79-2・麻由への相談~軽音部とロクロ首

-3年E組-


 愉怪な仲間達の定例会(ガールズトーク)中なんだけど、会話が全く弾まない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×3


 本日は、特にお題が無かったので、集合して早々に、紅葉が麻由に「総合2位、残念だったね」「次は頑張ってね」と「今、一番言ってはいけないこと」を言った。麻由は、「精一杯やったから残念ではない」「1位になった矢吹南を褒めるべきだ」と、器が大きくて、気にしていない様子を見せつつ、「122位の紅葉は、努力が足りない」と説教を始めた。・・・が、クドクドと説教を続けるわけでもなく、「言い過ぎました」と謝罪をして、大きな溜息をつく。


(マユ、気にしているんだね~。)

(スッゲ~残念がってるじゃん。これ以上は、テストの話題は禁止な。)

(んっ、リョーカイ。)


 美穂は紅葉とアイコンタクトをする。「1度成績が上がり始めると、今度は成績を落とすのが怖くなる」のは、美穂にも理解は出来る。ずっと1位をキープしていた麻由には、「1位を取り続けなければならない」ってプライドがあるのだろうと察する。

 今回の美穂の試験結果は、今までに比べて飛躍的な順位の上昇は無かったし、英語の結果に足を引っ張られてしまった。だが、数学は98点。担当科目の教師曰く、後半の超難問で点数を取れない生徒が続出して、美穂が学年で単独トップらしい。つまり、数学に関しては、麻由より上だ。「鬼の首を取った」ような気分で、麻由に見せつけてやるつもりだったが、肝心の麻由が‘大惨事中’なので自慢をしにくい。


 元々、麻由は無駄話が苦手。美穂は得意分野の会話なら幾らでも喋れるけど、次々と話題が変化をしていくガールズトーク全般は苦手。紅葉の無駄話に対応するスキルを持っているのは真奈なのだが、珍しく真奈は不参加。おかげで、会話のキャッチボールが成立しない。


「これ以上待っても、真奈は来そうにないな。」

「そうですね、解散にしましょう。」


 美穂は麻由を眺めて、ヤレヤレと溜息をつく。落ち込んでいるのに、落ち込んでないフリをして、器の大きさをアピールしている(つもり)の麻由がチョットムカ付く。総合1位も2位も、充分に凄い。総合2位でも理系1位なら充分に凄い。美穂からすれば、麻由が落ち込む理由はワガママすぎる。


「コイツ(麻由)、この学校の生徒は、全員が自分以下だとでも思っているのか?

 最近、だいぶマシになってきたと思ってたけど、まだまだ器が狭い。」


 本日は順位発表初日だから大目に見るが、2~3日経過しても落ち込みっぱなしだったら、麻由の尻を蹴っ飛ばしてやろうと考える。




-学食-


 この時間帯の学食は空いている。真奈と明日美が、向かい合わせの椅子に座り、紙パックのジュースを飲みながら話をする。


「熊谷先輩って、前に、軽音部を手伝ってくれたこともあるんですよね?」

「それ、さっきも聞いたよ。そんな事を確認する為に、私を追い掛けてきたの?」

「い、いえ・・・そうじゃなくて。

 ・・・熊谷先輩は、聡先輩達と仲が良いのかな~って思って。」

「うん、仲は良いよ。

 最近は忙しくて、軽音部には遊びに行けてないけど、前は頻繁に顔を出してた。」

「南先輩とも仲が良いんですか?」

「・・・ん?

 もちろん、聡ちゃんだけじゃなくて、南ちゃんも、

 愛ちゃんや陽ちゃんや彩ちゃんも仲は良いよ。」

「なら、先輩にお願いがあります。

 南先輩に、軽音部に戻ってもらえるように、頼んでくれませんか?」

「えっ?私がっ!?」


 想定していない相談・・・てか依頼だった。確かに、1年生の仁絵より、オリジナルメンバーの南がキーボードを担当した方が、息が合って収まりは良い。だけど、いくら仲が良いとは言っても、部外者の真奈が口出しをできる問題ではない。


「えっと・・・聡ちゃん達は何て言ってるの?」

「引退するのは止められないって言っていました。」

「なら、私も、残って欲しいなんて言えないよ。 

 足立さんは、南ちゃんを止めたの?」

「はい、私と仁絵は、南先輩の引退を猛反対しました。

 でも聞いて貰えなくて・・・」

「なら、私が説得しても聞いて貰えないよ。

 南ちゃんが抜けた穴は、足立さんと望月さんが盛り上げれば良いんじゃないの?」

「で、でも、私や仁絵じゃ、南先輩みたいに上手にできないので・・・。」

「それはチョット情けないなぁ。

 どんなに遅くたって、あと半年もすれば、

 他の3年生も引退して、彩ちゃんと、足立さん達の3人になるんだよ。

 後輩の足立さん達が、もう少しシッカリしなきゃね。」

「は、はい、そうですね。」

「今と比べて少なくなっちゃうけど、演奏はできるんだからさ。」

「が、頑張ります。・・・でも、聡先輩達、時々、凄く寂しそうで・・・」

「・・・えっ?」


 この話題は、「頼りない後輩にカツを入れて終わり」と思っていた真奈は、明日美の言葉を聞いて閉息してしまう。


「前は南先輩と凄く仲が良かったのに、

 最近は全然喋っていないっぽいですし・・・。」

「・・・そ、そっか。南ちゃん達、喧嘩でもしたの?」

「解りません。私達の前では、喧嘩をした感じはありませんでした。

 でも、急に‘友達じゃない’みたいな態度になって・・・。」


 南が孤立気味ってのは思い当たる。他の軽音部メンバーと同じクラスなのに、1人で試験の結果を見に来ていて、トップ獲得の喜びを分かち合う様子も無かった。


(軽音部引退の時に喧嘩別れでもした?

 それとも、喧嘩が原因で南ちゃんだけ退部をした?)


 それならば、少しくらい力になりたい。


「わ、解ったよ。引退を撤回できるかは解らないけど、チョット話をしてみるね。」

「はい、よろしくお願いします!」


 以前(優麗祭の頃)、真奈が、行き違いで美穂に嫌われかけた時、「真奈を受け入れるように」と美穂に口添えをしてくれたのは、軽音部の仲間達だ。その時の恩を返したい。




-弓道場-


 真奈は3年E組に行ったが、既に定例会は解散をした後で、愉怪なメンバーは誰も居なかった。「まだ、麻由は学校に残っているだろう」と考えて、弓道場に行って窓から中を覗き込む。

 麻由は、真奈が覗いている窓に背を向け、的に向かって弓を押し弦を引いていた。相変わらず美しい行射の姿勢だ。番えた矢が手から離れ、的に命中をして、後輩達は感歎の溜息をもらす。


「成績トップを維持できなかった精神的ダメージは、

 それほど大きくないって事なのかな?」


 行射を終えた麻由が、穏やかな表情で振り返り、窓の外から眺めていた真奈と目が合った。真奈は、「おいでおいで」と手を振って、麻由を呼び寄せる。


「あら、真奈さん。どうしたんですか?」

「チョット、相談したいことがあってね。」

「急用ですか?」

「ごめん、急用じゃないんだけど、

 明日の議題にする前に、ちょっと麻由ちゃんの意見が聞きたくて。

 ・・・軽音部の矢吹南ちゃんのことなんだけど。」


 ‘その名前’に総合トップを奪われた麻由は、一瞬、眉をしかめるが、直ぐに「素直に負けを認めるべき」「自分以上の努力をした人を評価するべき」と考えを改めて表情を取り繕った。


「解りました。そちらに行くので少々お待ち下さい。」


 校庭(テニスコート脇)のベンチに腰を降ろす麻由と真奈。早速、真奈が軽音楽部の春の経緯と、矢吹南の現状について説明をする。


「あれほど打ち込んだバンド活動をやめて受験に専念をしていたのですね。

 矢吹さんの決意には脱帽します。私も見習わなければなりませんね。」

「えっ?感想、それだけ?」

「矢吹さんと、他の軽音楽部の皆さんで、価値観が変わってしまったのでしょう。

 それならば、親密度が低くなってしまうのは、仕方が無いと思います。」

「まぁ・・・そうなんだけど、心配じゃない?」

「『孤立』については些か注視するべきですが、

 軽音部の皆さんから不当な扱いを受けていないのでしたら、

 もうしばらくは様子を見ても良いのではありませんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「気になるのでしたら、真奈さんが矢吹さんと仲良くして差し上げたら良いのでは?

 矢吹さんが望んで下さるのなら、私もお友達になれるように協力しますよ。」

「う、うん・・・その時はお願いね。」


 麻由の意見は、もの凄く説得力がある正論なんだけど、真奈が欲しかった答えとは違った。具体的に「どうするべき」ってのは真奈にも解らないが、軽音部を仲良しに戻すための提案が欲しい。


「あ、あのさ、麻由ちゃん・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「急に黙って、どうしたの?」


 麻由の様子がおかしい。急に口をへの字にして黙り込み、立ち上がって、体育館の方を睨み付ける。


「妖怪が発生しました。極めて近いです!」

「えぇっ!?」


 これは、先日の期末テスト中に発生をしたロクロ首だ。体育館に向かって駆け出す麻由。真奈が後ろから付いていく。



-体育用具室-


♪~♪~♪・・・・・

「あれっ???」

「どうした、仁絵?」


 キーボードの音が聞こえなくなったので、愛&聡&陽&彩は演奏を続けながら仁絵を見つめる。仁絵は懸命に鍵盤を弾いているんだけど、音が全く鳴らない。


「電源が切れたの?」

「壊れちゃった?」

「ど、どうなんでしょう?」

「あれ?」 「おや?」 「なんで?」


 それどころか、愛と彩のエレキギター、聡のドラム、陽のベースからも音が出なくなった。確認をするが、電源は間違いなく入っている。だけど、押しても弾いても、どの楽器も音を奏でてくれない。急に「演奏ができない不満」とは別の、重苦しい圧迫感が体育用具室を包み始める。


〈私の代わりなんて・・・務まらない。〉


 妙な声を聞いた愛が、入口の方に視線を向けて小さく悲鳴を上げた。続けて、他の部員達が悲鳴を上げる。


「普通の人には見えない物を見ちゃった?」

「でも、全員が見えているって事は、幽霊の類いとは別?」

「お姫様の格好をした演劇部員が紛れ込んできたのかな?」


 いつの間にか其所には、和服を着て青白い顔をした女が立っていた。


「・・・あ、あの」

〈みんなだって・・・

 将来のことを考えれば、こんな事をしている余裕なんて無いはずだよ。〉

「な、なんのこと?」

「演劇部の子が、台詞の練習をしている?」

「でも、なんでここで?」


 軽音部員達の想像は、次の瞬間には全て吹っ飛んだ。和装の女は、口から真っ黒な煙(闇)を吐きながら、用具室の天井に届くくらいまで首を伸ばす。そして、体はその場から動かさず、長くなった首をくねらせながら、青白い顔だけを、軽音部員達に近付けてきた。


「きゃぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!」


 一斉に大きな悲鳴を上げる軽音部員達!直後に出入口の扉が開けられて、麻由がロクロ首の背中に体当たりをして、転倒させる!続けて真奈が体育用具室内に飛び込んできた!


「みんなっ!逃げてっっ!!!」

「真奈ちゃん、これは一体?」

「話はあとだよ!」


 真奈は、軽音部員達の元に駆け寄り、豊沢愛の腕を掴んで問答無用で引っ張り、体育用具室から連れ出す。他の部員達も、真奈と愛につられて、倒れているロクロ首の脇を通過して体育用具室から脱出する。

 起き上がったロクロ首は、軽音部員達を追い掛けようとするが、それよりも先に、召喚した絡新婦のキーホルダーを握り締めた麻由が、入口に向けて手を翳した!理力で編まれた蜘蛛の糸が発生して、体育用具室の出入口を塞ぎ、ロクロ首を妨害する!


「グラウンドには、部活動中の生徒が大勢います!

 アナタが外に出たらパニックになってしまうので、

 ここに閉じ込めたまま浄化をさせていただきます!」


 妖怪を睨み付け、Hスマホを握り締めて構える麻由!



-校庭西側-


 一方、軽音部員達を裏門まで逃がした真奈は、「呼びに来るまで、ここにいて」と言って、体育用具室に戻ろうとする。


「真奈ちゃん、さっきの幽霊みたいなのは何なの?」

「言ったでしょ、あとでちゃんと説明するから!」


 如何にも「頼れる友達!」って態度で「あとで説明する」言ってみたものの、真奈自身、妖怪の種類も、体育用具室に出現した理由も、麻由に教えてもらわなきゃ解らない。教えてもらったとしても「あれは○○って妖怪だよ」とか「体育用具室に地縛していたんだよ」とか「○○ちゃんが恨まれていたから出現したんだよ」なんて説明するべきなのか判断できない。要は、その場しのぎの「あとで説明する」なのだ。


「今考えても仕方が無いっ!先ずは妖怪をやっつけなきゃ!」


 真奈は、もう一度「ここに居てね」と軽音部員達を留めてから、体育用具室に向かって駆けていく。



-体育用具室-


〈なんで?なんで邪魔をするの?私は、皆のためにやっているのに。〉


 依り代の声を聞いてしまい、動揺で体を硬直させるセラフ(麻由)!ロクロ首は、闇を吐きながら首を伸ばして、セラフに硬質化した顔をぶつけた!弾き飛ばされたセラフは、隅に収納されていた跳び箱やボール籠に突っ込む!直ぐに体勢を立て直して立ち上がるが、今後はロクロ首の両手が伸びてきてセラフを掴み、コンクリート製の天井に叩き付けた!


「うぅぅっっ!この妖怪はいったい?」


 Hスマホに蓄積されたデータと違う。ロクロ首は首を伸ばしたり飛ばす妖怪だ。「頭を硬質化する」とか「腕が伸びる」なんてスキルは無い。だけど、今のセラフが苦戦をするレベルの妖怪ではない。倒す気で戦えば、5分とかからずに浄化をできる。


〈私は、皆のためにやっているの。〉

「し、真意がわからない。」


 しかし、依り代の意思に重きを置いてしまうセラフは、ロクロ首の制圧に迷い、動きを鈍らせる。

 ロクロ首は、伸ばした手でセラフを天井に押さえ付けたまま、首を伸ばして振り回し、整然と並んでいたドラムセットを薙ぎ倒した!続けて、首を伸ばしたまま、床に放置されたエレキギターに、頭を叩き付けようとする!




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