夢想機兵レーヴ

藤好 彩音

現れた巨大ロボット

少年は機械の夢を見る

 二○四六年。俺たちの町に現れたのは、一体の巨大なロボットだった。

 町のどの建物よりも大きいそれは、政府がどれだけ調査しても謎ばかり。当時の技術では内部に入ることも、傷をつけることも出来ない。機械の詳細を知るには難題ばかりで、手も足も出なかった。

 これは事件から数週間経ってから起きた、一連の出来事を綴った話だ。




「えー、今日は七月十日なので、名簿番号十番の……」

 高校の窓から見えるのは、田舎らしい山々と電線、田んぼや畑ばかり。それが、少し前から奥の方にロボットが鎮座するようになった。絶対に遠いところにあるはずなのに、こんなにも鮮明に見えるのは、アレがとんでもなく大きいからだ。真っ黒な人型のロボットは、一ミリたりとも動かない。一体なんなんだろう。

久米川くめがわー。おーい」

 青空と機体の黒色のコントラストがすごく奇麗だ。ロボットと言えば、いつの時代も男のロマンだろう。やっぱり、かっこいい。謎に包まれているミステリアスさも、良い。

「久米川実里みさと! 聞いてるのか」

 担任の怒鳴り声が一直線に鼓膜へとぶつかって、俺は思わず叫んだ。あまりの情けなさに、俺は頬をあからめる。クラスメイトの失笑がまだらに浮かんだ。

 視線を窓から正面に移すと、すぐそばにカンカンに怒った教師の姿があった。恐らく俺の三倍は顔を赤くして、鼻息を荒らげている。

「え、あ……すみません、なにも」

「お前なあ、そろそろ窓際の席から引き剥がすぞ」

 ため息混じりな担任の小言に、少しの申し訳なさを覚える。ふと黒板を目にすると、自分が書いていたノートよりもとても進んでいた。慌てて板書を書き写す。

 二席離れたところから、ちゃちゃを入れる声が聞こえてきた。

「だっせーなあ、実里!」

「うるさい康弘やすひろ

 彼は悪びれもせずに、ひひっと歯を見せて笑っている。彼はバッチリセットされた髪の毛を弄りながらこちらを見ていた。むかつく。

 俺が言い返そうとすると、隣で「ごほん」という声が聞こえた。担任に睨まれて、俺はしぶしぶ俯いた。




 さっきは担任に睨まれるし、散々な目にあった。俺は項垂れながら、弁明を考える。とはいえ、俺がここまであのロボットに心酔するのにも理由があった。

 あのロボットが現れてから、ここ数日ずっとあれを夢に見るのだ。「おいで、おいで」と囁かれるような甘い感覚。もしかすると、あのロボットは俺のためにやってきたのかもしれない。

 俺は、ずっと夢見てきた。あのロボットを自分が操縦できたなら、どんなに良いだろうと。 

 あのロボットがこの町にやってきてから、俺の退屈な人生は少しだけ刺激的になった。ロボットが動いたらどうなるんだろう、なんて子供じみた妄想ばかりだけど。

 休憩時間なのをいいことに、窓の外のロボットを眺めて黄昏れる。この時間が最近の一番の楽しみだ。

 奥の方で扉が開く音がする。いつもなら気にしないのに、こんなにも耳に入ってきたのは何故だろう。

「失礼します。久米川くんと永井ながいくんはいますか」

 芯のある強い声が響く。この声を、どこかで聞いたことがあった。

 教室が静まり返る。それもそのはず。永井康弘は俺と幼なじみだが、スクールカーストは上の上。俺は下の方。そんな彼と冴えない俺を、わざわざ一緒に呼び出す人がいるのか。

 興味本位で振り返ると、凛とした、でも心が読めない瞳とバッチリ目が合った。どおりで、と俺は納得した。

 声の正体は、三組の学級委員――卯乃うの涼香すずかだった。自分からは何も語らない、ミステリアスな人との噂だ。だからかは知らないが、周りからは一定の距離を置かれているらしい。

 でも、やっぱりなんで俺を呼んだんだ?

「来て」

 たった一言だった。どうやら理由は言ってくれないらしい。俺は康弘と顔を見合わせる。彼はしぶしぶ、と言った感じで立ち上がった。俺も彼について行く。

 連れてこられたのは、俺たち二年生がいる二階の空き教室だった。そこには、既に四人の生徒がいた。

 その四人は全く知らない人だった。人数が少ないくせにクラス数が多いからなのは間違いないが、それにしても珍しい。中学、高校とほぼ変わらない顔ぶれで上がってきたのだから、名前くらい知っていてもおかしくないのに。俺と康弘はまた顔を見合わせる。彼も不思議そうに首を傾げていた。

「先客がいるみたいですけど……」

 恐る恐る声をかけてみるが、卯乃は無視して教室に入った。ミステリアスを超えてもはや図太い。

 卯乃は部屋の中央に立った。俺たちも静かに教室に入る。既にここで座っていた女子生徒に声をかけられた。

「二人も卯乃さんに呼ばれたの?」

「うん」

 そういったところで、卯乃が手を叩いた。私を見ろという事だろうか。

 全員の視線が集まったあと、たっぷりと間を開けて彼女は口を開いた。

「今日の放課後、例のロボットの下に集合」

「……え?」

 何人かが説明を求めるように口を開いたが、それをさえぎって彼女はつけ加えた。

「全てはそこで話す。見た方がわかると思うから」

 そう告げると、卯乃は何事もなかったかのように踵を返して教室へと戻って行った。

「……」

 突然の出来事に全員が口をとざす。

 どうやら、たったそれだけのために、俺たちは集められたようだ。

「あのさ、なんか話さん?」

 沈黙を破ったのは、日に焼けた男だった。陽気な笑みを浮かべている。

 彼に賛同して眼鏡の女の子が言った。

「また会うんだったら、自己紹介でも……私、五組の小林こばやし瑠璃るりと言います。図書委員です」

 重い前髪のボブヘアで、根暗な雰囲気の子だ。

「俺は二組の浜田はまだ黄壱きいち。去年大阪から転校してきたし、ちょっとは知ってる人もいるんちゃう? よろしく頼むで」

 続いたのは先程の褐色の男だ。坊主頭なのでおそらく野球部だろう。体格はやや筋肉質な人だった。

「私、四組の柴田しばた桃花ももか。自慢じゃないけど、成績は音楽以外オール二です」

 次は色素が薄いポニーテールの女子だ。ト音記号のヘアピンをしている。色々な意味で抜けた印象の子だった。

 柴田の唐突な告白に、彼女の隣にいた短髪の男が目を見開いた。

「オール二って、授業中寝ているのか?」

「まあ、そんなとこかなあ……でも、吹奏楽部の期待のエースですし、プラマイゼロですね!」

 そうお気楽に親指を立てる柴田を、彼は呆れた目線で見つめる。思い出したようにあ、とつぶやき、彼も自己紹介に入った。

「俺は丸山まるやま橙李とうり。一組の空手部だ」

 浜田よりも肩幅が広い人だった。さわやかな反面、過度に真面目で誠実そうな雰囲気がある。

 その時、俺の横で康弘が身を乗り出した。

「六組の永井康弘でーす。勝負事には負ける気ないんで、体育祭ではお気をつけて!」

 ピースサインを掲げ、ふざけた物言いで康弘が話す。周囲からふんわりと笑いが起きた。

「同じく六組の久米川実里です」

 俺が言い終わると、康弘の生暖かい視線に気がついた。俺はムッとして彼を見る。

「実里が楽しそうでなりより。そらそうか、お前、何気にロボットオタだもんな」

「なんだよ」

「いや、俺も気になってたし。楽しみだなって」

 康弘はたまに、俺に向かって保護者のような目線で語り掛けてくる。なんなんだと呆れるが、康弘は心底楽しそうだった。

 浜田が咳払いをする。

「六組ボーイズは置いといて、他にこの中で顔見知りの奴おらんのん?」

 この学年は、一クラスの人数が少ない割にクラス数が多い。その意図は教師陣も知らない。クラス替えの緊張感はあるが、顔見知りを作りづらいのが難点だ。

「ああ、いる」

 丸山が手を挙げた。

「柴田さんでいいな? 彼女は見たことがある。トロンボーンの子だろう」

「うん、そうだよ」柴田ははにかんで答える。この様子では、彼女も知っていたようだ。

「他には?」

 再び浜田が問う。今度は誰も手を挙げなかった。 

「そんじゃ、そろそろ帰ろか。また放課後な」

「はーい」

 そう言って、俺たちは一斉に教室を出た。

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