にがむし

田中U5

にがむし

 ぜったいまねをしないでほしいんだけどさ、ぼくはよく虫を食べている。

 家がまずしいとか、食べるものがないとか、そんなんじゃない。小さい子がなんでも口に入れちゃうことってあるだろう? ぼくは、それが虫だったってだけの話。

 だから、好きもきらいもない。虫だったらなんでも食べる。目にした虫を、ぱっとつかまえて口に放りこむ。それがぼくのスタイル。

 テレビやゲームをしながらお菓子をほおばるような、そんな感じ。

 もちろん、味はぜんぶちがう。おいしい虫もいるし、見た目のままのまずい虫もいる。飛んでる虫も、土の中にいる虫も、なんでも食べたな。

 そいつらが、ふだんどんな場所にすんでるかで、味やにおいがちがって、おもしろかった。

 あ、食べるときの注意だけど、羽とか足はできれば外したほうがいいよ。歯の間にはさまると、なかなかとれないからね。

 おっと、今のはわすれてくれ。けしてまねはしないように。

 ここからが、お話。

 その日は病院にいた。ぼくは元気そのものだったけど、お父さんがね。もう長くないって言われていた。

 お父さんはふつうのベッドじゃなくて特別な部屋に寝ていた。もう、ずっと眠ったままだった。

 お母さんはお医者さんと外で話をしていた。ぼくはベッドの横で、じっとお父さんの顔を見つめていた。

 肌は、かわいた土みたいになっていた。鼻にはチューブがさしこまれていて、もう虫の息だってのはぼくにもわかった。

 するとお父さんのくちびるを持ち上げて、うす緑の羽をふるわせながら、見たこともないきれいな虫が出てきた。

 ぼくはびっくりしたけど、もうその時には虫を手につかんでいた。で、そいつを、口に放りこもうとしたら、虫がしゃべった。

「ぼっちゃん、どうか食べないでください。あっしは虫のしらせってやつでして、これからじごくのエンマ様までごホウコクに行かないとならないのです」

 それまでいろんな虫を食べてきたけど、しゃべる虫ってのは、さすがにはじめてだ。

 せっかくだから、ぼくは話を聞いてやった。

 どうやら虫はいままでお父さんの体の中にずっといたらしい。そうして、お父さんが悪いことをしたら、それをこっそり、エンマ様って人に教えるのだそうだ。

 その悪さがどのぐらいかによって、お父さんがじごくに落ちるかゴクラクに行くか決まるらしい。そんな虫がみんなの体の中にもいるんだってさ。

「ですからね、ぼっちゃん。アタシを助けてくれたら、エンマ様にもよろしく言っておきますよ。きっとお父さんはゴクラク行きでしょう。どうか助けてくださいな」

 虫のしらせは、足をすりあわせてお願いする。

 ぼくは、虫のいい話だなあって思ったけれど、しかたないってあきらめた。お父さんにはゴクラクに行ってほしいからね。

 でも、体のほうが言うことを聞かなかった。

 気づいた時には、その虫を口の中に放りこんでしまっていた。あっ、と声がしたようにも思うけれど、もうおそい。

 口に入れたら、もう止めようがない。あきらめるのはあきらめて、ぼくは虫をかみくだいた。

 虫歯があるいちばんおくの歯をさけて、ガリ、ポリってね。

 どんな味がしたかって?

 にがかったな。


 おわり

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にがむし 田中U5 @U5-tanaka

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