脱皮
写乱
第1話 初夏の決意
ジリジリとアスファルトが焦げている。
私たちの頭上から空気を震わせる蝉時雨が容赦なく降り注ぎ、その声はこれから真夏がやってくることを伝えてくる。ゆっくりとした長い上り坂のせいで、ただ歩いているだけなのに、白いセーラー服の襟足に汗が滲んだ。まだ朝の八時台なのに、足もとから頭上から、もうこんなに暑さが立ち上ってくる。
「ねえ聖奈、聞いてる? さっきの話の続きなんだけど」
すぐ隣を歩く陽菜子の声が、蝉の声の合間を縫って私の耳に届く。さっき家を出るときに話していたレポート提出の話を続けたいようだ。中学に入ってから、登校のときはいつも陽菜子が私の家に迎えに来る。それは、同じ高校に入ってからも同じだった。山あいの小さなこの街では、小学校から高校までの間、全員がクラスメイトのようなものなのだ。
「うん、聞いてるよ。結局、生物のレポート、どのテーマにしたの?」
「それがさ、全然決まんなくって。もういっそ『五十嵐陽菜子の生態』とかで出そうかな」
「それじゃ観察日記を書くのが私になっちゃう」
「最高じゃん! 100点間違いなしだよ!」
いたずらっぽく細められた目が、私、水野聖奈の顔を覗き込む。後ろで一つに束ねられたポニーテールの明るい茶髪が、陽菜子の動きに合わせて楽しそうに左右に揺れていた。
校門をくぐり、昇降口のひんやりとした空気に入ると、ようやく蝉時雨が少しだけ遠ざかる。ずらりと並んだ靴箱の中から、私たちは自分の名前が書かれた列の前に移動し、馴れた手つきで光沢のあるブラウンのローファーを脱ぐ。アスファルトをてくてく歩いてきたローファーが熱い。私は靴箱にローファーを入れると、少し薄汚れた白い上履きを足もとにぽいっと放って足を入れる。上履きに履き替える瞬間、外の世界から学校という箱庭の中へ日常の舞台が変わることを、私は本能的に感じていた。
「あ、陽菜子、聖奈、おはよー」
「おはよー!」
通りすがりのクラスメイトに、陽菜子は元気いっぱいに手を振って応え、私も小さく挨拶を返す。中学時代からいつも一緒の私たち。最初に仲よくなったきっかけはなんだったっけ。それすらも記憶の片隅に霞むほど、陽菜子と出会って長い時間がたった。
いつも元気な陽菜子と少しおとなしい私。いつも一緒で、お互いが一番で、他の誰も立ち入れない空気を持つ、よくいるタイプの二人組。でもそんな簡単な言葉で、陽菜子と私の関係を要約されてしまうのは、私には我慢できなかった。そんな簡単なものじゃないのよ、この関係は。もっとずっと複雑で、特別で、そして秘密めいたものなのだから。
二階にある私たちの教室の窓からは、町の小さな瓦屋根の連なりと、その向こうに広がる田んぼの緑が一望できる。青空と眩しい日差しと山の稜線に沿って伸びる飛行機雲。夏。夏。夏。それは夏でいっぱいの光景だった。
私は窓際の一番後ろの席で、陽菜子はその右隣り。陽菜子のまっさらの笑顔もよだれを垂らした寝顔も独り占めできる、完璧な配置。
一時間目の現代文は、気怠い朗読の声だけが響く眠たい時間だ。教科書を立てて隠しながら、私はノートの隅に陽菜子の横顔を小さく描く。長いまつ毛、少しだけ尖った唇。すると、隣りの席からくすくす、と笑い声が聞こえ、ノートをちぎって折った小さな紙が私の机に飛んでくる。陽菜子の笑顔に目を向けながら開くと、『似てない(笑)』という陽菜子の丸っこい字。私はむきになって『本物の方がもっとかわいい』と裏に書いて投げ返した。『知ってるー』と小さな声で陽菜子が言うのを聞いて、私は口もとが緩むのを必死でこらえた。
待ちに待った昼休み。私たちは隣り同士で机をくっつけて、教室の隅にできた自分たちの特等席でおべんとうを広げる。
「聖奈、これあげる」
「もー、またピーマン残してる。ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「だって苦いんだもん。聖奈が食べてくれるからいいの。ね?」
陽菜子は、私のおべんとうに入っていた卵焼きをひょいとつまみ上げると、自分の口に放り込んだ。そして、「んー、やっぱ聖奈の卵焼き、世界一!」と満面の笑みで言う。そういうところが、本当にずるいと思う。
「あ、そうだ。聖奈、今度の日曜、空いてる?」
「うん。空いてるよ」
「隣町の駅前に、新しいカフェできたんだって。夏休み前に行こ。中学のとき、二人で初めてバス乗って行ったとこの近くだよ」
「ああ、あのときのね。陽菜子がお店のショーケースに夢中になって、私がお手洗い行くのに全然気づかなかったよね」
「うっさいなー! まだ覚えてるんだ。聖奈、あのときすっごい拗ねてたじゃん。『陽菜子のばか』って言って、一日口きいてくれなかったくせに」
「……そんなだったっけ」
「あった!めっちゃあった! 私が必死で謝って、駅前のベンチで二人でアイス食べたの、忘れたっていうの」
けらけら笑いながら、私たちは二人だけの思い出のページをめくる。陽菜子は太陽だ。そしてその光は、私だけを特別に強く照らしてくれる。私だけが陽菜子のいろいろなところを全部知っている。その事実が自信のない自分をどうにか支えてくれていた。
午後の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴り響く。クラスメイトたちが部活動や寄り道へと散っていく中、私たちはたいてい最後まで教室に残る。西陽が差し込む教室は、昼間の喧騒が嘘のように静かで、空気中に舞う埃がきらきらと光って見える。この世界に、私たち二人だけが取り残されたような甘い感傷。
「はー。やっぱり聖奈の隣りにいるのが、一番落ち着くなあ」
陽菜子は机に突っ伏して、私の方に安心したような笑顔を向ける。その無防備な言葉と眼差しに、私の心臓はぎゅっと捕まれる。触れたい。もっと深く。感じたい。もっと熱く。陽菜子のすべてを私のものにしてしまいたい。
そんな黒い感情に蓋をして、私は陽菜子の隣りでわかり合える親友のふりをする。陽菜子がくれる、この優しい時間を失わないために。ただそれだけのために。
昇降口で再びローファーに履き替えると、私たちは校門を出て家路についた。遠くのグラウンドから、野球部のかけ声やバットがボールを打つカーンという高い音が響く。背にした校舎から、吹奏楽部の練習する校歌が流れてくる。
私たちは少し賑やかな駅前の通りを避け、遠回りになる田んぼ脇のあぜ道を歩いていた。緑の匂いをはらんだ初夏の夕方の生温かい風が、制服のプリーツスカートを優しく揺らす。道端には白やピンクのツメクサが群生していて、その合間をモンシロチョウがひらひらと舞っていた。
「私、小さいころから蝶々とか蝉とかよく捕まえてたな。虫が平気なんだよ。弟からよく捕まえてってねだられてたからね」
陽菜子の話は、いつもみたいに脈絡がなくて、でもそれがあったかくて心地いい。相槌を打ちながら、私はなんとなく陽菜子の足もとを見ていた。短めの白いソックスに包まれた足。そして高校に入ってからずっと履き続けている、ブラウンのローファー。つま先のあたりが少しだけ擦れて、革の色が薄くなっている。その靴が地面を踏みしめる一歩一歩のリズムが、私の心臓の鼓動と重なるような、ぼんやりした錯覚。
そのときだった。
ぶん、と低い羽音を立てて、緑色に鈍く輝く何かが飛んできた。カナブンだ。夏はこれからなのに、力尽きたように陽菜子の歩く数歩先の地面にぽとり、と落ちる。ひっくり返って足をバタバタさせている。
「……あ」
私の口から、小さな声が漏れる。陽菜子に伝えようと思った。そこに虫がいるよ、と。でも陽菜子はおしゃべりに夢中で、まったく気付く素振りもない。瞬間、彼女のローファーが、寸分の狂いもなくその緑色の輝きの上へと振り下ろされる。
ぶちっ。
世界から一瞬だけ音が消えた。蝉の声も、風の音も、陽菜子の声も聞こえない。私の耳に届いたのは、熟れた果実が潰れるような、湿った小さな破裂音だけだった。
「ん? どうかした、聖奈?」
話が途切れた私を、陽菜子が不思議そうに振り返る。そして自分の足もとに視線を落として、ああ、と小さく声を上げた。
「なんだ、虫か」
陽菜子は、まるで道端の小石でも蹴飛ばしたかのような、あっさりとした口調で言った。何気ない仕草で右足を上げ、ローファーの靴底を覗き込む。
私は、息を呑んだ。
そこには、無惨なものが張り付いていた。ついさっきまで命を持って輝いていたはずのカナブンの、見る影もない姿。緑色の硬い身体は砕けて、ひしゃげた胴体から白茶けた体液がじわりと滲み出している。陽菜子のローファーの靴底のつま先辺り――規則正しく並んだ滑り止めの凹凸に、その命の残骸がまるでデザインの一部であるかのようにめり込んでいた。そこだけカナブンの体液で濡れているのがはっきりわかる。
「あはは、ごめん。潰れちゃった」
陽菜子は少し困ったように笑った。本当に、ただ軽く困ったように。あぜ道の脇に転がっていたブロックの破片に、ローファーの靴底をズリズリと擦りつける。規則正しく並んだ滑り止めの凹凸が、命だったものをさらに細かく砕いていく音。
「しつこいなあ、もう」
まだこびりついているカナブンの破片を、陽菜子はブロックを踏みつけるようにして何度も擦りつけている。服についた小さな糸くずでも払うみたいに。
私は、その光景から目が離せなかった。
呆然と立ち尽くす私の唇から、か細い声が漏れた。
「……ひどい」
それは非難のつもりだったのか、それともただの感嘆だったのか、自分でもわからなかった。ただ思ったことがそのまま音になったて口から漏れた感じ。
その呟きに、陽菜子は一瞬きょとんとした顔で私を見た。そして次の瞬間、ああ、と思い当たったように、心配そうな顔つきになる。
「あー、ごめん。聖奈、そういえば虫とか苦手だったっけ? 大丈夫? 見ない方がいいよ」
違う。そうじゃない。
陽菜子は、私が「虫の死骸」というグロテスクなものを怖がっているのだと、そう解釈したのだ。彼女の明るい残酷さを、私が「ひどい」と言ったのだとはかけらも思っていないようだった。どこまでも優しい陽菜子の誤解が鋭く抉る。
力任せに壁に投げたスーパーボールみたいに、私の心臓が不規則に激しく跳ねていた。怖い。気持ち悪い。でも、言葉を選ばずに言うと、それと同じくらいの強さで、私は興奮していた。陽菜子の見せた明るい残酷さが、脳を直接揺さぶるような倒錯した快感を、私に与えていたのだ。
陽菜子のローファーの靴底に刻まれた、あの幾何学的な模様と、そこに塗りたくられた命の跡。この瞬間の光景は、まぶたの裏に焼き付いて、もう二度と消えないだろうという確信があった。
この感情の名前を、私はまだ知らない。知りたくもなかった。ただこの瞬間、五十嵐陽菜子という存在が、私の中で決定的に変質したことだけは、確かだった。
帰り道に陽菜子が誤ってカナブンを踏み潰してから数日が過ぎた。
陽菜子は何事もなかったかのように、いつもと同じ太陽みたいな笑顔を私に向けてくれる。カナブンを踏み潰したあのローファーは、今日も彼女の足に収まり、私たちの日常を、カツカツと小気味良い音を立てて刻んでいた。陽菜子にとっては、歩いていて足に当たった小石が転がった程度のなんでもない出来事。もう記憶にも残っていない些細な出来事。そのことに私は安堵する一方で、ほんの少しだけ物足りなさを感じている自分にも気付いていた。
私だけが知っている、陽菜子の秘密。そう思っていた。でも当の本人がそれを秘密だなんて微塵も認識していないのだとしたら、それは果たして秘密と呼べるのだろうか。私のこの胸騒ぎだけが、行き場もなく夏の湿った空気の中を漂っているようだった。
「聖奈、アイス半分こしよ」
「うん」
その日の放課後、私たちは教室に残るついでに、次の日の小テストの勉強をしていた。しばらくはまじめに英単語を覚えていたが、だんだん飽きて集中力が消えてくる。私たちは少し休むことにして、校門を出てすぐの右隣りにある、昔からある駄菓子屋の店先でベンチに並んで座っていた。ぎしぎしと音を立てる木製のベンチ。二人で百円を出し合って買った、ソーダ味のアイスキャンディーを分け合う。
「あーん」
「自分で食べなよ」
「いいじゃん、食べさせて」
陽菜子が、雛鳥みたいに口を開けてねだる。私はため息をつくふりをして、青いアイスの先端を彼女の口元へと運んだ。しゃりっと小さな音がして、陽菜子は満足そうに目を細める。こういうときの陽菜子は、本当にどうしようもなく甘えん坊で、どうしようもなく可愛い。
「やっぱ聖奈と食べるアイスが一番おいしい」
「はいはい」
「ほんとだって。他の子といても、こんな味しないもん。ねえ、聖奈は? 私といるときが一番楽しい?」
「……当たり前でしょ」
私がそう答えると、陽菜子は「だよね!」と嬉しそうに笑い、私の肩にこてん、と頭を乗せてきた。シャンプーの甘い香りがふわりと鼻をかすめる。私の心臓は、またこの間みたいに不規則に跳ね始める。陽菜子は知らない。私のこの心臓の音を。
空はいつの間にか厚い灰色の雲に覆われ始めていた。遠くでゴロゴロと低い音が響く。夕立が来るのかもしれない。じっとりとした生温かい風が、私たちのスカートの裾を気怠そうに揺らしていた。
「うわ、これ絶対降るね。急いで勉強終わらせちゃお」
教室に戻ると、外は少し薄暗くなっていた。蛍光灯の白い光が、やけに寒々しく机の上を照らしている。窓の外では、やや風が強まり、木々の葉がざわざわと不安な音を立てている。誰もいない教室という空間が、まるで世界の終わりに取り残され、私たち二人だけしかこの世に残されていないように感じられてくる。
カリカリと鉛筆を走らせる音だけが響く。私は教科書に集中しようとすればするほど、意識が陽菜子の方へ向かってしまうのを止められなかった。白い上履きの中で、彼女の指はどんなふうに丸まっているのだろう。陽菜子がときどき貧乏ゆすりをするみたいに小さく揺れる上履きのつま先を、私は盗み見る。
陽菜子は知らない。私が、彼女の何気ない仕草のひとつひとつを、どんな思いで網膜に焼き付けているのか。
そのとき。
かさっ。
何かの気配。音がした方に目をやると、教卓の脚のあたりから、黒く艶のある塊が姿を現した。それは、一瞬の逡巡の後、床の上を滑るようにしてこちらへ向かってくる。
ゴキブリだ。
「……っ」
声にならない悲鳴が、喉の奥で凍りついた。私は椅子の上で両脚を縮こまらせる。生理的な嫌悪感で、全身に鳥肌が立った。それは、カナブンのときとは比較にならない、もっと原始的な恐怖だった。
ところが陽菜子は違った。
彼女は「しーっ」と人差し指を口に当てて私を制すると、突っ伏していた身体を静かに起こした。その動きには、一切の無駄もためらいもない、狙いを定めた肉食獣のよう。その瞳が、ほんのわずかに楽しんでいるように見えたのは、私の気のせいだったろうか。
陽菜子はゆっくりと椅子から立ち上がると、履いていた白い上履きのまま、ゴキブリへと歩み寄る。それは学校指定の、つま先が丸いバレエシューズタイプの上履き。何度も洗って少しだけくたびれた布地。薄汚れて磨り減った靴底。白い上履きがいまは陽菜子の構える凶器に見える。
ゴキブリが陽菜子の気配を察して、一瞬動きを止める。黒く濡れたような脂ぎった身体、絶えず揺れる長い触覚。そのほんの一瞬の隙を、陽菜子は逃さなかった。
彼女は白い上履きのつま先で、まずゴキブリの逃げ道を塞ぐように目の前に足を置く。そして、次の瞬間陽菜子の反対の足が振り下ろされる。
べちゃっ。
教室に粘ついた小さな音が響いた。陽菜子が全体重をかけて、その黒い塊を踏み潰した音だった。カナブンが潰れた時の音とはまったく違う、もっと湿った徹底的な破壊の音だった。ゴキブリが潰れる感触が、きっと彼女の足の裏に伝わっている。それを想像しただけで、私の背筋をぞくりとした快感が駆け上がってくるのがわかった。
陽菜子は体重をかけたまま、ぐりっぐりっと何度も踵をひねった。念を入れるように。それからゆっくりと足を上げる。
そこにはもう、生命の形はなかった。白い臓物と砕けた殻の破片が、埃っぽい床に汚いシミとなって押し広げられている。靴底の跡が、その上にきっちり残されていた。
「あはっ、瞬殺だね」
軽く笑いながら、陽菜子は教室の隅からちりとりと箒を持ってくると、その残骸を慣れた手つきで片付け、何事もなかったかのように私の隣に戻ってきた。
私が床の一点を見つめて黙り込んでいると、陽菜子が心配そうに私の顔を覗き込んだ。そして、私の手をぎゅっと握る。陽菜子の手のひらはいつもみたいに温かかった。
「どうしたの、聖奈? まだ怖いの?」
「……ううん」私はかぶりを振る。「陽菜子はすごいなって……」
思わず本心のかけらがこぼれ落ちる。陽菜子の温かい手に包まれながら、私は床に残った濡れたシミと、わずかに残る上履きの靴底の跡をまだ見ていた。
「えー? これくらい普通でしょ。聖奈は虫、苦手だもんね。大丈夫、私がいつでもやっつけてあげるから」
陽菜子はそう言って、にぱっと笑った。いつもの太陽みたいな笑顔で。
違うのよ、陽菜子。そうじゃない。陽菜子、あなたは何もわかっていない。
カナブンのときは、まだ偶然だと思えた。でもこれは違う。これは陽菜子の明確な意志だ。躊躇うことなく、むしろ少しの楽しささえ見せて、ゴキブリの命を終わらせた。
床に残った「刻印」。細かな波線が幾何学的に並んだ、白いバレエシューズの靴底のパターン。それは私だけに送られた秘密のメッセージなどではなかった。それは陽菜子という人間の本質なのだ。
陽菜子は知らない。ゴキブリを踏み潰すその一瞬に、私が何を見ていたのか。床に残された汚いシミに何を見出していたのか。陽菜子は何も知らない。
そして陽菜子のその無知さが、その無垢なまでの私に対する優しさが、私の倒錯をどこまでも深く、甘く育てていく。彼女に守られているという安心感と、彼女の残酷さに興奮するという背徳感が、私の身体の中で溶け合って、もう取り返しがつかないことになっていた。
いつか、この気持ちを伝えなければならない。
そして、確かめなければならない。
この狂った愛情の先に、私たちの居場所があるのかどうかを。
握られた陽菜子の手の温もりを感じながら、私は固く決意していた。外ではついに雨が降り出した。窓ガラスを叩く音が、私の新しい決意を意味するかのように響いていた。
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