特殊個体討伐作戦

第4話:風雲急を告げる

―——魔物の討伐に失敗した。


 その衝撃的な知らせはすぐさま周囲に伝播でんぱした。何せこの数年、起きることのなかった出来事だからだ。そして、同時に被害の深刻さが伝えられる。


 負傷者5名、死者17名、安否不明3名。


 その死者の中にガフが含まれていた。そう、無慈悲なほどにあっけなく、彼は死んだのだ。


「どういうことだよ!!」


 会議室の中に怒号が響き渡る。1人の女性兵士が発したものだ。怒りで拳を震わせ怒鳴る彼女は、如何いかにも好戦的ですと言わんばかりの風貌をしていた。燃えるような赤髪はその内面を反映したものか、とにかく目立った。


 会議室には彼女以外にも様々な人物が詰め込まれていた。前線で指揮を執る部隊長の面々や兵士は元より、参謀の面々やその長たる支部司令官までもがいた。この錚々そうそうたる面子が揃っている時点で、本件がただならぬものである事がうかがい知れる。


 その中に、ユーリ含む魔装兵の面々も含まれていた。大抵、こういった軍会議というものは女性だけで行われるものである。司令官が出張ってくる会議ならばなおさら格式高く、男の出る幕なんぞではない。しかし、今回は例外的に魔装兵も同席を求められた。いや、同席をするように命令された。まさに、異例中の異例と言えるであろう。


「安否不明ってのは何だよ!? 意味が分かんねぇ!! それに、いつまでこんな所に押し込めていやがる!? 敵を討ちに行くんじゃねぇのか!?」


 赤髪の兵士は怒鳴り続ける。最高責任者たる司令官が居るのにも関わらずの威勢の良さだ。しかし、彼女の怒りはもっともであった。焦燥感ともいえるか、それはここに居る数多の兵士が皆抱え込んでいたものだ。


 負傷者や死者は分かる。戦闘により負傷をし、運悪く命を落とすのは兵士のつねだ。しかし、安否不明者とは一体何なのだと、その場にいるほとんどの人物が同様に疑問を抱いていた。魔物との戦闘の結果など、死ぬか生き残るかの二択ではなかったのかと。それに、この物々ものものしい雰囲気はなんだと。仲間がやられたのならば、こんなに悠長ゆうちょうことを構えずにかたきを討てばいい。っくき魔物をぶち殺せばいい。そういった過激思想を持つ者も居た。先の赤髪などその最たる例だろう。


 しかし、そういった者々含め全てが、長官命令にて待機を命じられており身動きを取ることが許されていなかった。


静粛せいしゅくに。今から説明をする」


 返答したのはアシュリー・カーネル副官である。司令官の補佐を務める将校の一人であり、いわば秘書のような役割を担う人物だ。知性を感じる鋭い目つきに片眼鏡、短く纏められた黒い髪。如何いかにもインテリといった風貌ふうぼうである。


「安否不明者とはそのままの意味だ。作戦に参加した討伐部隊総数25名、その中で安否が確認できない者が3名いる。いずれも女性兵士だ」


「遺体が確認できないのですか? もしくは、損傷が激しく身元の確認が出来ないとか?」 


 先ほどの赤髪とは違う兵士の1人が質問をする。栗色の髪をサイドでまとめており、目じりの下がった柔和な表情をしている。赤髪の隣に座ってはいるが、彼女とは対照的に落ち着いた様子であった。


「文字通りの安否不明だ。つまり、所在不明——死んでいるかどうかすら分からん。なにせ、さら


 その瞬間、周囲がざわつく。信じられないことを聞いたと言わんばかりに。


「魔物が人をさらったですって? そんなことが……」


 魔物は知能が低い――それは共通認識であり、常識である。野生動物から変異した奴らは、その強大な力の代償だいしょうに知性を失っていたはずであった。有りし頃のみずからの習性しゅうせいすらも忘れるほどに。


 魔物にあるのは、その貪欲なほどの食欲だけである。獲物を目の前にして、捕食することを我慢して連れ去るなどという、それこそ知性を感じる行為など決して行わない。、皆が思っていたのだ。


 その共通認識が、いまくつがえされようとしていた。


「……まずは、この記録を見てほしい。記録水晶レコードキーパーが運よく破壊されておらずにな、映像を復元できたのだ」


 記録水晶レコードキーパーとは一種の映像記録装置であり、戦闘時の記録を取ることを目的として、観測兵スポッターと呼ばれる兵種に装着が義務付けられている代物である。


 副官が発言を終えると、すぐさま部屋が暗くなる。そして、白く塗られた壁面に映像が映る。記録水晶レコードキーパーから放出される投射映像であり、例の魔物との戦闘の記録であるらしい。


「先に伝えておくが、この映像は。魔物の不意打ちを受けて、そこから記録を開始したためだ」


「魔物が不意打ちだと!?」


 兵士から戸惑う声が漏れる。不意打ちなど明らかに知性を感じる行動であり、ますます魔物らしくない行動であるからだ。


「ああ、そうだ。この不意打ちにて魔装兵が2名死亡している。腕部から射出された飛翔体——それが直撃した結果らしい。……即死だったようだ」


「魔装兵を優先的に……? そんなのおかしいわ」


 栗色髪の兵士の顔に戸惑いが浮かぶ。


「勘の良い者は気が付いているとは思うが、これは異例の行動だ。魔物が我ら女性兵士を無視して魔装兵——


 魔物にとって女性兵士は優先順位が高い存在である。腹部にたんまりと魔素を蓄えたご馳走だからだ。しかし反面、魔装兵——男性兵士にはそこまで関心が無かった。その理由はもちろん、彼らが欠片も魔素を持たないからである。ただそうは言っても、さすがに過干渉を続けると攻撃を繰り出してくることもあったが、しかしそうしなければ基本的には不干渉であった。魔素を持たない彼らは魔物にとって無価値なのである。魔物にとって魔装兵など、周囲を飛び回っているうるさい羽虫——気にさわればはたき落とす存在——その程度の認識であるのだろう。知性の低さ故に、その脅威について知るよしもないのだ。そして、そこが付け入るすきでもあった。


 しかし、今回の魔物は違う。まず初めに明確な敵意をって魔装兵を攻撃したのである。それもきょをつく不意打ちにて。


 ……コアに突貫してからが本番という魔装兵の行動原理の前提を覆す行為であった。


「映像を続けよう。襲撃を受け、すぐさま部隊長:セシリア・ガーデンホルグの指示のもと本格的に交戦が始まった」


 映像には異形の魔物に対して、大盾と大槌でもって相対する金髪の女兵士が映っていた。部隊長セシリアその人であろう。騎士隊長きしたいちょうとも揶揄やゆされる彼女は、皇都守護騎士団こうとしゅごきしだんと呼ばれる生粋のエリート部隊に所属しながらも途中でこれを辞退、そのままその足で都市防衛隊の門戸を叩いたという異色の経歴の持ち主である。その経歴に違わぬ手腕を持ち、東部地方所属都市防衛部隊の隊員の中でも屈指の実力を持つと評価されていた。


「魔物のタイプは大猿型のように見える。発達した上腕が特徴的だな」


 魔物の姿は言われた通り、確かに大猿のように見えた。とは言っても、一般的なそれとは明らかにサイズが違うし、そもそも顔らしき器官が存在しない。異様に発達した上腕の間に挟まれた胴の先端に付いているのは、顔とも言えぬこんもりと膨れ上がった肉の盛り上がりだけである。目も口も鼻も存在しない。もとより魔物というのは生物の範疇から逸脱した存在なので、型で区別しようという行為自体が無為なものであると言えた。


「しばらくは接戦の映像が続く。さすがは騎士隊長と言ったところか、上手く注意を逸らしつつも、的確に攻撃を続けている」


 ユーリは戦闘に関しては素人に毛が生えたようなものではあったが、映像であれども騎士隊長:セシリアの凄まじさは理解が出来た。

 

 通常、魔物の攻撃を受ける者——デコイは複数人と決まっている。前衛の女性兵士たちが代わる代わる攻撃を受け、避け、そして攻撃をして注意をらすのである。


 彼女たち女性兵士の攻撃は強力ではあるが、魔物にとっては致命的ではない。仕留め切れないどころか、場合によっては周囲に被害を巻き起こす引き金トリガーともなり得た。だからその本懐ほんかいは攻撃でもって魔物をたおすことではなく、出来るだけ注意をらす事にあった。そして、魔装兵たちが突貫できるすきを作り出すのだ。


 だからこそ、役割を分担した方がやりやすいのである。デコイは多いに越したことがないからだ。しかし、それを彼女セシリアは1人でこなしていた。大盾でもって攻撃を受け、大槌でもって攻撃をし、そのどれもが的確に相手をふうじていた。


 もちろん、周囲からの支援は存在する。観測兵スポッターコアの所在を探りつつも感知魔法にて相手の行動を予測し、それを迅速じんそく思念波テレパスにより部隊内に伝えていたし、射撃兵スナイパーは的確に相手の攻撃に合わせて射撃をし、足止めをしていた。控えのデコイの兵士も存在し、万が一セシリアがたおれるようなことがあっても、すぐさま交代できるような体制が整えられていた。


 その連携はもはや芸術的とも言え、映像でありながらもれするものであった。とても不意打ちを受けた直後の動きとは思えないほどに、統率とうそつが取れたものであった。我らが部隊長にも見習ってほしいものだと、ユーリは心の内で静かにそう思った。


―——しかし、この部屋の皆は知っている。この部隊の顛末てんまつを。悲劇的な結末を。


ほころびが生じたのはここからだ」


 映像に異変が生じる。そのおぞましい映像に、周囲から息をのむ声が聞こえた。


 。太ましく肥大した上腕に亀裂が走ったかと思うと、。文字通り、ほころびが生じたかのように。触手は各個がまるで意思を持つかのようにうねうねと蠢いており、その様だけでもおぞましい気配を漂わせていた。


 そして、その後は見るも無残な惨劇が繰り出されることになる。


 まずもって犠牲になったのは、またしても魔装兵まそうへいであった。むちのように変幻自在にしなる前腕の触手は、アリシアをもっててしてすべて防ぎきる事はかなわず、そのうちのいくつかが後方にて待機している魔装兵まそうへいに直撃し、一撃でもってその命を奪ったのだ。


 不意打ちの件もあり、通常よりもさらに間合いを取って待機していた彼らの存在にすら、魔物は気付いていた。そして、それを的確に攻撃……駆除したのである。


「魔物とは変異する存在だ。それは諸君らも重々承知ではあると思う。しかし、この短期間でここまで劇的に変異した事例ケースを、少なくとも私は初めて見た」


 この場に居る皆も同じ気持ちだったのだろう。状況に応じて肉体を変異させ襲い掛かってくる魔物など、聞いたこともなかった。


―——この映像に映っているコイツは……


 皆が皆、そう思っていた。


 映像はさらに続く。触手の猛攻は留まる事を知らず、アリシアは元より、周囲で支援している兵士にも及んだ。彼女達だって熟達の戦士である。ある程度の魔物の攻撃は、いなすすべを持ち合わせている。しかし、そんな彼女達ですらこの攻撃は予想の範疇はんちゅうを超えていたらしい。 


 まず射撃兵スナイパーがその毒牙どくがに掛かった。ガクンと体が揺れたかと思うと、まるで強風に巻き込まれた紙屑かみくずかのように宙に浮き、その四肢がズタズタに引き裂かれた。誰が見ても致命傷なのは明らかであった。


 そしてその嵐はその後方で腰を抜かして倒れ込んでいた魔装兵にも及び、そのまま彼をひき肉状にしてしまう。言わずもがな、これも致命傷である。


 記録水晶の画角外でも同じような光景が繰り広げられていたのだろう、四方八方から女性と男性の悲鳴が混じって聞こえた。それが記録水晶を通じて会議室へと響き渡り、たまらず兵士の内の数人が口元を押さえる。


 ユーリも思わず顔をしかめてしまう。前世でグロ映像など見慣れてはいたが、こうやって実物を生々しく見させられると堪らず来るものがあった。世界が変わろうとも、人の死というものは精神を揺さぶるものであった。


 腕が変形しただけなのにも関わらず、状況は一気に劣勢へと転じていた。まるで今まで手を抜いていたと言わんばかりに、魔物はその凶暴性を一気にあらわとしたのである。


 明らかにこの魔物は常軌じょうきいっした存在であった。その不可解な行動原理、熟達の戦士たちですら歯が立たないほどの凶暴性、そして滲み出る魔物らしからぬ知性。そのどれもが規格外であり、少なくとも一部隊では手に余る存在であることは間違いが無かった。


「しかし、ここで転機が訪れる。アリシア含む勇敢な隊員達が、決死の覚悟でもって活路を切り開いたのだ」


 観測兵スポッターは職務を全うしていた。自らの身に危険が降り掛かっていても、魔物を観測し続けたのだ。そして、それはアリシアも同じであった。


 彼女の慟哭どうこくが映像越しで響いた。その身を以てして魔物の猛攻を凌いでいた彼女は、もはや満身創痍と言ってもいいほどの様相であった。鎧は引き裂かれ肉がはみ出ており、左腕はほぼ千切れかけている。大盾はもはや持てない様相だ。その代わりに、彼女の控えたる戦士がそれを持って、魔物に突撃していた。


 二者一体の攻撃でもって、アリシアの鉄槌はついに魔物の腹部へと直撃した。観測兵スポッターが提示した場所——コアが収められているであろう場所へと。


 そして、腹部を砕かれ仰向けに倒れる魔物へ駆け寄る一つの影が存在した。今の今まで機会をうかが潜伏せんぷくしていた魔装兵の姿であった。先の猛攻にて半壊していた魔装部隊の数少ない生き残りの一人である。観測兵の的確な指示をもってして、彼もその場へといざわれたのである。


 その魔装兵の顔にユーリは見覚えがあった。


「ガフ……」


 唯一の友人と言ってもいい存在が、そこには居た。


 お調子者の彼も、さすがにこの状況では調子に乗れなかったようだ。決死の形相を顔に貼り付けている。記録水晶レコードキーパーからは丁度ちょうど死角しかくとなり、ガフの目前にあるはずコアの全容は見ることが出来ない。


 しかし確かに、それはガフの目の前にあったはずだ。そうでなければならなかった。そのためにここまで犠牲を払ったのだ。


―——しかし、何故なぜかガフは。そして、そのまま観測兵スポッターの方を見た。


 彼は驚愕きょうがくしていた。そして、困惑こんわくしていた。誰が見ても分かるように。そして、付き合いの長いユーリにはそのさらに奥深くにある感情もが見えていた。


―——恐怖が、彼の中に見えたのだ。


 その刹那——ガフの体は弾け飛んだ。触手が彼の体をぎ、その衝撃が肉体を引き裂いたのだ。


―——そして、映像はそこで暗転した。

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