏する?」と話を始めたので南は驚いた。
「これで引退じゃないの?」
仲間達は、南の発言を聞いて驚いていた。南だって、このまま‘楽しいバンド活動’を続けたい。仲間達の気持ちは解る。だけど、楽しいことばかりを考えてられない時期だ。だから、仲間達が引退をするつもりが無くても、南は引退を選択した。
仲間達は引き留めたが、南の意思は変わらない。2人の新入生が入部しており、1人はドラム、もう1人はキーボードを希望していた。活動を維持出来ない人数ではない。いつまでも3年生が先輩面をして居座るのではなく、後輩に明け渡して去ることだって重要だ。だが、南の主張に同意する3年生はいなかった。
「そっか・・・でも、キーボードなら、仁絵ちゃん(新入部員)がいるから、
南ちゃんが抜けても大丈夫だね。」
同級生の豊沢愛は、その言葉を「南を送り出す為の優しさ」ではなく、「南に対する皮肉」につもりで言ってしまった。そして、その意思は、表情と‘攻撃的な言い方’によって、南に伝わってしまった。
「そ、そうだね。私が抜けても、どうって事無いもんね。」
結果、「代わりがいるから要らない」と言われてしまった南だけが、軽音部を去ることになる。そして、南は、成績を爆上げして、志望大学を射程圏に納めて、「自分の選択の方が正しかった」と証明することに拘るようになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます