トップ探索者である妹がウザいので、自宅警備員しながら、自室の初心者ダンジョンで最強に至る

五十語

第1話 スライムにすら負けるのに

( *-* ) -スライム // 感想 つよい


 ーー俺はヤツと目を合わせる。


 それに目があるのかどうかはわからないが、あくまで気分的なもの。



 ここは『はとでっぽうダンジョン』第一階層。

 石を粗く削って掘り出したかのような洞窟の中、ヤツらは、岩陰に潜んでいる。



 あの、悪魔のような、ぷるぷるした粘性のあるまっるこい魔物に、俺はこれまで何度も土を舐めてさせられてきた。

 いったいどれだけ敗北し、どれだけ絶望してきたことだろう。


 窒息死しかけ、救急車で病院に運ばれ、妹に治療費を建て替えてもらうしかなかったあの時の、異常なほどの敗北感!


 踏んづけて転び、石に頭をぶつけてポーション(十万円)を飲むことを余儀なくされた、あの瞬間の絶望感!


 俺は今日こそ!


 初心者を超えるッ!


「うおおおおッ!」


 思い切り振り上げたシャベルを、ヤツのドタマにぶち当てたッ!

 シャベルの切先が跳ね返る!


 くっ、やはりコイツはッ、硬いぞ!



 あまりの反動に、俺は後ろにのけぞってしまっていた。



 隙を見せた瞬間、ヤツが襲いかかってくる。



 ぷるんっという、世にもおぞましき音と共に、みぞおちに向かって突進してきたのだ。



 ぽすん、という音がした。



 ーーああ、ぶつかられたんだ。



 そう認識した瞬間には、俺は勢いよく後ろに吹っ飛んでいた。

 そして、岩壁に勢いよく叩きつけられる。



 視界の隅、どう見ても小学生にしか見えない妹のパーティメンバーが、あまりにあっけなくスライムを潰してしまうのを見て……。




 ーー俺は意識を失った。





( *-* ) -スライム // 感想 つよい 



 俺が高校生になったその日、世界の片隅で、初めてダンジョンが観測された。


 国による調査が進んでいくうちに、それは、ファンタジーなどで語られる『ダンジョン』とほぼ同じ性質のものであることが確認される。それと同時に、ダンジョン内にあるとされる魔力への順応性ーーMPFという指数も発表された。



 だが、それはほとんどの人々にとっては関係のないことだった。




 ーー新しいダンジョンが日本に出現したことが確認された、あの日までは。


 現在までにダンジョンについてわかっているのは、四つだけ。


 ダンジョンは、魔力という非常にクリーンなエネルギーを、人類に継続的に提供してくれる存在であること。


 ダンジョン内に存在する魔力が、人類を強化すること。


 その強化値には、個人差があること。


 そして、ダンジョンの発生と地震の間に、なんらかの因果関係があること。




 それだけだ。



 当初は、突然現れたダンジョンという非日常に、戸惑う声もあった。


 だが、人は慣れる生き物だ。


 自衛隊によって閉鎖されていたダンジョンも、法整備が進むに連れて、その規制が緩んでいった。


 やがて、ダンジョン法が制定されてから、世界は大きく変わってしまった。


 国によって認められた、ダンジョン探索者という存在。

 そして、ダンジョンの中から魔力を現実世界に持ち帰る、冒険者という存在。


 きちんとしたシステム、冒険者の管理体制と、世界中で新しく導入され、安全性が示された魔力というエネルギー。


 魔力の保存媒体である魔石は国によって買い取られ、そして、モンスターのドロップするアイテムも、高値で取引されるようになった。


 ーー今やダンジョンは、人類にとって、夢の塊のような存在になっていた。


 『ダンジョン探索者』という職業が、憧れの職業第一位に上り詰めるほどで。



 だから俺はーー。




「ーーお兄ちゃん、起きて」


 まるで鈴音のような、耳に心地いいその声で、目を覚ました。


 明るさに目を慣らし、もう一度瞬きをする。


 ーー見慣れた天井。


 焦点を合わせた視界の先に、あまりにも見慣れた病院の天井がある。



 ああ、どうやらまた、負けてしまったらしい。


 これで何度目の敗北だろう。

 ヤツすら倒せないで、俺は冒険者を名乗っても良いのだろうか。


 お腹の辺りに引き攣りを感じながら、なんとか起き上がった。


「おにいちゃん?」


 俺を呼ぶ声がした。

 恐る恐る声がした方を見てみると、呆れ顔をした妹が、そこにいた。


「…おはよう、双葉」


 声をかける。

 すると、双葉の表情が少し変わった。


 また治療費を肩代わりしてもらうから、怒ってるんだろうか。


 と、思ったが、ニコニコしだした。

 やけに嬉しそうな顔で、ニコニコしていた。


 ………。


 ………………。



 無言の時間がいくらか続き、そして双葉が口を開く。


「良い加減スライムくらい倒してよ。ねぇ、おにいちゃん」


 うぐっ。


「流石に、スライムの突進を受けて病院送りになる人なんていないよ」


 うぶっ。


「本当にニートだよ?穀潰しだよ?お兄ちゃん」


 うぐふっ。

 だ、だけどっ!


 確かに、親の脛も妹の脛も齧り尽くしているけれども!

 骨の髄まで吸い尽くして生活してるけど!


 基本家から出るのは日曜だけだし、大学行ってないし、就職なんて夢のまた夢だけどっ!


 ニートではないっ!


 断じて、ニートではないッ!


 俺は、冒険者だッ!


 小さく、口の中だけで呟いたそれも、双葉には聞こえてしまったらしい。


「……お兄ちゃん、MPF1で冒険者を語るなんて烏滸がましいよ」


 MPFとは、ダンジョン内在魔力への順応力を示す数値で、プロとして認可される冒険者の平均は100。


 それが国認可の探索者、それも、トップ探索者となるとーー


「ーー私は20953だよ?20000倍以上差がついてるんだよ?」


 ……ぐ、ぐうの音も出ない。


「あきらめなよ、おにいちゃん」


 で、でも……。

 冒険者は、俺の夢で……。


「まあ、生活費とか、必要最低限のお金は出してあげるから」


 財布の中身は空っぽだ。

 将来就職できる目処なんてどこにも無い。

 それを、双葉も理解しているのだろう。


「……病院費は、次からは払わないよ」



 死亡宣告。


 果たして俺が、病院に行かずに冒険者を続けることができるだろうか。


 いや、できまい。

 絶対にできない。

 間違いない。


 スライムにすら負けるのにーー病院に行かないでダンジョン攻略など、おこがましいというものだ。


 うう。


 俺は、妹が病室から出ていってしまうのを、黙って見ていることしかできなかった。



ーーー



 という導入部分。


 調子が良かったら、一週間に一回投稿します。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る