79-4・天道顕仁~天狗と玉藻

-今に至る・南の部屋-


 南が天道顕仁の顔を見つめる。いつの間にか部屋にいた不気味さについても訪ねたいが、南が最も聞きたかったのは、それとは別のことだった。


「僕があげた力はどう?役に立っているのかな?」

「は、はい・・・まぁ・・・」

「はははっ、それは良かった。」

「あ、あの・・・力って一体?

 前に会った時はツボを突いたって言っていましたよね?」

「あれ?そうだっけ?

 ゴメンゴメン、『力』って言ったら君が警戒すると思って、

 『ツボ』って嘘を付いたんだっけね。」

「そ、それは、どんな力なんですか?」

「言っただろ。頭が良くなる力だよ。」


 顕仁(天狗)は、頭が良くなるツボなど突いていない。腰どころか、人体に、そんなツボがあるかどうかすら解らない。彼が為したのは、南の腹の中に、南の希望を果たす妖怪を仕込むこと。南は、無意識に妖怪の助けを借りることで、トップの成績を修めたのだ。だが、顕仁(天狗)は、その事実を告げるつもりは無い。


「た、確かに成績は上がりました。でも、頭が良くなった実感が無いんです。

 まるっきり自分の力ではないみたいな気がして・・・。」

「君の『力』じゃなくて、僕が君にあげた『力』だからね。実感が無くて当然だよ。

 アレ?もしかして不満?

 それなら返してもらっても良いんだけどさ。君はどうしたいの?

 ケイオンブを辞めてジュケンベンキョーに集中した実績を、

 過去の友達に示したいんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 南は「これじゃない」と解っていても言い返せない。受験勉強を選んで他の部員より半年早く軽音部を引退したのに、成績が横ばいや下降では、「引退した意味が無かった」と言われてしまう。元の仲間達に‘今やるべき事’の優先度を示してやることができない。それは嫌だ。


「こ、この力は、ずっと続くんですか?」

「君が迷わなければね。」

「・・・ま、迷ったらどうなるんですか?」

「言っただろ。不満なら、その力を返してもらうだけだよ。

 君は‘頭が良くなった人’を演じるだけで良いんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「君には素晴らしい目標があるんだ。他人を傷付けているワケでもない。

 迷うことなんて何も無いだろ?」

「・・・・・・」


 不満はあったが、顕仁に諭されるよう説明をされると、些細なことのように思えてしまう。南は、優先させるべきは「頭が良くなった人を演じる」と受け入れる事にした。不満が解消されると、今度は、2ヶ月前に急に現れて消え、今日また急に現れた顕仁のことが気になり始める。


「天道さんって一体?」

「前にも言っただろ。僕はタマキモモネの友人さ。

 彼女に‘顕仁’もしくは‘崇徳(すとく)’に会ったって言えば、

 僕のことを教えてくれると思うよ。」

「あ、あの・・・ここは2階なのにどうやって入ってきたんですか?

 まさか、壁をよじ登って窓から?」

「はははっ!それは、僕が、君の常識では考えられないくらい凄いから・・・さ。」


 喋り終えた顕仁は、「バイバイ」と手を振ると、窓枠に座ったまま、ゆっくりと外側に倒れ込み、そのまま落下。南は「顕仁が誤って転落した」と考えて慌てて窓に駆け寄って下を見たが、顕仁の姿は無い。既に日が落ちて暗くなった時間帯とは言え、2階から下が見えないほど真っ暗なわけではない。間違いなく落ちたはずの顕仁が、墜落したはずの場所に居ないのだ。


「・・・天道・・・さん?」


 窓の外の風景は平穏そのもの。初めて会った時と同じ、天道顕仁なんて人物はハナから存在せず、「夢か幻でも見ていた?」と、南は考えたくなってしまう。



-屋根の上-


 落ちたはずの人間(?)が、自分よりも上に居るなんて事は、常識的には誰も想像しない。だが、翼を出現させた顕仁(天狗)の姿は、矢吹家の屋根の上に浮かんでいた。同じく、屋根の棟には、腰を降ろした玉木百萌音(玉藻)が居る。顕仁(天狗)は、百萌音(玉藻)の接近に気付いたので、南の部屋から退室をしたのだ。百萌音は穏やかな表情で顕仁を見つめ、顕仁は嬉しそうに微笑む。


「やぁ、玉藻。僕に会いに来てくれたの?」

「勘違いしないでね、天狗くん。貴方に会いに来てあげたワケじゃないわよ。」

「ありゃ?ならどうしたの?」

「私の縄張りで余計なことをしているみたいだから、注意をしにきてあげたの。」

「・・・へぇ~、そりゃ、どうも。」

「それとね、勝手にお友達扱いをしないで欲しいわね。

 私の品位が下がっちゃうから、訂正をしておいてもらえないかしら?」

「相変わらずツレないなぁ~。・・・まぁ、いいや。

 僕が君の縄張りで動き回ってる目的・・・君なら察しは付くんだろ?」

「あらら?見当が付かないわね。」


 百萌音は、顕仁(天狗)が言いたいことを解っているのだが、あえて気付かないフリをする。そして顕仁は、百萌音(玉藻)が気付いていながら知らないフリをしていることを把握した上で、「やれやれ」と溜息をついた。


「魔界王が目覚めたんだ。」

「へぇ~・・・そうなの?それは大変。」

「大嶽丸が呼応して動き出すよ。」

「お友達(魔界王ロキ)が居ないと動かないなんて、臆病者の大嶽丸らしいわね。

 ・・・それで?

 わざわざ、そんな事を言う為に、私に御縄張りを荒らしているのかしら?」

「君の縄張りに入り込んだ理由は、君への催促のつもりなんだけどさ。

 単刀直入に言って、大嶽丸の狙いは酒呑童子だ。君だって解っているんだろう?」

「へぇ~・・・そうなの?怖いわね~。」

「酒呑童子の居場所は?」

「さぁ・・・解らないわね。」


 余裕の表情を崩さず‘柳に風’の如く、且つ、神経を逆撫でするように、のらくらと質問をかわす百萌音に対して、顕仁は笑顔を向けながら苛立ちを感じる。


「なら、質問を変えるよ。

 もし大嶽丸と酒呑童子が争うことになったら、君は、どっちに付くつもり?」

「あらあら、天狗くんったら、相変わらず唐変木ね。

 私みたいなお淑やかなレディーに、

 どっちの殿方に乗るのか選ばせるつもりなの?」

「日本語って難しいね。

 いつから『阿婆擦れ(あばずれ)』のことを

 『淑女』って表現するようになったのかな?」

「『アバズレ』だなんて、酷い言い方をするわねぇ。

 そんなんじゃ、女の子にモテないわよ。」

「君に売られた喧嘩を買っているだけだよ。」

「か弱い女の子の言い分に目くじらを立てるなんて、随分と器が小さいわね。」

「全くもう!話にならないな!」

「うふふふっ、私、大嫌いな天狗くんとは、お話をする気が無いのよね。

 私を口説き落としたいなら、使いっ走りじゃなくて、

 大嶽丸に出向いて欲しいわね。」

「・・・ふんっ!僕を下っ端扱いかよ。

 まぁ、いいさ。呑気なことを言ってられるのは今だけ。

 直に、どっちに与するか決めなきゃになるよ。」

「その時期が来るまで、ノンビリと考えさせてもらうわね。」


 顕仁は翼を広げて屋根から飛び上がり、百萌音を睨み付けるようにして見下ろしたあと、上空高く飛び去っていく。


「貴方にいじられた子(矢吹南)がどうなろうと、私には関係無いけど、

 学校の周り(特に響希の周り)を、あまりウロチョロされたくはないのよね。」


 魔界王の目覚めが、想像していたより早かった。今までは、連絡役としてインバージョンワールドを動き回っていた天狗が、今後は、人間界にいることが多くなるのか?酒呑童子の居所がバレれば、大嶽丸も本腰を入れて動き出すだろう。


「まだ、大嶽丸と駆け引きをする為の手札は揃っていない。

 もう少し時間が欲しい。」


 天狗を散々おちょくって、自分の周りには寄って来たくなくなるように仕向けたつもりだが、どの程度の牽制ができたかは解らない。


「彼女(南)を蝕む妖怪の発生スイッチは罪悪感・・・。

 まぁ、余計なことには首を突っ込みたくないから、

 今回は、源川さん達に任せることにしようかしらね。」


 百萌音は、顕仁(天狗)が遠く離れるまで眺めたあと、闇に姿を変えて飛び上がり、自宅へと帰還をする。

 屋根の下(2階の部屋)に居る矢吹南は、真上で最上級妖怪同士の駆け引き(罵り合い)が行われていたことを知る由も無い。




-杉田家・真奈の部屋-


 夕食を終えた真奈が、自学をするために勉強机に向かい、英語の参考書を開く。だけど、集中が出来ない。ロクロ首戦のあとで麻由が言った言葉が気になる。麻由は、ロクロ首の依り代について「見当が付くのではないか?」と言ったが見当がつかない。

 軽音部員達には、ロクロ首について「あとで説明する」と言ったのだが、結局、ロクロ首の魂胆が解らないので、何も説明をできなかった。


「麻由ちゃん・・・何であんな事を言ったんだろう?」


 改めて思い起こすと、麻由は何かに気付いたうえで、真奈に気を使って誤魔化したように思えた。


「なんで誤魔化したの?私が知るとショックを受けるから?」


 ちなみに、麻由が‘いつもの悪い癖’を発揮したことは、今のところは美穂達には報告していない。だが、離れていても妖怪やセラフを索敵できる紅葉ならば、少なからず勘付いているかもしれない。


「私の知っている人?」


 ロクロ首は「皆のためにやっている」「皆に解って欲しい」と言っていた。あんな酷いことをしようとして、何が「皆のため」で「解って欲しい」のか、理解が出来ない。ロクロ首の独善を押し付けたのだとしても酷すぎる。「力を失ったら、何も無くなる」とも言っていたが、あんな最低の力なんて、是非、失って欲しい。

 そんな状況なのに、何故、麻由は‘いつもの悪い癖’を発揮した?何の為にロクロ首を庇った?


  〈『要らない子』はイヤ・・・私の選択が正しいって・・・

   みんなに解って欲しい。〉


 麻由が闘争心を失う直前にロクロ首が言った言葉を思い出す。「要らない子」って何だろう?「選択が正しい」って何の選択だろう?軽音部から「要らない子」扱いをされた?


「・・・え?南・・・ちゃん?」


 矢吹南が、軽音部で不要扱いをされて追い出された?だから軽音部員を恨んでいる?にわかには信じられないが、そう考えると、南が孤立していること、軽音部員が襲われ楽器を壊されそうになったこと、辻褄が合ってしまう。

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