異世界英雄のやり直し。日本に転生したので今度こそ職人として生きます。〜学生レベルの装備を実用レベルに調整したら国家機密級の価値がついた件〜
逢坂こひる
第1話 英雄、転生する
轟音と熱波が去り、あたりを支配したのは重苦しい静寂だった。
「……まさか、これほど手こずらされるとはな」
大地に身体を預けたノア・ウォーカーは、無数の魔剣が突き刺さり、物言わぬ肉塊と化した邪竜を横目で見ると、力なく自嘲した。
「この傷じゃ……俺ももう駄目だな」
見事邪竜を打ち倒したノアだが、その身もまた無傷ではなかった。
文字通りの致命傷。全盛期の彼ならば、これほどの不覚は取らなかっただろう。
英雄と讃えられ、
世界各地で鬼神の如く活躍し、人々を窮地から救い、英雄としての道を歩んできた。だがそれは、彼の本質ではない。
彼が本当に望んだのは物作りだ。人々の生活向上に貢献したいなどという高尚な思想があったわけでもない。
ただ単に物作りが好きで、誰も思いつかないような魔道具を生み出したかった。それが彼の本懐だった。
戦いに身を投じた理由も、魔物に自分の工房を潰されたくないという、極めて個人的な動機からだった。しかし、世間は彼の才能を戦場へと縛り付け、彼はその期待に応え続けてしまった。
英雄として羨望の眼差しを浴び続けた八十年。客観的に見れば最高の人生だっただろう。
だがそれは、ノアからすれば望まぬ道を歩み続けた英雄という名の奴隷としての生涯だった。
ノアの視界が急速に色を失っていく。
「ふん……結局、またこいつに頼ることになるのか」
薄れゆく意識の淵で、ノアはインベントリから一振りの刀を取り出した。不気味なほどの
理外の刀は、
しかし、ノアはこの理外の刀をあまり気に入っていなかった。錬成の事故によって偶発的に生み出された失敗作だと言って憚らない。その失敗作が自身の最高傑作であることを、職人としてノアは認めたくなかったのだ。
だが、今はそんなノスタルジーに浸っている場合ではないことも分かっている。
「お前に運命を託す……」
最期の力を振り絞り、身体を起こす。ノアは理を断ち切れる『理外の刀』なら、己の死の運命すら、断ち切れるのではないかと考えたのだ。
「……しかし……どうやって?」
誰も応えてはくれない。こうしている間にも意識は薄れていく。
「……死の理を断ち切るには……理外で死を与え……その
それが意味することは、理外の刀での自刃だった。
「……」
自刃することは躊躇われた。彼の推論通りでなかったら、思惑が外れたら、待っているのはただの死だ。だが、このまま手をこまねいても結果は同じだ。
「……くそっ!」
ノアは勢いに任せて、自身の腹に刃を突き立てた。
その瞬間、ノアの体は眩い光に包まれた。
だが、彼の視界はそのまま深い闇へと暗転していった。
——そして。
「……なんだ……ここは」
唐突な覚醒だった。
肺が無理やり空気を求めて跳ね、ノアは大きく目を見開いた。
そこは邪竜の返り血に汚れた荒野ではない。清潔な、しかし嗅ぎ慣れない薬品の臭いが漂う白い部屋。
仰向けに寝かされたノアの身体には、いくつもの奇妙な細い管や、点滅する光を放つ装置が繋がれていた。
「鑑定」
脳内に流れ込んできた情報は、見たこともない文字列だった。
『医療機器:生体情報モニタ』
「イリョウキキ……なんだそれは」
身体を起こそうとすると、全身を裂くような激痛が走った。「ヒール」と呟き、無意識に掌を胸に当てる。淡い光が身体を包むと、外傷の痛みは霧散した。だが、芯に残る酷い倦怠感までは拭い去れなかった。
ノアは困惑しながらも取り付けられていた器具を外し、扉へと向かう。その途中の洗面台をふと目を向け、鏡に映る自分を見た瞬間、彼は言葉を失った。
金髪碧眼の老人は消え、そこには夜を溶かしたような黒髪と黒い瞳を持つ、十代の少年が立っていたからだ。
それと同時に、濁流のような記憶が、彼の頭の中に流れ込んできた。
少年の名は、
日本人。
国立OS学園エクスプローラー養成科に通う学生——。
「神木さん! 大丈夫ですか!?」
突然、扉が勢いよく開き、看護師が血相を変えて駆け込んできた。
「ああ、大丈夫だ」
「あなた……何をしているんですか!」
慌てて
「いや、もう治ったから帰ろうと思ってな」
「はあっ!? 治ってるわけないでしょう! 帰れるわけないでしょう! 重症だったんですよ! 生死を彷徨っていたんですよ!」
「……いや、しかし」
猛烈な説教を食らった。
ノア・ウォーカーとしての常識と、神木乃空の記憶。
矛盾する思考に折り合いを付けつつ、乃空は看護師の意見に従い渋々ベッドに戻った。
時間とともに、神木乃空の記憶が鮮明になる。
ここは2085年の日本。
ノア・ウォーカーがいた元の世界、ヨークとは異なる異世界だ。
本来、この地球には魔物もマナも存在していなかったという。
しかし2045年、突如として出現したゲートが、地球の常識を一変させた。
溢れ出すマナによってゲート近郊は既存のテクノロジーが沈黙し、そればかりか時折ゲートを越えて這い出してくる魔物たちが、人々の平穏を突発的な殺戮で脅かすようになったのだ。
人類は現れる魔物をその都度撃退することには成功しているものの、その後のゲート調査は困難を極めた。
2050年頃には、電気の代わりにマナを動力源とする『魔装具』が実戦投入されたが、それだけでは戦況を覆すほどの起爆剤にはならなかった。
大きな転機が訪れたのは、2065年頃のことだ。
人類の中に、マナを持つ異能者が現れはじめたのである。
人々は彼らを『エクスプローラー』——探索者と呼んだ。
そして魔装具とも親和性が高い彼らの登場により、停滞していたゲート探索は一気に加速することとなる。
ゲートの内部には多種多様なフィールドが広がっており、どの領域にも凶悪な魔物が徘徊していた。
それほどの危険を冒してまで人類がゲートへ挑む理由は、主に三つあった。
一つ目は、ゲートからの魔物襲来を未然に防ぐこと。
二つ目は、ゲートが出現した原因を究明すること。
そして三つ目は——資源の確保だ。
皮肉なことに、人類を脅かすゲートの内部は、地球の技術転換を支える未知なる資源の宝庫だったのである。
神木乃空が入院する羽目になったのは、実地訓練で魔物に不覚を取ったからだ。
実力不足で荷物持ち扱いされていた彼は、その大きな荷物を盾にしなければ、腹に風穴を開けて即死していただろう。
記憶通りの負傷だとすれば、看護師が激昂するのも頷ける。
神木乃空の記憶は——辛いものが多かった。
ゲートから魔物が溢れ出すゲートブレイクで両親を亡くし、叔母家族に引き取られたこと。
迷惑をかけたくない一心で学費無料の養成科に進んだものの、才能に恵まれず不遇の日々を送っていたこと。
そんな記憶の中にも、ノア・ウォーカーの心を刺激するものが一つあった。
それは元の世界、ヨークよりも発展した文明だ。
ヨークでは想像もしなかったような便利グッズでこの世界は溢れているのだ。
流石にこれらの便利グッズと比肩するものを一から生み出すのは、今の乃空の知識と技術では難しいだろう。
しかし、錬金術や付与魔法を使いこれらをオマージュした魔装具や魔道具を生み出すとなれば話は別だ。
むしろノア・ウォーカーの得意分野だ。
神木乃空の知識と、ノア・ウォーカーの経験。
科学と魔法の融合。
乃空の心は、少年の頃のように踊った。
はやる気持ちを抑えきれず、やはり帰りたいとナースコールで伝えるも、またこっぴどく叱られて諦めた。
乃空は思考を切り替え、「鑑定」をかけて自身の状態を確認することにした。
レベル:1
HP:11 / 11
MP:69 / 69
力:1
知力:50
素速さ:2
器用:30
耐久:1
精神:31
スキル:クリエイト、転移、魔剣召喚、錬金術、回復、付与、サーチ、鑑定。
「クリエイト、転移……これは神木乃空のスキルなのか」
神木乃空の記憶にはスキルのことはなかったが、この二つが神木乃空本来のスキルで、他のスキルはノア・ウォーカーのスキルだろう。
レベルは引き継がれていないが、二桁のステータスは恐らくノア・ウォーカーの影響を受けてのものだろう。レベル1の各ステータスの平均は3から5だからだ。
次に「インベントリ」を確認すると、中身はノア・ウォーカーの持ち物がそのまま詰まっていた。もちろん理外の刀もだ。能力値の低下は残念だが、これらを引き継げたのは
神木乃空の記憶によると地球人はインベントリを使えないようだ。
乃空は二つのスキルの検証も考えたが、神木乃空が所有していた情報端末が無性に気になり、それを弄っているうちに一日が終わっていた。
——翌日、二人の女性が見舞いに来た。
一人は担任の
「神木くん、私のせいで、本当にごめんなさいっ……」
大粒の涙を流す少女を見て、魂年齢が八十歳である、乃空の胸が痛んだ。
「大丈夫だ。もうなんともない。この通りピンピンしている」
柄にもなくベッドから降り、健在ぶりを示すために軽く体を動かしてみせる。若い娘の涙は毒気が強すぎるのだ。
「おい神木、無理すんなって!」
凄惨な現場を知っている大久保が、慌てて止めに入る。
「無理などしていない。治ったと言っているだろう」
「治るわけないだろ! 治癒魔法でもどうしようもないほどの深手だったんだぞ」
その傷なら、とっくに乃空のヒールで治っていた。
乃空が小首を傾げると、大久保は訝しげに彼を凝視した。
「神木、お前……キャラ変わった?」
「さあ、どうなんだろうな。俺には分からん」
「少なくとも教師にそんな不遜な態度をとるようなやつじゃなかっただろ」
「そんなつもりはないのだがな」
「その喋り方もだよ。普通は『そんなつもりはありません』とかじゃないのか?」
「面倒だな……言葉なんて伝わればそれでいいだろ。そんなことより俺は大丈夫だ。だから才木、お前も気にする必要はない」
二人は顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべていた。
見舞いが終わったあとの帰り道、二人の会話の主役はやはり神木乃空だった。
「なあ、才木。あいつ頭でも打ったのか?」
「あの状況だったので、あり得なくはないと思います」
「そうか……性格が変わってるのもあれだけど、あいつの身体どうなってんだ? 本当にピンピンしてたぞ」
「ですよね」
「一日二日で治る怪我じゃなかったぞ? それこそ生きてるのが不思議なぐらいの」
「はい……」
才木の表情が陰り、重い空気が流れる。
「いや、お前を責めてるんじゃないからな!」
焦る大久保。彼女はよく言えば竹を割ったような性格だが、いささかデリカシーが足りない。
「まあ、とにかく……元気そうでよかったな」
「そうですね」
その後、いくら話題を変えても空気は重いままであった。
一方、二人が帰った後の乃空は、再び情報端末に夢中になっていた。
結局その後の数日間も検査と端末弄りで終わり、退院の日を迎える頃には、彼はすっかり現代テクノロジーの虜になっていた。
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