地縛霊視点特別編②

第29話 大鈴沙李奈の夢


 暗くて何も見えない。

 光一つ差し込まないここは、光どころか酸素もほとんどない。


 でもダッフルコートに包まれていたら暖かいから大丈夫。


 椎菜さんと出会って1週間が過ぎたけれど、毎朝クローゼットを開けて抱きしめて来るのに今日は来なかった。

 抱き付くのも肌着の中に手を差し入れてくるのも最初は嫌だったのに、1週間も毎日飽きずにしてくるせいで、いざ来ない日があるとどこか寂しく思ってしまう。


 膝に掛けていたダッフルコートに顔を埋めてみると、椎菜さんの匂いがする。


 あの人は普通じゃない。

 幽霊にああゆうことするなんてあり得ないから。

 

 たまにクローゼットを開けて部屋を見ていると、他の幽霊さんにも抱きついたり口に付いた食べかすを指で拭って舐めていたりして、あの人は私に限らず幽霊が好きなんだと分かる。


 特に七子さんのことが好きみたいで、ベッドで一緒に寝ているところをよく見る気がする。七子さんを抱き寄せて、それに応えるように七子さんも椎菜さんの腰に手を添えているから、きっと二人は両想い。


 ……いいなぁ。


 私も毎朝抱き付いてもらってるから嫉妬まではしないけれど、ベッドで椎菜さんと添い寝できるのは羨ましい。

 きっとこのダッフルコートみたいに良い匂いで、温かいんだろうな。


 ふと部屋の騒がしさに気付き、そっとクローゼットを開ける。

 自分のいる左側の扉だけを少しだけ開けて覗くと、食卓テーブルとソファが見える。


 テーブルには誰もおらず、ソファには三夕さんが座っていた。

 ベッド側を見ていた三夕さんは私に気付いて、柔らかい笑みをくれる。


 私もぎこちない笑みで返し、三夕さんが見ていた視線の先を確かめるために反対側の扉も開けた。するとベッドの前の床に瑠琉さんが寝転がっていて、上に覆い被さる涼葉さんと杖の奪い合いをしていた。


「これ貸して!」

「貴様、我の心臓を奪うつもりか!」

「良いから貸してよー!」

「魔王に歯向かう気かこの恩知らずが!」

「瑠琉も魔法使いになりたいー!」

「貴様には無理だー!」


 ……意味がわからない。

 涼葉さんは私や瑠琉さんよりひとつ年上なのに、どうしてあんな子供っぽいことしてるんだろう。魔王とか杖とか意味不明だし、前触れもなくたまに出す光のやつがクローゼットの中まで差し込んでくるくらい眩しいし迷惑。


 騒ぐ二人の声に混ざって三夕さんの声が聞こえる気がして、閉めかけた扉を開けてソファの方に目を向けると、私の方を見ていた三夕さんがにこりと笑う。

 そして膝を覆っていたダッフルコートがふわっと浮き、クローゼットから出て行ってしまった。慌ててそれを掴むとそのまま引っ張られ、足の裏に柔らかい起毛の感触が触れる。


 私って、クローゼットから出られたんだ。


 でも今掴んでいるダッフルコートを手放したらクローゼットに戻ってしまう気がして、掴んだままそれが向かう先まで歩みを進める。


 行き着いた先はソファで、ダッフルコートを手に取る三夕さんに引っ張られるようにソファへ腰かけた。お腹に三夕さんの腕が回されたことで、自分の座った場所が三夕さんの脚の間だと分かる。


 ダッフルコートはどこだろうと探していると隣のソファの上に置かれていて、すかさず取って膝を覆った。


「沙李奈、寒くないの?」

「……さ、さむくない」

「でも寒そう」


 ぎゅーっと強くお腹から抱きしめられる。

 自然と三夕さんの方にもたれかかってしまうが、三夕さんは気にせず私を抱きしめ続けた。きっと温めてくれてるんだろうとは思う。でもお互いに幽霊というのもあって全然暖かくない。まあ寒くも無いけれど。


 何も話そうとしない三夕さんと会話が無いまま、私は真っ黒のテレビ画面に映る私と三夕さんをぼーっと見る。

 幽霊なのに映るんだ。なんてことはどうでも良くて、私を抱きしめている三夕さんがどこか幸せそうな表情でいるのが分かった。


 私はテレビ画面に映る三夕さんを見ながら話しかけてみた。


「み、三夕さん」

「ん?」

「どうして私をここに来させたの?」

「暇そうにしてたから」


 その理由にしては、ずいぶんと幸せそうに微笑んでいるのが気になるけれど、ひとまず「そっか」と返して、力んでいた身体の力を抜いて背中を三夕さんに預ける。

 ふわっと背中に感じた柔らかい感触に、動いていないはずの心臓が反応する。


 三夕さんはどこか甘くフルーティーな香りがするし、こうして密着していると本当に安心するから、ずっとこのままでいたいくらい。


 私、三夕さんのこと好きかも。

 瑠琉さんとか涼葉さんは苦手だけど、三夕さんは落ち着いていて優しく私を包み込んでくれるから。


 ベッドの前でじゃれ合っていた二人が急に立ち上がり、お互いに飽きたのか涼葉さんは杖を持ってカーテンに吸い込まれて行く。その背中を見送った瑠琉さんは、ベッドで漫画を読む七子さんにちょっかいをかけようとして怒られていたので、仕方なくソファまでやってきた。


 ちょこんと隣に座り、不思議そうに私と三夕さんを見比べる。


「沙李奈ってクローゼットから出られたんだ」

「……ダッフルコートと一緒に」

「七子の枕みたいなもの?」

「たぶん……」


 瑠琉さんと涼葉さんはどうして自由に動けるのだろうと考えてみたら、涼葉さんのジャージのポケットからカーテンをまとめる紐がはみ出していたことに気付いた。

 なら分かるけれど、瑠琉さんは?


 じっと瑠琉さんと目を合わせてみるが、よく分からない。


 にこっと笑顔をくれた瑠琉さんは、暇そうに私と三夕さんの膝を枕にして仰向けに寝転がった。足をひざ掛けに乗せ、私のお腹にある三夕さんの手をつんつんとつつく。


 瑠琉さんは性格は苦手だけどじっとしてると可愛いんだよなぁ。そう思いながら眺めていると、瑠琉さんの瞼がゆっくりと閉じて行き、そのまま寝落ちしてしまった。


 同い年のはずなのにほんと幼い子供のように可愛い。

 無意識に手が動き、瑠琉さんのお腹を摩ってみる。


 いつもあんなに食べているのに、ぺったんこで柔らかい。

 ブラウスの上からおへそあたりを撫で、ふと気になった場所へ手を移動する。さりげなく移動した先には、全く成長せずに終わった私のそれよりも僅かながら弾力のある膨らみがあった。


 触っても何も反応しないため、左側のそれを軽く手で覆ってみると、急に眠気が襲う。


 目を閉じると、自宅のクローゼットの底面に腰掛けていた。目の前には両親と兄がいて、椎菜さんと瑠琉さんが家族と楽しそうに話しをしている。

 すぐ近くにいる私は夢の中でも幽霊なのか、誰一人として私を見てくれない。


 椎菜さんくらい、気付いてほしかったなぁ。

 そう思う私にとっては悪夢のはずなのに、どこか暖かさを感じられた気がした。

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