彼は普通がお好みらしい
僕らの生きる世界は科学で編まれている。
星と星の間。
無限に広がる宇宙の狭間に、ぽつぽつと浮かぶスペースコロニー。
作り出された空気を吸っては吐いて。
映し出されているだけの空を見上げる。
鉄の上に敷かれた芝生を歩き。
偽物の海を眺める。
何事も、本物にこそ価値があると人は言うけれど、だとすればこの世界は。偽物だけで作られたこの世界には、価値などあるのだろうか。
偽物に育てられた僕たちに、価値は与えられるのだろうか。本物に育てられた人よりも、はるかに劣っているのだろうか。
「みたいなさ、そういう感じの如何にも青春! 的な悩みとかを抱えて生きてみたかったんですよね、俺は。分かりますか?」
「わお、如何にも凡人只人平庶庸庸といった悩みだねぇ。良かった、あらかがそんな人間じゃあなくて。失望せずに済んだよー」
「わ、わあ……」
信じられないくらい豊富な語彙で、一般的な人間を全力で見下してみせたのは、もちろん
そして、それに威圧されてちいかわみたいになってしまったのは、もちろん、俺である。
何この人? 只人に村でも焼かれた過去でもあるの?
「いーえ? でも、普通なのはつまらないし。私でなくとも、つまらない人が好ましい人はいないんじゃないのかなって思うけど?」
「どうでしょうね。普通という言葉は不変であっても、その中身は普遍的なものではありませんから」
「あは、あらかが深そうなこと言ってる」
「いやあの、そういう風に言われたら恥ずかしくなっちゃうからやめましょうね、本当に!」
しかも、かなり素で出た感想だったので、羞恥もひとしおだった。
そんなことばっかり言ってるから、碌に友達いないんだよ、この人……とは、口が裂けても言えないが。
仮に言ったとしても、「凡愚な友ならいない方がマシだと思わない?」とか言ってきそうなものだ。そういう意味でも、口にはできそうになかった。
「ふふ、本当、失礼な後輩ね、あらかは。私はそんな意地悪言わないもの──そうね。仮に言うのだとしたら、『友人ならあらかで足りているから、他はいらないかな』とかかなー」
「すげー……不覚にもキュンとしてしまいそうな台詞を、俺の思考を当然みたいに読むというキショムーブによって全消ししてる……」
「キショ……!!?」
驚愕の声を発した後に「キショくないんもん!」とでも言いたげに睨んでくる躬恒先輩だった。その仕草だけ切り取れば可愛げがあるのだが、残念ながら、それではカバーしきれないキショさである。
躬恒先輩はシレッとそういうところあるからな──そんなことを考えながら、ごろりとその場に横たわる。
場所は屋上──もっと正確に言うのであれば、コロニーの南端にこじんまりと存在する、スラム街跡地に残された歪な形の廃墟ビル、その屋上。
もとい、躬恒先輩の秘密基地3号……らしい。この人、秘密基地何個あるんだよ……。
「ん-、ふふっ、両の手じゃ数えきれないくらい、と言えば伝わるかな」
「嘘でしょ……絶対そんなにいらないでしょ」
「そう? でもほら、そのお陰であらかも今、助かってるんだから文句は言えないんじゃない?」
「それは……まあ、そうなんですけど」
そう、助かっている──何がどう? と言われれば、そりゃもちろん、逃げ隠れるのに使えて助かっている、としか言いようがない。
誰からか。もちろんカミサマ──ではない。というかカミサマ相手なら逃げる必要が無い。脅威になり得ないから。
であれば尚更、何から逃げているのかと言えば、公的機関からであった! つまりは対神防衛魔法機動隊。分かりやすく言えば、魔法少女から、俺たちは逃げ隠れしていた。
あの日。俺がカミサマをコロニー外で祓ってから、ずっとだ──と言っても、まだ三日目なのだけれども。
「いや、まあ、別に悪いことをしたわけじゃない……んですけどね、総合的に見れば!」
「あは、総合的にはね。部分的に見ればというか、減点式で見たら、私たちは二人揃って、犯罪者ではあるからなあ。ま、私は別に、自首しても構わないんだけどさ」
からからと、和やかに言って笑う躬恒先輩であるのだが、普通に笑い事ではない。
そう──華麗にカミサマを撃退した俺たちではあるが、その過程で俺たちは普通に罪を犯していた!
エアロックの強制開口←犯罪。
魔法少女の魔法具を許可なく使用する←犯罪。
許可を得ずにコロニー外へと出る←犯罪。
宙域での許可なき戦闘←犯罪。
以上、推定有罪! という感じである。
そりゃ逃げるし隠れますよー、という話であった。
「はい嘘。それは建前で、本音は自身の正体が露見するのを防ぎたい。何なら出来ればこのまま、何事もなかったことになれば良いのになーって思ってる、じゃない?」
「──流石、可惜日検定2級を進呈しましょうか?」
「あは、そこは1級じゃないんだ?」
「そう軽々と、完全理解されてもらっても困りますからね」
第一、他人を完璧に理解できるということは、それはもう、自身の中でその人を完全に再現できてしまう、ということになってしまうのではないだろうか。
人付き合いというのは、理解できる部分と、理解できない部分。両方があるから面白いのだと、俺は思う。
「でも、それじゃあ聞くけれど、この逃避行にはどんな意味があるのかな? あらかがさっき挙げた罪状は、あの状況下であればやむを得なかった、で片付けられるものだと私は思うけれど。少なくとも、追われて捕まるようなことではないし、それはあらかだって、理解してるよね?」
「まあ、それは」
「どっちかって言えば、逃げ隠れた方が怪しいし……それに、あっちがその気になったら、すぐに見つかっちゃうことも分かってるよね?」
「えぇ…すげぇ詰め方するじゃん。これ答えないといけないやつですか?」
「うん、だーめ」
そっかぁ……え? ほんとにダメ? みたいな視線を送ってはみたが、ノータイムで炸裂した「ダメ」の一言により、ムグッと唸る。
いつもであれば、のらりくらりと躱して有耶無耶にしているところであるのだが、残念ながらそうもいかない。
ここで先輩に拗ねられて「じゃあ……通報するね……」とかされても台無しである。
この人相手に隠し事はするだけ無駄か。と諦めて、ため息を一つ吐く
「……意味のないことなのは分かってますよ、もちろん。本当に罪に問われるようなことは、きっとないでしょう。対神防衛魔法機動隊は、悪の組織じゃない──ただ、その、何というか。もし見つかったら、きっとそれからの日々は、普通じゃなくなりそうじゃないですか?」
「私としては、それこそがあるべき状態なんじゃないのかなって思うけどなー。だって、あらかは特別な人間なんだから。相応の日々を送るべきというか……振るわれるべき力があるなら、振るわれないのは損だよね」
「そうですね、俺もそれを否定するわけじゃないですよ。ただ、躬恒先輩が不要だと思う普通というものが、俺にとっては大切なものだったので」
というよりは、大切にしようと思った。と言った方が正解なのかもしれない。
そういう生き方を、敢えて選んだのだから。
生まれ変わってなお、呪力が使えることを悟っても。
特別な人間ではなく、どこにでもいるような普通の人間であろうとしたのだから。
結果的に、それは無為に終わってしまったけれど──その選択に、意味がなかったとは思いたくない。
「だから、これは十七年かけて普通であろうとした俺を、肯定してあげる為の時間なんです。特別な自分に戻る為の、インターバルみたいなものって言えば良いですかね」
「ふぅん……? そっかそっか。それじゃあやっぱり、私も最後まで付き合ってあげるとしましょう。あらかに残された、最後の普通を捨てる時間なんだもんね?」
「あと前世で陰陽師やってたから今も陰陽パワーが使えるんですって言っても信じてもらえる気がしなくて不安だからです」
「ねえ! そっちが本音じゃない!!? 超早口だし!!」
「まあ……」
タハーと笑って、そうとも言いますね。なんて返そうとした。
というか言ったのだ。口にしたし、言葉にはした。
けれどもその音は、誰にも届かなかっただろう──何故かと言えば。
「うーわ、マジか。流石スラム街跡地、カミサマ高ポップ地帯ですね」
虚空から現れたカミサマが、その翼の一羽ばたきだけで、脆くなっている廃墟をガラガラと破壊し巻き上げたからであった。
前回は龍型だったけれど、今回は鳥型らしい──いやあ、鳥って言ってもデカすぎるけど!
「わお、主ちゃんだ。久々に見たなー」
「主ちゃん!? あだ名つけちゃうくらいには良く見る感じなんですか!? アレ!?」
「んー、まあね。この辺はほら、私のシマだから」
「ただの不法占拠なんですけど、それ……えっ、いや、あの、祓っちゃいますよ?」
指さして遠慮気味にそう言うと、躬恒先輩がポカンとしたように俺を見て、それからアハッと笑った。
「んふ、ふふふっ、それってそんなに律儀に確認すること? この辺、防御障壁も整備されてないんだから、あらかに放っておかれたら私、死んじゃうかもだよ?」
「や、でもほら、何か思い入れあるのかなって。その、主ちゃんってのに」
「あは、無いよ。ないない。何なら私、何度か殺されかけてるし」
「まあ、この辺を根城にしてたらそうなるでしょうよ……」
むしろ、これまで良く生きてたもんだ、と呆れた吐息を一つ。
言うまでもないとは思うのだけれども、スラム街跡地は立ち入り禁止区域だ。自業自得である。
「ねね、祓ってみせてよ。その陰陽師パワーってやつ、もっかい見せて? ね? あーらか」
「あー……ここを隠れ場所に選んだ理由、それですか」
「えへ、怒った?」
「や、別に良いんですけどね。減るようなものじゃありませんし。俺も、リハビリしないとだから──耳、塞いどくのがオススメですよ」
言って、右手の人差し指をカミサマへと向けた。ちょうど、銃を模すようにして。
「せーのっ、【バン】!」
瞬間、巨大な体躯を誇る、鳥型のカミサマが弾けて跳ねた。仕留められてはいない──ていうかダメージにはなってないな。
何かに防がれて……阻まれてる?
「あっ、障壁か、アレ。直で触れる時は干渉しないんだけどなあ……呪力は流石に無理か。連射しないと抜けないな──分かってはいたけど、鈍ってるなあ」
「……あは、何だかこの前より更に、陰陽術って感じしないね、あらかのそれ。もちろん、イメージの話だけど」
「あー、分かります。なんか暴力的ですよね。だけど、これでも言霊に呪力を乗せてるんです──って言えば、それっぽく聞こえませんか?」
片手を銃に見立てて、呪力を弾丸に、言霊に沿って撃つ。
見習い陰陽師なんかは、基本的な呪力操作のマスターがてら、こうやって撃ち合いしたりするものなのだけれども、これが中々実戦でも役に立つ。
いや、まあ、現状嫌がらせくらいにしかなってないんだけど……。
昔はこれで、成層圏をぶち抜いたりしたんだけどなあ。17年のブランクは、やはり大きいらしい。
こればっかりはもう、数をこなして鍛え直すしかないだろう。
「【パン】!【バン】!【ドン】!【ボン】!【ダン】!【ガン】!」
一撃、カミサマが跳ねる。
二撃、カミサマが再度跳ねる。
三撃、不可視の障壁に罅が入る。
四撃、罅が広がる。まるで空に罅が入ったようだ。
五撃、罅が伝播する。細かい穴が空き始めた。
六撃、衝撃と共に、分厚いガラスが砕け落ちる音がした。
「【ズドン】!」
七撃、カミサマの足から上が消し飛んだ。
後を追うように、カミサマの残った足が塵となる──七発。いや、八発か。
結構かかったな……と自己反省すると、いやに神妙な顔で躬恒先輩が、俺の肩を叩いた。
「何か……バンバン口で何度も言うの、子供みたいで可愛いね?」
「うっさいですよ!? そう言われると次回から使いづらくなるからやめてくれますか!?」
本当に喧しかった。
だからこの修行法、見習いくらいしかやらないんだよな。
人というのは成長すると、声を大にして、擬音を何度も叫ぶのが恥ずかしくなるのである。
正式詠唱ならまだ恰好がつくんだけどな……。
「くっ……次はもっとかっちょいいの見せるので! 期待しててくださいね!」
「あは、次も見せてくれるんだ?」
「先輩相手に、今更隠すことでも無いですからね」
それじゃ、そろそろここから離れましょうか、と伝えようとして、言えなかった。
今度は先程と違って、言葉にすら出来なかった──思わず、口を噤んでしまった。
何故かと言えば──
「やぁぁっと、見つけましたー!!! 第三中央高校二年、
三日ほど前に、聞いた覚えのある声が響いたからだった。
それはまるで、俺たちの逃避行の終わりを告げる、鐘のようだった。
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