想像力と覚醒

残るは四人

 オルダーの襲来日でもないのに、俺たちはレーヴのコックピットに集まっていた。

 皆が無言のまま、俺のスマホに神崎さんからの連絡が来るのを待っている。

「……浜田、やっぱり死んだのかな」康弘がポツリと呟く。

 もしも浜田が普通の子供なら、ここまで不安に思ったりしない。でも浜田は戦いの末、一般人を守りきれなかった町の敵だ。正当な治療をしてもらえるかさえわからない。それがずっと怖かった。 

 俯く俺の姿を、卯乃がじっと見つめている。

 あの夜、彼女は俺に言った。自分は運命を知っていると。

「……君の知る運命に、この事件は存在していなかったの?」

 ため息混じりに訊ねると、彼女は小さく首を横に振った。

「運命の大筋は変えられない。それが私の人生の結論」

 質問の答えになっているのだろうか、これ。

 幸い、康弘と小林はあまりの恐怖に俺たちの会話を聞いていないようだった。

 卯乃は感情を押し殺したような無表情で、言葉を吐き捨てた。

「私だって助けられるものなら助けていたわよ。浜田君のことも、柴田さんも丸山君も……みんな、みーんな」

 言葉の隅々に、今までにない勢いや苦しみが混じっている。表情の無機質さとは正反対だ。

「でも、どう足掻いたって変わってくれない。オルダーとの戦いで勝利した時に安心したのがダメだったの? 通り魔に刺殺されるなんて、どうカバーすればよかったのよ」

 卯乃は操縦席で三角座りをし、その膝に顔を埋めた。 

「君の知る運命では、このあとどうなってるの?」

「やっぱり人が死ぬ」

「皆?」

「わからない」

 卯乃は少し顔を上げ、強い目付きで言った。

「でも唯一、私の知る運命と変化している事がある……あなたよ」

 俺がその意図を訊ねようとした時。

 手に持つスマートフォンが震え、着信画面が着いた。神崎さんからだ。

「きた!」

 メンバーの全員が俺に近寄り、画面を見つめる。俺はスピーカーをオンにして、彼の言葉を待った。 

『浜田黄壱の手術が終わった』

「神崎さん、浜田はどうなりました!?」俺は思わず叫んだ。

 電話の向こうの彼が深く呼吸をする。それだけで、次に何を言われるのか理解出来た。

『彼は……』

 長い長い沈黙。言い淀む理由なんて、一つしかない。

『残念なことに……先程、死亡が確認された』

 低く重たい声がそう告げる。信じたくなかったけれど、わかっていた結果だった。

 俺たちの安全地帯は、もはやレーヴの中にしかなかった。オルダーから命を狙われ、町の人たちにも命を狙われる。この狭い田舎なら尚更だった。

『君たち今日は――いや、全てが収まるまでは、家に帰らない方がいい』

 この町は噂が広まるのが早い。もうとっくに、家族にも伝わっているのかもしれない。

 ――俺にはもう、それに対して驚く人も、失望する人もいないけど。

 スマートフォンを握る手に力が篭もる。

『本部に来なさい。匿おう』

 皆が顔を見合わせた。きっと俺たちの中にあるのは、同じ不安だ。

「わかりました。そうさせてもらいます」

 卯乃がそう答え、電話を切った。

 康弘の不安そうな瞳が俺を見る。 

「実里、マジで行くのか?」

「どういうこと」 

「本部ってのは、本当に安全なのかよ。なにせ俺と小林は、その神崎さんって人に会ったこともないし」

 康弘が助けを求めるように小林を見る。けれど、彼女は毅然とした態度で言い切った。 

「私、行くよ」 

 清々しいほどにキッパリとした言い草だった。

「覚悟はとっくに出来てる。頼れるなら、頼らせてもらおう」

 尚も渋る様子を見せる康弘に向かって、小林は微笑む。 

「少しでも長く隠れて、生きないと。私たちは機械の兵器と戦って、この町を護らないといけないんだから」

 彼女、変わったな。

 小林を変えたのは、やはり町の倒壊だろうか。出会った頃よりも、強く前に出るようになった気がする。原因は分からないが、その変化がいい方に向かっているのは間違いない。

 ――やっぱり、小林も家族が?

「久米川君は、本部の場所を知ってるんだよね。どこ?」

「わざわざ伝えなくていいわ」

「え?」

 卯乃が人差し指を軽く立てる。俺を見て、首を斜めに傾けた。

「脱出の呪文は便利だったでしょう?」

「ああ」

 合点が言って、思いのほか明るいトーンの声が出た。すぐにみんなに向き直る。

「念じるんだ、本部に行きたいって。それだけでいい」

「わかった」

 小林が快く頷いた。少し遅れて康弘も答える。

 意見がスムーズにまとまってよかった。だが、すぐさまその理由に気がついて、ため息をつく。

 ――そっか、もう四人しか残っていないから……

 この調子でいけば、全ての操縦士と核が壊れ、世界が滅亡する瞬間は確実に年内に来る。今だって、次のオルダー襲来まで残り二日をきっている。

 次に人が死ぬのはいつになるんだろう。

「フーガ」

 寂しさを混じえた声を重ねて、俺たちはレーヴをあとにした。

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