恋するだけでは、終われない / 気づいただけでは、終われない

つくばね なごり

第一章

第一話


 午後三時の校庭が、決戦の場に選ばれた。


 長く美しい黒髪が、風になびく。

 栗色で、先端にウェーブのかかった髪が揺れる。


 離れたところで、鈴なりの生徒たちが固唾を飲んで。

 大時計の針が、ゆっくりと運命のときを迎えるのを待っている。


「入学して、出会って、夏休みに合宿したばっかりなのにねぇ……」

 僕の隣で、みんなで過ごした半年間をたったの一文でまとめたその人が。

 やや潤んだ目で、僕を見つめてきた……。




「……そんな情景描写はいらないから、はじめてもいいかしら?」

「えっ……」

「そうそう、面倒だからさっさとカタでもつけとこうよ〜」

「お、おい……」

「じゃ、もうそれでいいわよねー」

「あ、あの……」


 我が道をゆく、三藤みふじ先輩。

 せっかちな、高嶺たかね

 ただただ自由な、藤峰ふじみね先生。

 三人が、バラバラのタイミングだけれど僕を見る。


 さ、作品の冒頭ですよ……。

 少しは、真面目にやりませんか?


 もちろん、そんな本音を『女子たち』にいえるはずのない僕は。

「い、一応。約束の三時までもう少し、時間があリますので……」

 日々、磨かれつつある無難なセリフで。

 なんとか、物語を進めようとする。



 ……この奇妙な『決戦』の背景を、解説するために。

 話しを、三時より少し前に戻そう。


 いや。

 早くしろという、圧力がすごいので。


 一週間前まで、一気にさかのぼって。

 お、お話しさせてください……。




 ……文化祭と体育祭が、徐々に近づいている。

 それぞれの実行委員会と、文化部や運動部の部長以下三役が大集合。

 通称『委員会』は、その日も。

 相変わらず、大紛糾中だった。


「うるさい三年生ばっかりで、ごめんね〜」

 僕の左隣で、放送部員兼文化祭実行委員長でもある都木とき美也みや先輩が。

 もめる同級生たちを評して、苦笑いする。


 なんでも、放送部部長が歴々の『委員会委員長』だとのことで。

 若輩一年生の僕、海原うなはらすばるが。

 このまとまらない会議の議長を、拝命している。



「ねぇ海原。お腹、すいてきた」

「わ・た・し・も」

 うしろで、わからない漢字の板書に苦戦している高嶺たかね由衣ゆいと。

 文化祭終了後に、演劇部から放送部に完全移籍予定の波野なみの姫妃きき先輩のふたりが。

 いい加減終わりにしろと、暗に僕に告げる。


「かわいいね、この写真!」

「昴君だけ、ちょっと複雑な顔してるけどね〜」

 夏休みに突然、僕の『姉』になる宣言した春香なるか陽子ようこ

 僕の小学生時代の遊び友達、赤根あかね玲香れいか

 先輩ふたりは、じゃんけんで『板書の刑』から逃れられて。

 いまは書記用のパソコンを、仲良く眺めながら。

 どうやらこれまでに部内で撮り溜めた写真を、眺めて楽しんでいるようだ。


 だが、そんな部員を責めるのはお門違いだ。

 なぜなら、放送部顧問兼委員会担当・藤峰ふじみね佳織かおり

 同副顧問兼副担当・高尾たかお響子きょうこ

 これらふたりの教師は、新品の移動式電子黒板を隠れみのに。

 大好きなパンを、満足そうな笑顔で食べ続けているからだ。



 どこかの部長が、また大きな声でなにかいうもんだから。

 別の部長が、カチンときていい返す。

「そろそろ、海原君の出番かなぁ……」

 都木先輩が、そういいながら。

「お疲れさま」

 やさしい笑顔で、僕を見た。


「……あの! ですからみなさん!」

 夏の合宿の成果で、僕の声がよくとおるようになったのは事実で。

 だから、みんなが一瞬。

 僕に注目してくれたのだと、思ったのだけれど……。



「……えっ?」



 僕も、なにか聞こえた気がする。


 き、気のせいだよな?



 ところが、都木先輩も。

「えっ……?」

 そういって僕の、右隣をのその人を見て固まっている。


「ウソっ……」

 続いて、元々大きな両目をさらに広げて。

 高嶺が右手のチョークと、左手の黒板消しの両方を思わず落とす。

 ただ、よりによって。

 僕の、カバンの上じゃないか……。


「気のせいじゃ、な・い・よ」

 波野先輩が、僕を見て無駄にニコリとする。

 えっ? ここ……。

 笑顔のシーンじゃ、ありませんよね……。


「しゃ、しゃべった……」

 話し合いでエキサイトして、立ち上がっていたどこかの部長が。

 ついに声に出してしまい、教室中がザワザワしはじめる。

 まぁ、無理もない。

 放送部以外の人前では、基本しゃべらないらないと。

 あまりにも校内で、『有名』なので。

 いわば『奇跡』みたいな瞬間を、目撃したのだ。



「あ、あの……。いま、なんと?」

 そんな先輩に、聞くのは野暮かと思いつつ。


 僕の右隣に姿勢よく座る、副部長兼副委員長。


 三藤みふじ月子つきこ、その人に。


 僕はつい、聞いてしまった。



 カチ、カチ、カチ。

 親友の春香先輩が、わざわざ時計みたいにカウントする。


 一方で当の本人は、そんなことを気にしていない。

 というか、たぶん紛糾していた会議が。

 余程腹に、据えかねていたのだろう。


 静まり返った、人だらけの社会科教室で。

 三藤先輩は、その凛とした声で。


「海原くん、聞いていなかったの?」


 そういって、僕をその藤色の瞳でじっと見つめたあとで。



「もう一度いうわ。海原くん、いますぐ別れましょう」



 はっきりと、そういい切った。





「……へ?」



「……海原くん。一緒にいても、いいことなんてないわ」



「えっ……」



 ……藤峰先生と高尾先生が。

 僕と目線が合いそうになって、慌てて窓の外を見る。


「別れましょう、いいことなんてないわ……」

 玲香ちゃんが、極めて事務的な声で復唱しながら。

 やや荒めに、キーボードを打つ音だけが。

 社会科教室の中で、虚しく響く。



 ……教室中の、すべての会議参加者が。

 僕を、僕だけを見つめている。


「……別れる?」

「えっ、ってことはやっぱり……」

「だって、ほかに意味ってある?」



 あ、あの……。みなさん。

 た、多分なんですけどね……。『それ』じゃなくて……。


 僕は、すべての視線を引き連れて。

 隣で呆然と立ち尽くしている、三藤先輩を恐る恐る……。


 あ……。

 やっぱり、自分の発した言葉の意味。

 ようやく自覚しちゃった……顔ですよね、それ?


 両耳のみならず、顔まで真っ赤になった三藤先輩が。

「あ、あの……」

 そこまでいいかけて、フリーズすると。

「う、うん。わかった! ね、陽子?」

「う、うん……。 そうだね、美也ちゃん!」

 いつものふたりが、慌ててフォローに入ると。

「由衣、いくよっ!」

 玲香ちゃんと、波野先輩と高嶺の三人が。

 三藤先輩を、引きずるように部屋から運び出す。


 それから、都木先輩が。

 まだポカンとしている、参加者に向けて。


「あ、あのね! い、いまのは。文化部と運動部の意見が、ほら。すっごく割れてるでしょ? だ、だからさ。一旦それぞれに『別れて』、検討してから再度やりませんか? ……っていう意味、な、なんだよね?」

 いっぱいつまりながらも、頑張って説明してくれる。


「そ、そうなんです! あの子、口下手なんで!」


 春香先輩が、慌てたようすで補足して。

「そうそう! ちょっといい間違えただけだから。はい移動!」

 なぜか高尾先生までが、助け舟を出してくれた。



「……そ、そんな感じです。で、ではみ、みなさん」

 僕も、なんとか言葉をつないで。

「えっと。文化部と、運動部で別々に……」

 そこまで、いいかけたところで。

「そうそう! 『別れて!』やろっか!」

 藤峰先生が、なんだか妙なところを強調して割り込んでくる。


 加えてその『悪魔』は、無駄に僕にウインクすると。

 わざわざもう一度、今度は僕の耳元で。

「ね? 『別れて』いいんだよね、海原君?」

 めちゃくちゃ楽しそうな声で、僕に聞いてきた。




 ……とまぁ、そんな『悪夢』の会議を経て。

 その結果、本日午後三時。

 僕たちがいまいる校庭が、『決戦』の場に選ばれた。


 三藤先輩の長く美しい黒髪が、風になびく。

 高嶺の栗色のややウェーブのかかった髪も、少し揺れる。


「入学して、出会って、夏休みの合宿したばっかりなのにねぇ……」

 僕の隣で、みんなで過ごした半年間をたったの一文でまとめた藤峰先生が。

 やや潤んだ目で、僕を見つめてきた。



 ……そして大時計が、そのときを刻むとき。



 この物語がまた、ひとつ進むのだ。



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