美羽の事件簿〜ドラキュラの末裔殺人事件〜

兒嶌柳大郎

第1話 期待の修学旅行

「やったー!やっとルーマニアだ!」


飛行機がブカレストのアンリ・コアンダ国際空港に着陸するや否や、佐藤遥の元気な声が機内に響き渡った。

高校2年生の私、霧島美羽は、通路を挟んで座る遥の興奮ぶりに思わず苦笑いする。

遥はすでにスマホを取り出し、窓の外に広がる見慣れない景色を撮影していた。

彼女のSNSアカウントには、きっともう「#ルーマニア上陸 #修学旅行最高」なんてタグがつけられているに違いない。

私もすかさずスマホを手に取り、遥の横顔をパシャリと撮影した。


「ほら美羽も!早く写真撮ろ!」


そう言って、遥は屈託のない笑顔を向ける。

遥はクラスの人気者で、明るく社交的な性格だ。

SNSのフォロワーも多く、旅行先での写真やグルメ情報はいつも注目を集めている。

今回の修学旅行も、彼女の投稿を楽しみにしているフォロワーがごまんといることだろう。


私たちの座席の少し後ろ、窓際に座る佐々木将吾は、遥の騒がしさには目もくれず、分厚い本に視線を落としていた。

古めかしい装丁のそれは、ルーマニアの歴史書か、あるいは吸血鬼伝説に関する書物だろうか。

将吾はクラスでも浮いた存在で、ミステリアスな雰囲気をまとっている。

幼い頃から吸血鬼伝説やオカルトに異常なほどのめり込んでいると噂されており、自身のSNSアカウントも「ドラキュラ伯爵の末裔」を自称し、不気味な画像を多数投稿していた。

今回のルーマニア修学旅行に、彼が人一倍執着していたのは明らかだった。


「将吾くん、また変な本読んでるの?ルーマニアに着いたんだから、もっと外見たら?」


遥がからかうように将吾に声をかける。

将吾はちらりと遥の方を見たが、すぐに本のページに視線を戻した。

その顔に感情は読み取れない。


「…君には関係ないだろう」


低い声で将吾が呟く。

その言葉に、遥は面白がったようにクスクスと笑い、スマホを構えた。


「将吾くん、そのドラキュラの本、まさか今回の旅行で本物の吸血鬼探しでもするつもり?ウケる~!」


遥は将吾の様子を面白がって、その言葉と将吾の顔を一緒に撮影し、SNSに投稿した。

「#ドラキュラ探し #中二病将吾」というハッシュタグをつけながら。

将吾の表情が微かに引きつったのが見えた。

美羽は嫌な予感を覚え、遥を止めるべきか一瞬迷ったが、結局何も言えなかった。


私たちの斜め前に座る吉田拓海は、私の幼馴染でクラス委員長を務める真面目な男子生徒だ。

彼は今回の旅行のために、ルーマニアの歴史や文化について熱心に調べていた。

パソコンやプログラミングにも強く、私のSNS活動を技術面でサポートしてくれる頼れる存在だ。

拓海は将吾と遥のやり取りを横目で見て、小さくため息をついていた。


そして、そのすぐ後ろに座るイアナ・ポペスク。

ルーマニアからの交換留学生で、約半年前から私たちの高校に通っている。

物静かで控えめな性格だが、観察力に優れ、周囲のわずかな変化にも気づく。

イアナは、将吾が読んでいる古書に、どこか懐かしむような、あるいは恐れるような複雑な視線を向けていた。

彼女の故郷に帰省するという安堵と、何か不穏な予感が入り混じったような表情。


バスに乗り込み、ブラショフの街へ向かう道中。

遥はすでに友人たちと盛り上がり、ルーマニア語の挨拶を面白おかしく真似ていた。

将吾は相変わらず分厚い本を読み続けている。

その本の表紙には、見慣れないシンボルが刻まれていた。

美羽はふと、イアナに目を向けた。

イアナは窓の外を眺め、まるで故郷の景色に何かを見つけるかのように、静かに目を細めていた。


この旅が、後に血塗られた惨劇へと変わることを、この時の私たちはまだ誰も知らなかった。

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