第26話


「おい、多摩川椎菜」

「なーに?」

「放せ。我は聖なる魔王、谷坂涼葉様だぞ」

「そうだね~」


 この子の世界観では、やはり魔王が主人公らしい。

 聖なる魔王って響きもなんだか面白いし、口だけ粗暴でもこうして抱きしめていると大人しいから、やっとこの子を受け入れられる気がしてくる。


「涼葉ちゃんは何歳?」

「魔王に年齢を訊くのは失礼だろう!」


 この子の世界の魔族は女性が政権を握っているのかな。魔王のこの子が女の子なんだから当然といえば当然だけれど。


 年齢を教えてくれないなら、私が触れてきた4人の幽霊ちゃんたちで比べて考えてみよう。そう思い立って、背中にある手をゆっくりと動かす。

 抱きしめていると胸の感触も微かに感じられていたから、背中には思った通り下着の感触があるのが分かる。

 ホックが無いからスポーツブラで間違いない。

 そこから背骨がある辺りを摩りながら手を腰まで下ろし、横腹にも触れながら引き締まったウエストを確かめる。


 沙李奈ちゃんよりは脂肪があって、瑠琉ちゃんよりは筋肉があるようで柔らかくもしっかりした感触。


 この子は、おそらく14歳くらい。

 中二病というのもあるけれど、きっと当たっている気がする。


 じっくり触り続けていても声一つ出さなくなった涼葉ちゃんに、私はどんどんと理性が崩れていくのが分かり、Tシャツの裾に触れ軽く掴む。


 このままTシャツの中に手を差し入れたらどうなるのだろう。

 みぞおちあたりに感じる柔らかい感触にも触れてみたい。


 でも、みんなが見ている中ではさすがにできない。


 なんとか理性を取り戻しそっと身体を離すと、幽霊なのに血が通ったように顔を赤くする涼葉ちゃんが目に映る。


「た、多摩川椎菜……、貴様、この魔王とそうゆう関係を望むのか」


 小さく言ったその言葉に、いつも否定する私は何故か「うん」と認めてしまう。

 瑠琉ちゃんは退屈そうに杖をツンツンとつついているが、後ろからは「え」という引いたような二人の声が重なって聞こえた。


「良いだろう、我が貴様と婚姻を結ぼうではないか!」

「いや、いいです。ごめんなさい」

「なんだと!貴様、この我を弄んだのか!」


 きっとここに私と涼葉ちゃんだけなら、そのまま婚姻を認めていたかもしれない。けれど、七子ちゃんの引く声が聞こえてしまったから、余計な感情は既に消えていた。


 ついでに私は大人としての感情も戻ったようで、一度軽く深呼吸をしてから落ち着いて会話を再開した。


「涼葉ちゃん、お願いだからその中二病みたいなの止めてもらえる?」

「……かっこいいのに」


 急にしゅんとして俯く姿は、紛れも無く中学生のような幼さを感じさせる。


「涼葉ちゃんは何歳?」

「14」

「中学2年生?」


 俯いたまま頷き、上目遣いで私を見上げてきた。


「多摩川椎菜は何歳?」

「え?私?」

「うん。貴様」

「23歳だよ~」

「そっか、おばさんか」

「誰がおばさんだ」


 まあこの子からすればそうかもしれない。


「いつ、どうして亡くなったのか訊いても良い?」

「今、何年?」

「2027年の5月」

「……え?」

「どうしたの?」


 驚いたように顔を上げ、呆然と私の顔を見てから答えてくれた。


「我が死んだの、3月15日だから。兄上の大学院卒業祝いで家族みんなで食卓を囲んでいる最中、我はひとりカーテンに包まれてたから」


 ……3月15日!?

 つまり、私が大学を卒業した日に亡くなったということか。

 しかも涼葉ちゃんの兄は私より上。おばさんって言ったことは撤回してもらわなくては。だからあとでお仕置きとしてぎゅーってしまくる。


 いや、それよりも。


「なんでカーテンに包まれてたの?」

「兄上に作ってもらった魔王の杖を持ってカーテンに包まれてたら、魔法が使えるようになるって思って」

「亡くなった理由は?」

「カーテンがレールから外れかけてるのに気付かなくて、床に付いたカーテンで滑って、窓際に置いてあった植木鉢で頭を打った。……あれは不覚だった」

「それで幽霊になったら魔法が使えるようになってたんだね」

「我は転生して魔王になった!どうだ、恐ろしいか!」

「そうだね~、聖なる魔王ちゃんは恐いね~。でも恐くて可愛いよ」


 ちゃんと見ると、本当にこの子は可愛い。

 よく見ると肩下まで伸びた髪がよく手入れされていて綺麗で、薄っすらとブラウンのインナーカラーが窺える。

 白い無地のTシャツも皺ひとつ無く、赤いジャージのズボンの右上には”谷坂”と名字の刺繍がされていて中学校の指定ジャージだと分かる。


 でもこの中二病幽霊ちゃんには大きな欠点がふたつある。

 まず、中二病を拗らせていること、あとは光魔法が厄介であること。


 涼葉ちゃんは気付くと瑠琉ちゃんに奪われそうになっていた杖を強引に引き戻し、私に向けてきた。


「貴様!魔王の御前で頭が高いのではないか!跪け!」


 この子には、瑠琉ちゃんよりも厳しくいかないと駄目だ。

 ちょっとやそっとじゃ手に負えない。


「涼葉ちゃん」


 低めの声で名前を呼び、真顔で接近する。

 さすがの涼葉ちゃんも自分より10センチも高い私に迫られ見下ろされれば反抗できないのか、杖を下ろして1歩下がり、説教を恐れて身構える子どものように目を見開いて私と目を合わせる。


 ほぼゼロ距離まで接近したところでふと逃げそうだと察し、横にいた瑠琉ちゃんに、「涼葉ちゃん押さえて」と言ってみると、咄嗟に反応した瑠琉ちゃんは涼葉ちゃんの後ろに回りお腹から抱きしめた。


「はい椎菜、やったれー」

「ありがとう瑠琉ちゃん。……ねえ、涼葉ちゃん」

「なんだ貴様ら、我に勝てると思っているのか!」


 お腹から抑えられているからか、腕の自由が利いて持っていた杖を振り回す。

 魔法を使う様子はなく、杖を持つ手を捕まえてもう片方の手も握り身動きを封じる。怯えたように私を見上げる涼葉ちゃんにゆっくり近付き、「私、神だからね」と世界観を合わせたように言ってみた。


「え。貴様、神なのか!?」

「家の神」

「い、家の神だと!?」


 自分でも何を言っているか分からない。

 でもこの中二病幽霊ちゃんは無事に理解してくれたらしい。


 瑠琉ちゃんに抱かれたまま膝から崩れ落ち、杖を横に置いて正座する。前で両手を揃えて、私の指示を守り続ける瑠琉ちゃんが繋がったまま深く頭を下げた。


「神よ、どうか我の無礼をお許しください!」

「だって椎菜~」


 ここは神として懺悔に対して罪を許す、そのようなことを言ってあげたいけれど、頭を下げる涼葉ちゃんの背中に瑠琉ちゃんが乗っかっていて、にこっと褒めてほしそうに私を見てくるから、その光景が面白すぎて言葉より先に笑いが出る。


 ぶふっと吹き出した私は、笑いを堪えるようにお腹を押さえてゆっくり息を吸うが、瑠琉ちゃんの表情を見るとどうしても耐え切れず、声に出して思い切り笑ってしまった。

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