第6話:いざ、狩りへ

―——その命、我らに預けてはもらえないか。


 その言葉はユーリにはこう聞こえた。


―——我らの為に死んでくれ。 と


 ……冗談ではない。ユーリだけでなく、その他大勢の魔装兵の面々がそう考えたであろう。しかし悲しいかな、誰一人として反論の声を出さなかった。彼らは重々理解していた。———自分たちに拒否権は無い事を。


 この世界ディレは圧倒的女性有利の世界だ。女が白と言えば、黒ですらそうなる。男が逆らうことなど許されない。転生者であるユーリですら、骨のずいまでそう信じ込まされていた。この世界でしか生きたことのない者たちは、更にそうだろう。


 だから彼らは何も言わなかった。賛同も反論もしなかった。ただただ、沈黙でもって返答を返したのだ。


 ここに来てふと、ユーリの脳裏に家族の顔が浮かぶ。この世界の家族の顔ではない。前世のものだ。意固地な母親に、気弱な父親。優秀で自慢の兄に、自由奔放な姉。至って普通の家族であったが、今となっては愛おしいと思えた。少なくともあそこには、自分の居場所があったのだ。


―——この世界ディレとは違って。


「私からは以上だ。諸君らの健闘を祈る」


 そう言ってユエル司令官は椅子に座りこむ。その言葉通り、何もかも伝えたと言わんばかりに。その表情が心なしか沈んで見えたのは錯覚か、それとも真実か。その心の内は本人にしか分からない。しかし、とユーリは願った。少しばかりは気負いを感じてほしいと、そう願わずにはいられなかった。


「……では、今から作戦を伝達する。まず、先発隊の選別からだ。未だ未知数の化け物相手だ、事は慎重に進めたい。差し当たって、観測兵の―――」


 ユエル副官が兵士に作戦を伝達する。心なしかその声は大きく、彼女もまた気負いがあるのが目に取れた。


 しかし、ユーリの耳にはほとんどそれは届いていなかったのであった。



※※※



 作戦決行の日、その日はあいにくの雨であった。


 作戦は単純なものであった。全兵力を投入するとは言っても、一度に魔物にけしかける訳にはいかない。これまでの通例が一魔物に対して一部隊とされてきたのは、戦力の過剰投入を避けるためという名目もあったが、実のところは過剰戦力に伴う同士討ちを避けるためでもあった。一度に投入できる部隊数に限りがあったのだ。


 なので今回の作戦は、まず初めに先陣部隊が魔物と交戦し、状況に応じて後方部隊が参戦——離脱を繰り返す、いわゆる波状攻撃であった。


 全兵力を投入するというのはあながち間違いではない。仮に魔物が目の前の部隊を蹴散らしても、次から次に人員が投入されるのだから。そして最後は、人数差により圧殺されるのである。


 戦いとは数である。魔物の最大の弱点とはコアではない。その孤立無援の性質にあった。


「———先鋒部隊が交戦を開始したようです」


 中継点の簡易テント内で、通信兵が緊張した面持ちでそう呟く。情報は司令部も含め全部隊内で共有されていた。ただし、映像ではない。観測兵スポッターが記録した情報が思念波テレパスにより送信され、中継点を経由して伝播されるのだ。いわゆるモールス信号のようなものであり、その原理は極めて原始的である。


 このような方法を取らざるを得なかった理由に、記録水晶レコードキーパーの仕様があった。記録水晶レコードキーパーで記録できる映像は録画のみであり、リアルタイムで見ることが出来なかったのである。そこまでの映像技術は未だディレにおいて確立されていなかったのだ。だから、こんな前時代的ともいえる方法でしか、遠方に情報を伝達する方法が無かったのである。


「状況は拮抗状態……。両腕共に既に触手形態……。事前情報通りですね」


 通常、そばにいる女性兵士にも魔装兵であるユーリらにも、思念波テレパスは届く。しかし、今回は遠方から中継器を経由してのものであるため、思念波の構成が変化しており、特別な訓練を積んだ者しか受信できない仕様となっていた。その為の通信兵であった。


 彼女たちはその性質上、前線に出る事はほとんどない。すなわち、魔物退治に携わることもほとんどない。——例えるならに際し接近しうる脅威を迅速に伝えるための役割がほとんどであった。だが、今回は波状攻撃である。複数隊の連携がきもとなる。作戦の性質上必須であるという事で、特別に配属されたのである。


「聞いたか貴様ら!! すぐに動けるように準備しろ!!」


 部隊長:メリア・コンベルクのげきが飛ぶ。


 今、この中継点には複数の部隊が駐在しており、その中にユーリが属しているメリア・コンベルクが率いる部隊が存在した。後方部隊ではあるものの、戦況が変われば出陣する可能性もある。だからこそ、いつでも動けるように準備する必要があった。


 ユーリは素直に指示に従い、魔装具の関節部に油をす。


 魔装具の構成は至ってシンプルである。主に腕部と脚部に外付けの義手・義足のように装着されており、背部には動力部たる原動機モーターが内蔵された機関が装着されている。機動力にのみ特化した性能であるため、ほとんど生身が剥き出しである。一応、心無しの装甲が胸部と腹部に装着されているが、もっぱら転倒の際の衝撃を和らげる程度のものでしかなく、魔物の攻撃を防ぐにはあまりに心許こころもとなかった。


 しかし、そんな心許こころもとない存在でも魔装兵にとっては欠かせない存在である。繊細な構造であるため、少しのさびですら行動に支障が起きる恐れがあった。だからズボラであると自覚しているユーリであっても、日々のメンテナンスは欠かさず行っていた。そして今は、なおさら真剣にそれに取り組んでいた。


 そんな彼の元に影が差す。文字通りの影……人影だ。見上げるとそこには、我らが上司たるメリア隊長がいた。


「フン、精が出ておるな。お前らしくもない」


 皮肉を隠そうともせず、メリアはそう言いのける。


「私だってメンテナンスくらいはしますよ」


「ハッ! どうだかな」


 なんだ、どうした。今日はいつにもなく突っかかってくるな。


 ユーリはいぶかしむ。奥歯を砕かれた恨みはあれども、ユーリはメリアの素質自体には疑問をていしてはいなかった。確かに意固地なところはあるにはしても、軍人として規律を重んじた結果であると飲み込んでいた。


 しかし、これは違う。今は決戦前の大事な時間であり、このようなおしゃべりに花を咲かせる場合ではないはずだ。


 これでは、これではまるで、前世にチラホラいたかしましい女性と同じではないか。——女々めめしい存在ではないか。


 なんとも久々の感覚を味わい、ユーリはくらくらと眩暈がする心地であった。しかし、ふとメリアの方を見てはたと気づく。  


―——彼女の顔色が悪い事に。

 

「隊長殿、どうかされたのですか? 顔色が悪いようですが……」


「なっ、貴様!! 私を愚弄ぐろうするつもりか!!」 


 いやいや、そんな訳ないやろと内心突っ込みつつも、やはりいつもと様子が違うと確信する。なんというかこう―――余裕のない感じが。


 そこでようやくユーリは気付く。メリアが何故ここに来たのか。つい先日まで補習を受けていた劣等生——自分の様子をわざわざ見に来たのか。


―——なるほどなるほど、これはこれは。


 ユーリは得心とくしんする。納得する。そして、安堵あんどする。


 彼女メリアは安心したかったのだ。自らよりも明確におとる存在を目の当りにすることで、自らの優越性を再認識したかったのだ。


 それすなわち、今の彼女は不安にさいなまれているという事である。


―——メリアもまた、人の子であったのだ。


「貴様、なにをニヤニヤしている!!」


 どうやら笑みが顔に出ていたらしい。先ほどの顔色の悪さは何処へやら、今は真っ赤になって怒っている様相だ。


 しかし、これで良いのである。


「隊長、こんなところで時間を潰しては勿体ないですよ。我々だっていつお呼びがかかるか分からないんですから」


「き、貴様っ……」


 メリアは言葉に詰まる。至極当然の事を言われ、反論できなかったようだ。


「ご心配しなくとも、今回は身勝手な行動は取りません。指示に従いますとも。ですから隊長、


「む、むぅ」


 今度は風船が萎むかのようにメリアはその怒りを霧散させる。ユーリの様子に少し面食らっているようであった。そして周囲から視線が集まっている事に気が付いたのか、少しバツが悪そうな様子で二三ほど小言を吐き捨てた後、その場から居なくなった。


「やれやれ……」


 ユーリは呆れつつも魔装具の整備を再開する。いつもよりも念入りに噛み締めるかの如く。魔装具は魔装兵の手足である。動かなくなったらその時点で、命運は決する。整備不良で故障しましたなど、笑い話にもならない。だからユーリ含めたすべての魔装兵が、黙々と整備に精を出していた。それはある種のルーティンでもあった。きたる激戦に向けての、心の内の安寧あんねいを求める方法であった。


 出来る事なら、お呼びがかかる事なく事態が収拾してしまえばそれでよかった。たとえ社会的弱者に生まれ落ち不遇な扱いを受けようとも、死にたくはなかったから。


 2度目の人生においても、ユーリの心の内に英雄的思考が宿る事は無かったようである。



―——しかし、そんな彼の心とは裏腹に、事態は急転を迎えるのである。

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