第4話 守ってくれた人

原宿の竹下通り。

週末の午後、人混みのなかを、エミリーとリリー、そしてサトシの三人が歩いていた。


リリーはカチューシャを買って上機嫌だ。

サトシと手をつなぎながら、はしゃいでいる。


エミリー「原宿、こんなに外国人が多かったっけ?」


サトシ「10年前と比べたら、ずいぶん変わったかもな」


エミリー「……なんか、ちょっと怖いくらい」


歩き疲れたリリーが「クレープ食べたい!」とリクエストする。


近くのカフェのテラス席に座ると、メニューに並ぶスイーツの値段にエミリーは目を丸くした。


エミリー(えっ、クレープが……こんなに高かったっけ?)


リリーは嬉しそうに注文するが、クレープを運んできたウェイトレスは無言で、どこか無愛想。

エミリーは、その態度に少し驚いた。

しかも、彼女はどう見ても日本人ではない。


エミリー(あれ? 日本のお店って、もっと丁寧な接客だったような……)


帰り際、エミリーが会計を済ませようとしたとき──

渡されたお釣りが、明らかに少なかった。


エミリー「あの、すみません……これ、ちょっと足りないかも」


店員「あ、ああ……はい」


謝罪もなく、無表情のまま差額を渡された。


サトシは、そんなやりとりを静かに見守っていた。


店を出たとき、エミリーはふとつぶやく。


エミリー「10年前は、もっと……優しかった気がするんだけどな、日本」


サトシは少し苦笑して、答える。


サトシ「うん……変わったことも、あるよ。

でも、変わってないことも、あると思う」


その時だった。

人混みの中から、ふいに肩がぶつかる。

バッグの感触が一瞬、消えた──


「あっ……!」


エミリーが振り返ったときには、もうスリは人波に紛れていた。


でも──


サトシ「リリー、ここで待ってて!」


彼は一瞬で人混みをかき分け、走り去った。

そして数分後──

スリを押さえつけながら戻ってきた。


サトシ「これ、エミリーの財布」


彼の手には、エミリーのピンクの財布。

サトシのシャツは少し汚れ、額には汗が滲んでいた。


エミリー「……ありがとう。ほんとに……ありがとう」


彼の横顔を見つめながら、

エミリーの胸が、ぎゅっと締めつけられた。


(あの頃と、何も変わってない──

私を守ってくれるのは、やっぱり、サトシだった)


その夜、カフェでお茶をしていると、

サトシのスマホに着信が入る。


サトシ「あ、……ごめん。ちょっと、出るね」


電話の内容は聞こえなかったが、

その声はどこか、親しげだった。


「うん、大丈夫。今は……友達と。

……うん、また夜にね」


戻ってきたサトシの笑顔は変わらなかったけど、

エミリーの胸には、小さな違和感が残った。


エミリー(今の電話……誰だろう。

“また夜にね”って──)


まさか、サトシ……

誰かと、付き合ってる? それとも──


それとも……婚約者?


まあでも、婚約者がいても、不思議ではないよね。冷静にならなきゃ。

私なんか子持ちだし。


彼女の心は、クレープの甘さとは裏腹に、

少しずつ、ざらつき始めていた。


💌次回予告:

第5話「10年という時間と、知らなかった顔」

サトシの婚約者の存在が、少しずつ明らかに。

エミリーの胸の中には、再会の喜びとは違う、

“今さら”という言葉が浮かんでくる──


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