少年は礎石を夢に見る

※今回はグロ注意です


 レーヴが重い足を上げて、一歩ずつオルダーに向かって歩み始めた。相手も反応してこちらへ向かってくる。

 今回のオルダーは、深く落ち着いた緑色の機体をしていた。目立った武器は持っていない。どうやら、丸山と同じタイプのようだ。

 しかし、動きが早いのはオルダーの方だった。猛スピードで駆けてくる。ものすごい迫力だ。

 対する丸山は、今までで一番の落ち着きを見せていた。集中している。まるで不純物やゆらぎの一つもない水面のようだった。

 レーヴがゆっくりと腕を構える。

 オルダーが近い。相手が拳を振りかぶる。

「甘い!」

 丸山は足を踏み込み、一瞬の隙をついてオルダーに正拳を食らわせた。当たった胸の装甲が割れ落ちて、機械の骨組みが露出する。今までで一番素早い動きだった。

 オルダーがよろける。もう一発、同じようにして攻撃した。オルダーの右腕がえぐれて吹き飛ぶ。

 コックピット内が歓声に包まれる。主に男性陣が席を立ち上がって叫んだ。

「すごいやんけ丸山!」と興奮する浜田。

「やれっ、丸山パンチだ!」とふざける康弘。

「これなに? なんてやつですか?」と興味津々な柴田。

「中段突きだ!」と律儀に答える丸山。

 俺はと言えば、生で見る激しいロボットアクションに、声にならない喜びを感じていた。目に映る世界は、普段の百倍は輝いて見える。

 丸山は次々とオルダーを追い込み、最後に拳の背面で突き上げた。地面に倒れ、オルダーは動かなくなる。

 場がしんと静まり返る。康弘が小さく呟いた。

「や……」

 操縦席に座る丸山に駆け寄り、目を輝かせる。「ヤベーッ! 丸山、お前カッケーよ、マジで!」

 やがて柴田もそれに加勢した。喜びに満ちた歓声が飛び交う、お祭り騒ぎだ。

 その姿を、卯乃は冷めた瞳で見つめていた。俺はその光景に違和感を覚える。

 せっかく勝てたのに、どうして喜んでいないんだろう。

 そこで、少しの悪寒が背筋を走った。

 いや、違う。俺たちは、大事なことを忘れている。

 その時、小林が必死の形相で身を乗り出した。

「だ、駄目! まだ核が壊れてない!」

 同時に、オルダーが起き上がった。

 初めの方に吹っ飛んだ右腕の断面からは、鈍い色をした日本刀の刃が伸びていた。

 その刃が、重くレーヴの中心に突き刺さる。

「ぐあああ……ッ!」

 丸山が胸を押さえて呻いた。思考力メーターが三十に下がる。

 隙だらけのレーヴに、刀が振り上げられる。

「丸山!」

 丸山が顔を歪めながら、レーヴを動かした。機体が横に転がる。木がボキボキと折れる音がコックピットに鳴り響いた。

 コックピットが大きく揺れる。立っていたメンバーが盛大に転んだ。操縦席の背を掴んでいなければ、俺もそうなっていただろう。

 何とか攻撃を避けられた。しかし、動きは格段に鈍くなっている。このままでは危ない。

「……悪い、俺のせいだ」

 丸山が痛みに顔を歪めながらつぶやいた。

「丸山君っ!」

 柴田が彼に駆け寄って背をさする。

「お前のせいじゃねえよ、俺たちも忘れてた」

 康弘がフォローを入れるが、丸山はまぶたを閉じて僅かに首を横に振った。

 キッと目を開いて、目線を卯乃に向ける。

「……卯乃」

「何?」

「分離は……青のボタンだったな?」

 筋肉質な手が、操縦席のボタンに添えられた。

 卯乃が首を傾げる。

「いいの? 分離すれば、核が壊されるリスクも上がるけど」 

「コックピットに攻撃されてはいけないだろう……危ない目に遭うのは、俺だけでいい」

 青のボタンが押される。コックピットが大きく揺れて、操縦席が動き始めた。俺たちは急いで席に座った。丸山の席以外が後ろに移動し、一直線に並べられる。線がコックピットの真横に入り、そこを切れ目としてレーヴが分裂した。装甲がスライドされ、完全に壁ができる。

 コックピットの天井からモニターが下りてきた。目の前の景色が映っている。モニターの右上に、黒い箱のような通信画面が現れた。そこに、パッと丸山の姿が映し出される。

「丸山君、聞こえる?」

 卯乃が訊ねた。画面の右端で、丸山が頷く。

『これでいい……』

 その呟きのあと、丸山が操縦するレーヴが動き出した。

 振り上げられたオルダーの刀を掴み、前蹴りを食らわせる。

 もう誰もはやしたてなかった。

 ただ、その光景を見守っていた。

 激しい攻防戦が繰り広げられる。痛みというブランクを抱えながらも、彼は果敢にレーヴへと立ち向かった。

 レーヴの拳がオルダーの顔面を直撃し、顔面の装甲が剥がれ落ちる。

 今度はオルダーがレーヴの喉を前腕で殴った。丸山が苦しそうに咳き込み、刀を握る手が緩んだ。

「あ……っ!」

 俺は声を漏らす。

 たった一瞬の緩み。

 それが引き金となって、目の前で、レーヴの右腕が飛んだ。

 切断部から血のようにオイルが吹き出す。

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!』

 丸山が右腕を握りしめて絶叫する。この様子では、到底思考など働かない。メーターが一気に五へと下がる。レーヴは動かない――いや、動けない。

 それでも、彼は必死になって反撃しようともがいた。

「丸山ァッ!」

 俺たちが叫んでいる間に、オルダーは再び刀を振り、迷いのない動きで左腕も切断した。

 それと同時に、彼の思考がゼロに落ちた。

 あの硬派な丸山が悶絶する姿が、網膜に焼き付いて離れない。

 もう、見ていられない。

 しかしオルダーは、無慈悲にも攻撃を辞めない。

 右足、左足を斬り落とし、ダルマのように地面に倒れたレーヴの胴体を縦に裂く。見るからに硬い装甲が、簡単に割れていく。両手を割れ目に突っ込まれ、まさぐられる。核を探しているのだ。

 核は腹と胸に一つずつあった。いずれも無彩色だ。つまり、丸山が繋がっている核ではない。オルダーはそれらを全て無視した。繋がっていない核は壊しても意味がないのかもしれない。

 とうとう、丸山が操縦席から転げ落ちた。

 歪む表情。獣のような激しい絶叫。のたうち回る体。その全てが、明確に苦しみを伝えてくる。

 こんな痛みを味わうくらいなら、早く死にたいだろうに。

 それなのに、彼の体は、全く死ぬ気配を見せない。

 俺は悟ってしまった。レーヴの体がどれだけ傷ついても、感じるのは痛みだけ。彼の体自体は無傷だ。これを見る限り、ショック死も望めないらしい。

 つまりこの痛みは、核が壊されるまで永遠に続くのだ。

 なんて惨い。俺は吐き気を覚えた。

 どこにあるんだよ、核は。

 核さえ見つかれば戦いが終わる。

 敗北は免れないが、彼がこれ以上の痛みを味わうより、絶対にマシだ。

 オルダーが一度静止する。

 コックピット内に、通信から聞こえる丸山の荒い息がこだました。

 彼はその強靭な精神力で、操縦席に手を伸ばした。なんとか椅子の手すりに体を乗せて、外の光景を見ている。

 武器もない。四肢もない。反撃の可能性は、ゼロだ。

 オルダーの手が、迷いなくレーヴの頭部を掴む。そこはコックピットでもあった。

 敵はそこに丸山が居ると理解しているらしい。固い装甲を強く握りしめてくる。持ち上げられ、レーヴの機体が宙にぶら下がる。

『な、にが……起きて……?』

 彼は朧気おぼろげな瞳で、緑色に染ったモニターを見ていた。それがオルダーの手のひらだとは、わかっていないらしい。

 ミシ……ミシ……ミシミシィッ!

 ヒビがはいる音が、こちらにも伝わる。

 バギャンッ!

 まるで空き缶のようにレーヴの頭部が潰された。残りの機体が地面に落ちて、見えなくなる。

 丸山の鈍い断末魔のあと、通信画面にエラーの文字が映し出された。コックピット内に流れていた光の脈が激しく点滅し、消える。

「い、いやあああッ!!」

 柴田が甲高い叫び声をあげた。

 茶色いオイルに濡れたオルダーは、俺たちをじっと見つめていた。

 殺されるのか? 俺たちも?

 思わず、椅子の手すりをぎゅっと握った。

 しかし、オルダーは落胆したようにそっぽを向いて、来た道を引き返して行った。

 モニターが切り替わり、また次の襲来日が表示される。

 もう、それに対して興奮を見せる者はいなかった。

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