第30話 谷坂涼葉と瑠琉


 我は聖なる魔王、谷坂涼葉様だ!

 ホーリーライトニングで邪悪な人間どもを浄化してやる!


 今日こそ魔法の弟子、瑠琉にホーリーライトニングを習得させて、魔族の勢力を拡大させるんだ!……って思ってたのに、瑠琉のやつが魔法に関して全く興味を失くしてしまったではないか。


 魔法を極めんとする者に怠惰なんぞ許されるはずもない。


「おい、我が弟子、瑠琉よ」


 ベッドでぼーっと天井を見つめていた弟子に声をかけるが、顔だけこっちに向けて「だから飽きたって~」と文句を垂らす。


 隣には七子という小娘が添い寝をしていて、二人揃って我に異端者を見るような視線を向けてくるではないか。


「……なんだ貴様ら」

「涼葉、うるさい」


 小娘が我を呼び捨てするどころか、嘗めた口を利く。

 でも、くりくりなお目目で見つめてくるせいで何も言い返せない。

 我は可愛い女子おなごには弱いのだ。


「七子よ」

「なに?」

「……もう少し奥に行ってはくれないか」


 なんなら我が小娘を抱いて寝てやってもよい。幼き人間の子をあやすように。


「やだ」

「じゃあ瑠琉の上に寝ればー?」


 当然のことのように言う瑠琉も、じっと動かず我を見る。


 この我が弟子の上に寝る、だと?


 そんなこと、師匠たる我にできるはずが……。

 しかし身体は正直だったようで、勝手にベッドへ上がろうと動く。


 我はこの弟子、瑠琉を慕っている。

 師弟としてではなく、つがいとして。


 鼓動していないはずの心臓が暴れる。

 そっとベッドに膝から乗り、瑠琉に覆い被さる。


 じっと顔を見下ろせば、瑠琉がにこっと笑顔をくれた。

 耐え切れなくなりふと隣を見ると、小娘がうつ伏せで布団に顔を半分埋めながら我をじっと見ているではないか。


 くそ、七子も可愛すぎる。


 しかし我は瑠琉と番いを望むがゆえ、七子への感情は消し去らなくてはならん。


 ぐっと堪え、瑠琉へ視線を戻す。

 ゆっくりと肘を曲げ、身体を瑠琉の上に乗せる。


 何度も覗き見ていたが、やはり瑠琉の胸元には柔らかいものがある。

 我の胸元にそれが触れたことで、つい腕の力を抜いて全体重を乗せながら瑠琉を抱きしめた。鼻元に瑠琉の耳があり、大きく息を吸うと何故か朝飲んだ牛乳とさっき食べていたチョコの匂いがする。


「瑠琉よ、重くないのか?」

「平気だよー。涼葉、七子と同じくらい軽いから」

「我がこの小娘と同じくらいだと?」

「誰が小娘だって?」


 顔を横に向けると小娘と目が合う。


「貴様、10歳だろう?なら小娘で間違いないではないか」

「私、七子っていうんだけど」

「知っている。我を馬鹿にしているのか貴様」

「ばーか」


 可愛らしい瞳でそんなこと言って我がうろたえるとでも?


 ……ぐふ。我の負けだ。


 七子と視線を合わせ続けられず、また顔を瑠琉の耳元へと埋める。


 出会った時から思っていたが、瑠琉はまるで生きているかのような温かさを感じる。初めて背中から抱きつかれた時、神と同じ存在かと勘違いしかけたから。

 でもそれから瑠琉と触れ合っていると、触れる手や腕、腹や胸、脚も我と同じように体温を持っていないと分かった。


 おそらく神が作った食事が原因だとは思うが。


 そっと身体を起こして、少し下に下がる。

 胸元に顔を下ろし、耳を押し当ててみた。


 鼓動は感じられないと思うが、我の動いていないはずの心臓が騒がしくて集中して確かめられない。


 試しにと、一度瑠琉から離れ七子の方へ移る。


 うつ伏せになる七子を無理やり仰向けにさせ、「狂ったか魔王!」ともがく七子に覆い被さり胸元に顔を下ろす。耳を押し当てると柔らかいものは無かったため安心して耳を澄ませられた。


 やはり鼓動は無く、身体も冷たい。


 頭をぐいっと押され、顔を上げると七子が不機嫌そうな表情で「変態魔王!」と我を侮辱してくる。


「なんだ小娘よ」

「瑠琉みたいなことしないで!涼葉、瑠琉より重い!」

「失敬な。瑠琉は軽いと言っていたぞ」

「14歳が10歳に乗っかるなー!」

「瑠琉だって13歳ではないか」

「瑠琉は12歳だよー」


 なん、だと……。


 隣を見ると、にっこりと笑う瑠琉が我を見ていた。


「貴様、早生まれか」

「そうだよー」

「では小娘は初等科4年か?」

「しょとうか……?私は小学5年生だけど」

「そうか、我は中等科2年だ」

「ちゅうとうか……?」


 七子はまだ我の世界観について行けんらしい。


「まあよい。小娘よ、我が寝かしつけてやろうではないか」

「……ふわぁ」

「先に寝るなよ……」


 大きくあくびをした七子の肩を強めに揺すってみるが、眠そうな目で私を見上げてくるから、我は仕方なく七子の上に体重を乗せながら抱きついてみた。

 すると腕の中にあった感触が消え去り、そのまま布団に顔から落ちてしまったではないか。……なんたる不覚。


 あとで、魔王にこんな屈辱を浴びせた報いを受けさせなくては……。


 一旦仰向けに変え、顔だけ隣に向けると瑠琉がどこか小馬鹿にした表情で我を見ていて、「もうお昼だからね」と呟いた。


「瑠琉よ」


 でもそんな弟子を戒める魔力なんぞ残っていない。


 じっと見つめ合いながら名前を呼ぶが、瑠琉もあくびをして目を瞑ってしまう。


 七子のように消えないと分かっているから、起こしはしない。


「寝るのか瑠琉よ」

「お腹空いたけど七子も三夕もいないから、寝るね」


 じゃあ我の相手をすればよいものを……。


 我は嫉妬しているのか?

 弟子に冷たくされて。いや、番いを望む相手にまるで眼中にないかのような発言をされ、妬ましく思っているんだ。


 眠ってしまった瑠琉は、気持ち良さそうな寝息を立て始める。


 身体を瑠琉の方に向けて、枕を瑠琉が使っているからと自分の左腕を枕にしながら、右手を瑠琉の腹の上に置く。


 もう一度だけ確認しようと、手を胸元に移動しさりげなく右側の膨らみを確かめつつ、真ん中の少し左寄りに手を置いてみるがやはり鼓動は無い。


 少しだけその手をずらし左側の膨らみに触れながら、瑠琉の寝顔を眺めた。


「……瑠琉」


 名前を呼んでも反応が無かったからと、少し身体を近付け耳元で囁いてみた。


「我と番いにならないか」


 自分で言ったのに我は恥ずかしさで耐え切れなくなり、布団に思い切り顔を埋め心の中で盛大に叫び声を響かせた。

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