第3話 地味子と陽キャの秘密同盟

神代くんに「俺のために使えよ」なんて、とんでもないことを言われたあの日から、私の頭の中は完全に『神代玲プロデュース計画』一色になっていた。


(観客ゼロのステージを満員にする……)


普通にポスターを貼ったり、チラシを配ったりしたって、誰も見向きもしてくれないのは分かりきってる。神代くんに対する学園の評価は、あまりにも固まりすぎているから。


(だとしたら……)


自室のベッドの上で、プロデュースノートを広げながらウンウン唸る。


(みんなの固定観念を、強制的に上書きしちゃうしかない!)


彼のパフォーマンスは、見てもらえさえすれば、絶対に人の心を掴む力がある。だったら、答えは一つだ。


(見せつけちゃえば、いいんだ!)


ぴこーん!と、頭の中で電球が灯る。

私はノートに、震える文字で、だけど力強く、作戦名を書き込んだ。


『ゲリラライブ大作戦!』


そう、予告なしのサプライズライブだ!

評価会の前に、学園内で一番人が集まる場所で、いきなり神代くんのパフォーマンスを叩きつける!

「なんだなんだ?」って集まってきた子たちに、彼の本物の実力を、有無を言わさず見せつけちゃうんだ!


(我ながら、天才的な作戦……!)


だけど、天才的な作戦には、たいてい山のような問題がつきものだった。


問題①:ゲリラライブなんて、学園が許可してくれるわけがない。

問題②:音響機材とか、どうやって用意するの?

問題③:そもそも、どうやって人目を引くの?

問題④:っていうか、友達いない私が、一人で全部準備できるわけなくない……?


……ダメだ。考えれば考えるほど、問題点が噴出してくる。

ノートの上で、私のやる気は早くもしぼみかけていた。


(やっぱり、私一人じゃ、無理なのかな……)


きゅっと唇を噛みしめた、その時だった。


「あんた、面白いこと考えてんじゃん」


「ひゃっ!?」


いきなり背後から声をかけられて、私はカエルみたいな声を出して飛び上がった。

振り返ると、そこに立っていたのは、クラスで一番明るくて、オシャレで、顔が広い、陽キャグループの中心人物――星野(ほしの)きらりさんだった。


キラキラのネイルが施された指先で、私のノートをトントンと叩いている。

腰まであるふわふわの巻き髪。ぱっちりした大きな瞳。制服だって、完璧に着崩してる。私とは、住む世界が違う人。


「え、あ、あの、星野さん……い、いつの間に……」

「さっきから見てたし。あんた、休み時間ずーっとそのノートとにらめっこして、ブツブツ言ってんの。ウケる」

「(ガーン……!)そ、そうでしたか……ごめんなさい……」


恥ずかしさで顔から火が出そう。穴があったら埋まりたい。

きらりさんは、そんな私を見て、楽しそうににこっと笑った。


「で、やるんでしょ? ゲリラライブ」

「え?」

「神代玲の、でしょ? あんたが最近、あの一匹狼に付きまとってるって、もっぱらの噂だよ」

「つ、付きまとってるわけでは……!」


噂、怖すぎる!

きらりさんは、私の慌てっぷりにお構いなしに、私の隣にどさっと腰を下ろした。ふわっと甘い香りがして、心臓がドキドキする。


「正直さー、神代玲ってないわーって思ってたんだよね。暗いし、愛想ないし、こっちまで気分下がるじゃん?」

「そ、そんなことないです! 彼は、すっごく格好良くて、パフォーマンスは天才的で、本当は……!」

「はいはい、分かった、分かったから」


私が夢中で反論するのを、きらりさんは面白そうに遮った。


「でもさ、あんた見てると、なんか気持ちわかるかも」

「へ?」

「あんた、超地味だけど、目だけは本気(マジ)だもんね。そのノートも、びっしり書き込んじゃってさ。そこまでさせる神代玲って、逆にどんなもんなのよって、興味湧いてきた」


きらりさんは、悪戯っぽく片目をつぶった。


「手伝ってあげるよ、そのゲリラライブ」

「……え、本当に!?」

「ただし、条件がある」


彼女は、人差し指を一本立てた。


「もしライブが成功して、私が『神代玲、ちょっとイイかも』って思ったら、あんた、私を彼のファンクラブのナンバーツーにしなさいよね!」

「ふ、ファンクラブ!?」

「当たり前でしょ! あんたが会長で、私が副会長。どう? 悪くない取引でしょ?」


ファンクラブなんて、まだ影も形もないのに!

でも、初めてだった。

神代くんのことで、誰かとこんなふうに話せるなんて。

私以外に、「興味がある」って言ってくれる人がいるなんて。


じわっと、目の奥が熱くなる。


「……はいっ! よろしくお願いします、副会長!」

「ちょ、気が早すぎ! ま、いっか! じゃあ、早速作戦会議と行きますか、会長!」


こうして、私と星野副会長(仮)の、秘密の同盟が結成されたのだった。



きらりさんの行動力は、すごかった。

まさに、私が持ち合わせていないもの、全部を持っている人だった。


「音響機材? ああ、放送部の倉庫に、使ってない古いやつ眠ってるって! うちのダチに頼んで、こっそり借りてきてもらった!」

「場所は、やっぱり中庭の噴水前しかないっしょ! あそこなら、昼休みの終わり際、全校生徒が校舎に戻るから、一番目につく!」


私が一人でうんうん唸っていた問題が、彼女の手にかかると、魔法みたいに次々と解決していく。

私は私で、自分にできることを全力でやった。


それは、神代くんの、最高のステージを作り上げること。


「神代くん! 今日の練習、見させてもらいます!」

「……また来たのか」


旧館の音楽室。

最初はあからさまに嫌な顔をしていた彼も、私が毎日通い詰めるうちに、諦めたみたいにため息をつくだけになった。これは、すごい進歩だ!


私は、練習する彼の姿を、食い入るように見つめる。

そして、ゲリラライブで歌う曲について、勇気を出して提案した。


「あの、神代くん! ゲリラライブでは、この曲を歌ってほしいんです!」


私が差し出したのは、あるマイナーなアーティストの楽曲の楽譜だった。

それは、孤独の中で、それでも光を求めて叫ぶような、切なくて力強い曲。


「……なんで、この曲なんだ」

「あなたの声に、一番合うと思ったからです。それに……あなたの心みたいだなって」


言ってから、ハッとする。

で、出しゃばりすぎた……!


「……っ」


神代くんは、何も言わずに楽譜を受け取った。

その表情は、前髪に隠れてよく見えない。

怒らせちゃったかな……。


「……好きにしろ」


ぽつり、と彼が呟いた。


「お前が、プロデューサーなんだろ」


ドキッ!!


心臓が、大きく跳ねた。

プロデューサー。彼が、私を、そう認めてくれた。

ぶっきらぼうな言い方だけど、その裏にある不器用な優しさが、じわっと胸に広がっていく。


(……頑張らなきゃ)


彼の信頼に、応えたい。

絶対に、最高のステージにするんだ。


ゲリラライブの噂は、きらりさんの情報網のおかげで、あっという間に学園中に広まっていた。

『あの万年最下位の神代玲が、ゲリラライブやるらしいぞ』

『マジで? 誰が見に行くんだよ』

『でも、あの星野きらりが一枚噛んでるらしい』

『え、そうなの? じゃあ、ちょっと面白いかも』


良い噂も、悪い噂も、ごちゃ混ぜになって、私たちの作戦はどんどん注目を集めていく。

もちろん、その噂は、あの人の耳にも届いていた。


「へぇ……玲のやつ、面白いことするじゃないか」


廊下ですれ違った、来栖ハヤトくん。

彼は、いつもの王子様スマイルで、私にそう話しかけてきた。

彼の周りには、ファン科の生徒会長をはじめとするエリートたちが、ずらりと並んでいる。その視線が、ちくちくと私に突き刺さる。


「せいぜい、頑張ってね。君みたいな地味なプロデューサーさんと、ファンゼロのアイドルくんのステージ、楽しみにしてるから」


その言葉は、エールなんかじゃない。

宣戦布告だ。

彼の笑顔の裏に、絶対王者としての、冷たいプレッシャーを感じて、私の背筋はぞくりと冷たくなった。



そして、運命のゲリラライブ当日。


昼休みが終わる五分前。

中庭の噴水前には、噂を聞きつけた生徒たちが、遠巻きに集まっていた。

百人……いや、もっといるかもしれない。ほとんどが、野次馬だけど、それでもすごい光景だ。


「つ、紬っち……! やばい、めっちゃ人いる……!」

「き、きらりさん……! ど、どうしよう、私、足が震えて……」


植え込みの陰に隠れて、二人でガタガタ震える。

私たちが「舞台袖」と名付けた、ただの茂みだ。


噴水の前に、神代くんが一人で立っている。

きらりさんが用意してくれた、マイクスタンドの前で。

その横顔は、いつもよりずっと硬くて、緊張しているのが私にも伝わってくる。


(大丈夫。あなたなら、絶対にできる)


私は、ぎゅっと両手を胸の前で組んだ。


(頑張って、神代くん!)


届け、私のファン力!

そう心の中で強く念じた、その瞬間だった。


ブツッ!!


「……え?」


セッティングしたスピーカーから、不快なノイズが響き渡った。

え、嘘でしょ!? さっきまで、ちゃんと音が出てたのに!


ザワ……


「おい、なんだよ、機材トラブルか?」

「しょっぼー」


集まった観客たちが、ざわめき始める。

まずい。空気が、どんどん悪くなっていく。


追い打ちをかけるように、集団の中から、意地の悪い声が飛んだ。


「帰れー! 出来損ない!」

「お前なんかの歌、誰も聴きたくねーよ!」


ハッと声のした方を見ると、来栖ハヤトくんの取り巻きたちが、ニヤニヤしながらヤジを飛ばしていた。

彼らの仕業だ……! きっと、機材にも何かしたんだ!


そのヤジをきっかけに、周りの野次馬たちも、「やっぱりダメか」「時間の無駄だったな」と、一人、また一人と帰り始めてしまう。


(どうしよう……どうしよう……!)


私のせいで。

私が、こんな無茶な作戦を立てたから。

彼の、たった一度のチャンスを、私が台無しにしちゃったんだ。


ごめんなさい、ごめんなさい、神代くん……!


絶望で、目の前が真っ暗になる。

噴水の前に立つ神代くんは、うつむいて、ぎゅっと拳を握りしめていた。

もう、ダメだ。

そう思った、その時。


すっ、と彼が顔を上げた。


え?


彼の瞳には、諦めの色なんて、どこにもなかった。

そこにあったのは、逆境を、雑音を、すべてをねじ伏せるような、燃えるように強い、決意の光。


そして。

何の音響も通さずに、彼の声が、中庭に響き渡った。


『――震える心で、それでもドアを開けた』


アカペラだった。


ノイズ混じりのスピーカーも、心ないヤジも、すべてを置き去りにして。

彼の、生身の声だけが、真っ直ぐに、鼓膜を揺さぶる。


それは、私が選んだ曲の、始まりのフレーズ。


場の空気が、一瞬で変わった。

帰りかけていた生徒たちが、足を止める。

ざわめきが、ぴたりと止む。


誰もが、息を飲んで、たった一人の少年に、意識を奪われていた。


(神代、くん……)


彼の瞳は、私を、真っ直ぐに見ていた。

まるで、「ここからだろ、プロデューサー」と、言っているみたいに。


うん。

ここからだ。

私たちの反撃は、今、この瞬間から始まるんだ!

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