第9話 雪解け前夜、伝えたい想いとは…
札幌の空に、ほんの少しだけ春の気配が漂っていた。
古い喫茶店の2階、コスプレ衣装のパターンがテーブルいっぱいに広がっている。
ミシン、布、カラフルなリボン、ピン止め、そしてエミリーの真剣な横顔。
「マミー、こっちのスカート、ふわふわでお姫様みたいだよ!」
リリーは目を輝かせながら、生地を頬にすり寄せる。
サトシはそんな二人を見て、ふと目を細めた。
「……なんだか、不思議だな。君とリリーと、こうして準備してるなんて。
まるで、家族みたいだ。」
エミリーは針を止めて、彼の言葉に静かに笑った。
「それは、悪くない夢ね。」
でも、その笑顔の奥で、彼女の胸には小さな痛みが宿っていた。
ロンドンに戻る便まで、あと5日。
会社への復帰、リリーの学校。日常が待っている。
夢のような札幌での時間が、永遠ではないことを、彼女は知っていた。
大会当日。札幌の中心部に設けられた特設ステージ。
雪はやみ、春の光が淡く街を照らしている。
エミリーはアニメ『月影の姫君』のコスチュームに身を包み、
リリーはミニチュア版の同じ衣装で並んでいた。
観客の歓声。カメラのシャッター音。
その中で、サトシがステージ袖で静かに見守る。
「リリー……笑って。楽しもう?」
「うんっ、マミーがいれば怖くないよ!」
その瞬間、ライトが照らす舞台の上で、
ロンドンと日本、母と娘、そして想い出の続きを重ねるように、
ふたりは手を取り、微笑んだ。
大会は大成功。
リリーの無邪気な演技と、エミリーの完成度の高い衣装が評価され、見事に優勝。
その夜、3人はホテルの小さなバーで静かに乾杯した。
「サトシ……ありがとう。夢みたいな時間だった。」
エミリーがグラスを置いて、まっすぐ彼を見つめる。
「でも……このまま、うやむやに帰るわけには、いかないのよね。」
サトシはゆっくりとうなずいた。
バーの窓から見える雪景色が、ふたりの沈黙を包んだ。
「全部を捨てて、ここに残って。そう言ってもいいの?」
その言葉は、冗談のようで、冗談じゃなかった。
エミリーは答えなかった。ただ、その夜、初めて自分の中で
"本当に何を望んでいるのか"がはっきりした気がした。
次回、最終話。さあ、どんな展開に???
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