TTJ(秩序)をぶっ壊せ!

完歩木伏

第1話 “破壊使い”と“探し使い”

 はぁっ……はぁっ……

 くそっ! 逃げ切れねえか……!?


 墓石 優一はかいし ゆういちは、寂れた商店街の通りを駆け抜けていく。


 それは、健康に配慮してランニングしている……というわけではない。


「逃げても無駄だぞ、墓石くん」


 必死の形相で走るも、後ろに迫る追っ手にどんどんその差を詰められていく。


「わたしからは逃げ切れないことは分かりきっているだろう? 観念したまえ」


 墓石の10メートルほど後方に、墓石と同じ方向に走っている長身の女性がいた。

 墓石の走る速度よりやや速く、徐々にその差は詰まっていく。


 女の名前は、単 千尋たん ちひろという。

 密国庁みっこくちょう 秩序維持課ちつじょいじかから、ここ某県にある瀬海市せかいしに派遣されてきた人物だ。


「単さん、俺はもう何も悪い事はしてませんよ! 何で俺を追って来るんですか!?」


 後ろを振り返らずに後方の女に呼びかける。


「君に頼みたいことがあるんだ。一カ月前の君首謀のあの事件の時のように、“破壊”してもらいたいものがある」


 頼み事? 冗談じゃない──面倒事はごめんだ。


「お断りします! 俺はもうあんたとは……とは関わりたくないんだ!」


 あの事件とは──一カ月前に起きた“瀬海市機能停止事件”のことである。


 会話している間も二人は走ることを止めない。追う追われるの状況はしばらく続いたが、墓石の逃げこたんだ先が袋小路となっていたため、観念して立ち止まる。


 くそっ…! ここまでか…!


 ゼェゼェと肩で息をしている墓石に対して、涼しい顔で単 千尋はたたずんでいた。


「追いかけっこは終わりだね、墓石くん」


 唯一の逃げ道である袋小路の出口で、単千尋が腕組みをして仁王立ちをしている。


「頼みたいことって……何ですか? 俺にできることなんてないですよ」


「“破壊はかい使い”の墓石優一くん。密国庁も正式に君を秩序を乱すことができる者の一人として認識したみたいだよ。一カ月前、ここ瀬海市を機能停止に追い込んだ手腕が認められ、君は“破壊使い”として登録されたんだ」


 一年前──墓石が起こした“瀬海市機能停止事件”。この市の秩序を“破壊”し、一時、都市から人が姿を消した事件。

原因不明のメルトダウンとされた事件だったが、事件解決のため、単千尋が密国庁から派遣されると、ものの一カ月で事態は終息し、瀬海市は再び動き出した、という事件である。


「勝手に登録するな! そんなことより、俺の寿を元に戻してくれ!」


「ああ──いずれ戻してやるとも。君はうちの“寿命じゅみょう使い”に寿命を延ばされているんだったね。事故や病気以外……老衰で死ぬのであれば、999歳が今の君の寿命となっている」


 “寿命使い”──馬鹿げた能力だ。

そいつの能力のせいで、10世紀も生きるのか……俺……


「ただ───、わたしの頼みを聞いてくれるのなら、寿命を戻してやっても構わないよ。その場合は、80歳くらいでいいか?」


「元の寿命に戻してくれ」


 まさかとは思うが、今回のこの交渉のために、先を見越して俺の寿命を延ばしたのか?

そうであれば、なかなかの策士だ。


 この女、単千尋。“探しさがし使い”と呼ばれている。あらゆる人やモノの場所を探すことができる。勘がすこぶるいいのか、知り合いにものすごい情報屋でもいるのか分からないが、単に探すことができないなものはない。

 それがたとえ、“手段”や“解決策”などのモノではないものも探し出せる。

 つまり、この女に不可能はないのではないだろうか。


 少し間が空いた後、単が墓石の言葉に答えた。


「もちろん元の寿命に戻してあげよう」


 単は余裕の姿勢を崩さない。腕組みをして、微笑を浮かべている。


「よし!」


 これで、世界最高齢のギネス記録を更新しなくて済む。


「で──あんたが俺に頼みたいことってのは何だ?」


 単千尋ほどの人物が俺のような一般人に頼みたいことなんてあるのだろうか?

 単が解決できないことを、俺が解決できるとは思えない。


 単はまっすぐ墓石の目を見据える。

 単の迫力に一瞬気圧される。


「これから密国庁より四人の刺客が送られてくる。君にその四人の刺客を追い返して欲しいんだ」


 四人の刺客──

 刺客というからには、誰か狙われてるのか?

 単と同じ密国庁の人間。仲間割れか知らんが、勝手にやってほしいものだ。


「それで───そいつらの目的は何なんですか?」


「そいつらは人殺しを依頼されてこの瀬海市にやって来る。狙われてるのは、まずはこの“わたし”と───」


 単は腕組みを解き、指一本を立てながらまっすぐに腕を突き出した。


「──“君”だ」


 君──きみ? ─誰が? 俺か!?


「俺ですか?」


「そう─君こと墓石くんだね」 


 なぜ俺の命が狙わわれているんだ? ひと月前の“瀬海市機能停止事件”の犯人だからか? 確かに──都市ひとつをんだ。危険人物と判断されるのも無理ないだろう。

 むしろ何もお咎め無し(いたずらに寿命は延ばされたが)は虫が良すぎる話というものだ。


「俺と単さんが助かるには、その刺客とやら四人を追い返せばいいってことですか?」


「そう──こちらは殺してはいけない。殺しに来るやつらを征圧して、追い返す。それを四回やる。簡単なことでしょ?」


 単がニコッと笑いかける。


 簡単に言いやがる。


「そんなの、単さんと優秀な部下達がいれば事足りるんじゃないですか?|“寿命使い”とやらに、刺客の命を削ってもらうとか」


 我ながら物騒だか、確実な解決策を提案する。

面倒事はごめんだ。


「それはできないんだ、墓石くん。送られてくる刺客は、こちらの手の内を知ってるんだ。もちろん部下達の能力もね。だから、その程度じゃ彼女らは退けられないのさ」

「───あと“殺し”は駄目だ。もっと強い刺客が来てしまうからね。わたしが解決策はこれなのさ。“殺さず帰す”」


「“殺さず帰す”か」


 そんなことできるのだろうか。相手は国の殺し屋精鋭部隊なのだろう。

 普通の高校三年生である俺には荷が重い。


「君ならできるさ。彼女達四人を追い返し、密国庁の計画を“破壊”してくれ」


 彼女達──ひとつ前にも言っていたが、相手は女なのか。なおさらやりづらいな。


「ちなみに、単さんは一緒に戦ってくれないんですか?」


「当然、君が戦う時はアシストはさせてもらうよ。それ以外は全力で逃げる。“探し使い”は相手の位置が把握できるから、逆に見つからないということも可能なんだ」


 じゃあ、ずっと隠れていれば殺されないで済むのか。

 だが、単にずっと隠れられてしまうと、俺一人で戦うことになってしまうのか。うーん……


 そこまで、思考したところで、先程から頭に浮かんでいる一番の疑問点を聞いてみる。


「ところで──何で俺と単さんの命が狙われているんです?」


 命を狙われる理由──俺は危険人物である自覚があるから、まだ分かるが、同じ密国庁──刺客とやらの仲間である単の命までなぜ狙われているのか?


「んー……」


 言いづらそうに単が目を逸らす。

 常に堂々とした佇まいで喋る単であったが、気まずそうな表情が少し見え隠れしている。


 言いたく無さそうだな。


「言いたくないなら無理して言わなくてもいいです」


 おおかた、何かこの人も悪事を働いたんだろ。

 “探し使い”という能力は、いくらでも悪用できそうだからな。


 まぁ、そんなことより───


「俺は自分の寿命を戻してもらえればそれでいい。約束ですよ? ───その四人の刺客を追い返したら、単さんの部下に『墓石優一の寿命を元に戻す』と命令して下さいね」


「おお──引き受けてくれるか!」


 つかつかとハイヒールの音を鳴らせて近づいてくる。


 ……というか、この人。ハイヒール履いてて、走るのこんなに速いんだ……


 がッと墓石の両手を掴み、ブンブン上下に揺らす。

 単は思いの外怪力で、墓石の体が何度か宙に浮く。


「ありがとう!墓石くん!」


 長身の美女に手を握られ、少し照れてしまう。


「───それでは、明日から気を引き締めていこう! 敵は四人。密国庁の中では“四大人災よんだいじんさい 春夏秋冬しゅんかしゅうとう”と呼ばれている」


 ちなみに──と単は付け加える。


「君は都市を“破壊”できるらしいが、彼女達は国を滅ぼせるぞ」



 …………………えっ? 国─?


 墓石が何も言い返せずにいると、単が最後にもう一言付け加えた。


「まずは来週───この町に“春”が来る──」



続く

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