彼は世界の敵か、否か。
「そちらがそういう態度で来るのなら、こちらにも考えがある──
「かなりガチめの脅しが出てきた! いや、あの、本当に……ふざけてる訳じゃなくってぇ……できれば信じて欲しいというかぁ……」
ホントにホントのことなんです~と命乞いの時にしか出ないような声を出してはみたものの、如何にも偉いです! と言った風貌の、白髪の女性の心に響いてくれる気はしなかった。
見た目通りというか、年齢通り、頭は固そうである……と言うのは流石に失礼か。
勢いでごり押そうとしてるだけで、圧倒的に人を嘗めたことをしているのは、俺の方だという自覚くらいはあった。
「落ち着いてください、お母様。彼は高校生ですよ? 少しくらいは会話を楽しむ余裕を持たせないと、こちらも含めて、話したいことも話せませんわ」
くそっ!
お母様と言うだけあって、娘であるらしい──俺よりは、幾つか年上だろうか。
ざっくり大学生くらいだとも思うが、対神防衛魔法機動隊の制服が彼女に威厳を与えているように思えた。
いやっ……と言うか、何だ? 何か見覚えあるな、この人……。
「
「ふふっ。彼、お母様とは相性が悪そうですものね。ここは私に任せていただいても?」
「……そうだね、頼んだよ」
何だか速攻で自己解決した白髪の女性が目頭を揉みつつそう言って、選手交代。
物腰柔らげな方の女性が、ふんわりとした笑みを浮かべたまま俺に目を向けた。
特徴的な銀色の髪が、靡いて揺れる──あっ。
「改めて、自己紹介をしましょうか。私の名は──」
「──あ、
「あら、知ってくれてるの? ありがとう」
「いや、知ってくれてるっていうか……」
知らない訳ないって言うか。
他称、魔法少女オタクな俺じゃなくとも、彼女の名前と顔は知っている。
──だろう。とか。
──だと思う。とかではなくて。
知っている。彼女のことを、この中央コロニーで知らない人は、一人もいない。
何故なら彼女は──対神防衛魔法機動隊の、総隊長なのだから。
自然と背筋が伸びる。嫌な緊張感が走るのが分かった。
「それなら話が早くて助かるわ。私が聞きたいのは、君が如何にカミサマを祓ったか──ではない」
「で、ではない?」
「ええ、そう。そこについては、正直どうでも良いの──貴方にはそういうことが出来る。それさえ分かれば、今は良いの。私はね」
「あー……ははっ。なるほど」
この人、本当に強いな。
一般的な男子高校生だった俺視点からではなく、陰陽師をやっていた頃の俺視点から見て、そう思う。
普通の人であれば、まず理屈を探る。それこそ先程の、天知さんの母のように。
俺が──可惜日あらかという男性が、如何にしてカミサマを撃滅したのか?
本来不可能であるとされている、その事実の解明にまず目が行くことだろう──でも、違うんだ。
本当に厄介な戦士というのは、理屈に合わない敵が出てきた時、深くまでそのことを探ることはない。
まずは一旦、「そういうことができるんだな」と頭の片隅に置いておくのである。理屈は後からついて来ればいい。あるいは分からなくとも、その上で叩き潰せば良い。
いつの時代も変わらない、強者の思考で──同時にそれは、敵対者を見る時の思考だ。
「ま、貴方の場合、そもそも考えるに値しないだけと言っても良いけれど……陰陽師だなんて。妄言としか思えないじゃない? でも貴方は、それを真実だと宣っている」
「まあ、嘘じゃありませんからね。終始本当のことしか言ってませんよ、俺は」
「一応──意味は無いでしょうけれど──脅しておこうかしら。私たちは、貴方の身辺情報を隈なく捜査し、洗い出している。誰にどのように干渉するのも思うがまま。それでも、貴方の答えは変わらない?」
「もちろん」
「そう、じゃあやっぱり良いわ」
後で教えてちょうだい。とでも言わんばかりの軽さで天知さんが笑う。
ムッとしたような、彼女の母親の目線も何のそのだ。
彼女の虹色の瞳は、真っ直ぐと俺を捉えている──この部屋に入ってから変わらない殺意と共に、俺を射抜いている。
「だから、私が聞きたいことは一つだけ──貴方が、私たちの……ひいては人類の、敵であるかどうか」
その一言には、やはり剥き出しの殺意が乗っていた。
冷酷で、強烈で、けれども理性的な、洗練された殺意だけが最初からずっと、そこにあった。
それを象徴するように、キラキラと魔法陣が幾つも編み上げられていく。
「敵だと言ったら、どうするんですか?」
「殺します。まずは貴方の親族から」
「やり方が卑怯だ!?」
「いやね、戦術的と言って欲しいわ──それで?」
「……敵ではありませんよ」
そもそも、陰陽術とは人が、人ならざる者と対抗するために編み出された手段である。
人に向けるように作られてはいない──作っていない。
「味方とは言わないのね?」
「そりゃあ──そうじゃないですか? だって俺は、正義の味方ではありませんからね」
というよりも、正義の味方はもうやめた。と言った方が正確かもしれないのだが。
聞こえは良いし、気持ちいい時もあるんだけど、結構疲れるんだよ、正義の味方って。
誰彼構わず平等に助けるということは、言うまでもなく難しいことで、人の手には有り余る。
「俺は、俺の味方です。俺と親しくしてくれる人達の、味方でありたいと思います。だから、その問いに白黒はっきりした返答をするのは、ちょっと難しいかもですね」
「──ふっ、ふふっ。あはは!」
俺の答えに、天知さんはたっぷり3秒ほど目を見開いて。
それから吹き出すようにして笑い声を零した。
展開されていた魔法陣をサラサラと宙に解かしながら、心底嬉しそうに俺を見る。
「確かに! そう、そうよね。普通はその通り! あー、おっかしい。お母様、今のお聞きになりました?」
「青い回答だ。海織、まさかこれを通すつもりかい?」
「もちろん! だって、あんまりにも私好みなんですもの! この子、この状況で、その気になれば私たちの敵にもなるって、そう言っているんですよ──それは、相応の実力と経験が伴った強者にしか言えないということが、私には理解る! そして、その言葉が信用に足るということも──だから!」
塵となった魔法陣の欠片たちが、振り上げた天知さんの指先に集う。
高密度の魔力。
高まる威圧感。
敵意ではなく、殺意でもない──純粋な、戦意と期待。
「この一撃、守り耐えて証明してみせなさい! 貴方が信用に足る、強者であると!」
「【此処に在ります我が身こそは神々の代弁者 我が声は神の声 即ち浄化の一音 救いの導であれば】」
渦巻く魔力の奔流は、さながら流星の如く。
俺たち以外の存在をすっかり忘れてしまったかのような一撃が、落ちてきた。
「
「ただ一つ 護り給え 防ぎ給え」
爆光。
落ちてきた星の光と、それを受け止めた光が混ざり合って、室内を呑み込んだ。
音は後からついてくる。
衝撃が更に後からやってくる。
後に残ったのは更地──ではない。
何一つ壊れたものは無い。欠けたものすら、一つもないはずだ──いやあっぶねぇな! おい!
俺が対応してなかったら、この辺丸ごと塵になってますけど!?
「やっぱり、護れるのね」
「……そりゃ、手を伸ばして届くものなら、届かせるのが義務でしょう。天知さん風に言うのなら、力のある人の」
「でしょうね。貴方なら、そうすると思った──ごめんなさい。無礼なことをしたわ」
可惜日あらかくん。と、天知さんが改めて俺の名を呼んだ。
ペコリと頭を下げて、浮かべていた笑みを潜める。
「対神防衛魔法機動隊は、貴方を警戒対象から外します。けれども──」
「──野放しにも出来ない、でしょう。良いですよ、好きにしてください」
「え? モルモットでも?」
「あんたらホントにそういうことやってんのー!?」
全然悪の組織なんじゃねぇか! と叫びをあげる。
そんな俺を見て、「いやね、冗談よ」と天知さんは笑うのだった。何笑ってんだ。こっちは
「可惜日くん、貴方には対神防衛魔法機動隊への入隊を命じます。まさか断りはしないわよね?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いや、全然お断りですね」
と、言えればそれで済んだことではあるのだが、残念ながらそこまでの胆力が俺にある訳もない。つーかシレッと流されていたけれど、俺は身内を人質に取られているようなものである。
俺と違って、俺の親は普通の人間だ。前世の記憶や能力を携えている訳ではない。となれば、当然ながら、巻き込むわけにもいかない……ということまで考えると、シンプルに脅迫に屈した形になっていた。
いや、まあ、別に良いんだけど……。
今のところ、対神防衛魔法機動隊に歯向かうような真似をする予定はない──何なら忠犬の如く、従順に腹でも見せてやろうか? というレベルである。
俺は長い物には巻かれろなタイプだった。
「何だか、それはそれで、
「そうは言っても、腹芸の一つも出来ない男がミステリアス気取っても、損する事ばかりだって学びがあるからな、俺には……」
「あ、過去にお試し済みな感じなんですね……」
それはそれで、ちょっとキモいかもですー。と、ストレートにちょっとだけ傷つくことを言ったのは、もちろん
俺たちを守ろうとして、逆にカミサマにタコられた、あの火乃宮である。
「何だか今、わたしの尊厳が傷つけられる紹介をされた気がします!」
「気のせいじゃないか? 俺は今、火乃宮がどんなに言葉を尽くしても足りないくらい、可愛らしい魔法少女であることを、頭の中でつらつらと語り垂れ流していたところだぜ」
「ほう、例えばどんなところが可愛いと思いますか?」
「顔」
「即物的過ぎじゃないですかー!?」
パシーン! と軽快な音と共に、火乃宮の蹴りが俺の足に炸裂するのだった。
どうも俺の回答はお気に召さなかったらしい。当たり前だな。
「容姿しか見てない男性はモテませんよ? 可惜日さんっ」
「別に……」
「あっ、別にモテようとは思ってないとか、そういう返事はいりませんから。それにほら、もう着きましたし」
俺の返事を先回りした挙句、一方的にそう告げた火乃宮は、ジャーン! と披露するみたいに、それを指し示した。即ち──
「ようこそ、我が壱番隊へ! みんなも首を長くして、可惜日さんのことを待っていますよ!」
──対神防衛魔法機動隊、第壱部隊隊舎である。
それは要するに、あの日障壁の向こう側で、カミサマを相手にしていた部隊の隊舎であり。
火乃宮が所属する部隊の、隊舎であった。
まあ、何というか。
端的に言えば、俺が入隊を命じられたのは、火乃宮が所属するこの第壱部隊なのであった。
近未来:異世界陰陽師 渡路 @Nyaaan
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