第2話





「——————肥前名護屋城。


その規模は大坂城に次ぐもので、全国から集められた武家の陣屋が150以上も建てられた。そして城下のその人口は20万人を越え、国内でこれほど名だたる武家が一堂に会した城は後にも先にも…この城だけ。そういった意味での、日本一」






俺はそうぼやきながらも力強く吹き続ける玄界灘の潮風を頬に感じ、そして海上にひしめき合う無数の軍船を見つめて薄く笑った。












「後世ではまたの名を…"夢の城"」












それは夢か、幻か。




夢は夢とて、悪夢なのか甘美な夢なのか。




そんなこと、最早考えなくてもわかりきっていることだけど。





本当にただ心底、心からどうかしてると思う。





どちらにせよ異国を征服するという、そんな己の私欲という曖昧であやふやなものだけで…ここまでのものを容易く築き上げてしまうのだから。







「…まさかそれは、『みんを征服する』というどこまでも無益で無謀なそんな夢を…豊臣が叶える城ということか?」







すると久保にそう尋ねられ、俺は一瞬考える。




言ってしまっていいのだろうかと。




だけどどこか皮肉ったような言い方をした彼に、その答えなんて既にもう貴方の手の内にあるのだろうと悟った俺は、薄く笑った。







「そんな一炊の夢を、夢見た城だということです」






そう。




それが、この城が夢の城だと言われる由縁。






「武力と権力でねじ伏せて手に入れるような無謀な夢なんて、所詮はただの白昼夢ですよ」






同じようにそう皮肉り苦笑いした俺は、眼下に広がる大海原を見つめた。





"夢の城"。





後世に伝わるその本当の意味は、豊臣秀吉が晩年に見た中国大陸にあるみんの征服という、馬鹿げた一炊の夢のために国力を注ぎ込み築かれたにも関わらず。




僅か7年後の秀吉の死を持ってして終戦を迎えると共に忘れ去られることになる…悲しき夢幻の城。





そういう意味で、夢は夢でも『悪夢の城』だと言われたりしている。





するとふと、久保が口を開いた。







「……夢とは、一体何なのだろうな」







そんな言葉にふと隣を見ると、久保は海を見つめたままどこか寂しげに微笑んでいた。






「誰かの野心に溢れたその夢は、別の誰かにとっては残酷なものになりる…」






そう呟く久保は海を見つめたまま、吹き抜ける潮風に目を細める。





そして、静かに続けた。






「不覚にも、そんな野心の片棒を担ぐことになってしまうのが…ただ心苦しい」






そんな言葉を落とした久保を見ながら、俺は思う。





…相変わらずだなと。





俺の主人は。





その辛さを滲ませたような表情で、俺は容易く悟る。




彼のその心がさいなまれているのは、不本意ながらも一軍の将としてこれから足を踏み入れることになる遠い異国の地で、誰かの尊い命をその手にかけてしまうかもしれないことへの申し訳なさと。




そして何より、それに対する自責の念なのだと。





そう感じた俺は、どこまでも優しすぎるその横顔を見ながら淡く微笑んだ。













「——————"夢というものは、きっと夢見たままの方が何倍も美しい"」













不意に俺が口にしたそんな言葉に、俯いていた久保ははっとして俺を見る。





そんな彼に、俺は笑ってみせた。








「同じ『夢』でも、俺はそんな言葉の方が好きですよ」








…いつか貴方が言っていた、そんな言葉が。






それに驚いたように目を丸くした久保に、俺はそっと微笑んだ。

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