10.剣と魔法と、仲間と
咆哮と共に、獣が襲いかかってきた。
鋭い爪が風を裂く。俺はとっさに後退し、身をかわす。
「歩夢、右! もう一体来る!」
リアの声に反応して振り向くと、もう一匹の獣が茂みから飛び出していた。
慌てて魔力を込め、掌に炎を灯す。
「《ファイア・ショット》!」
赤い火球が獣の顔面をかすめた。焼け焦げた毛の臭いが鼻を突く。
だが、獣は怯むどころか怒りを露わにして距離を詰めてくる。
「チッ……!」
剣を構える。だが、近接は苦手だ。
その瞬間、リアが割って入った。
「下がって!」
その鋭い一閃が、獣の突進を受け止め、力任せに押し返す。
素早く体勢を立て直したリアが、冷静に獣の懐へと踏み込む。
「はぁっ!」
剣が閃き、獣の脇腹に深々と切り込んだ。
断末魔の唸り声を上げて、獣は地面に崩れ落ちる。
「ナイス、リア!」
「まだ気を抜かないで。あれが最後とは限らないわ」
彼女の目は、次の脅威を見据えていた。
その横で、ミナが小さく詠唱を終える。
「《ヒール・サークル》──展開します」
淡い光が地面に広がり、俺とリアの足元を包み込む。
温かい魔力が全身を癒やし、傷の痛みが和らいでいく。
「ありがとう、ミナ。助かった」
「……お役に立てて、よかったです」
はにかんだような笑顔に、思わず微笑み返す。
だが、まだ気を緩めるには早い。
残りの一体が、森の奥から様子を窺っている。
「次で終わらせるぞ。三人で、いく!」
俺が声を上げると、リアが頷き、ミナも杖を構える。
俺は空気を一瞬だけ吸い込み、集中する。
目の前の敵は、ただの魔物じゃない。
──俺たちが“冒険者”としての一歩を踏み出す、試練そのものだ。
「リアが正面から引きつけてくれ。俺が横から魔法で援護する」
「了解。ミナは、回復と支援魔法を」
「わ、わかりました!」
リアが突進し、獣の注意を引く。
その間に、俺は魔力を練る。
今度は、少し違う詠唱だ。
「《エア・ブラスト》!」
風の弾丸が獣の足元を撃ち、バランスを崩させる。
リアの斬撃が、その隙を逃さず獣の首元を切り裂いた。
すべての動きが噛み合っていた。
初めての戦闘──だけど、今この瞬間、俺たちは確かに“ひとつ”だった。
薄く立ちこめていた硝煙の匂いが、ようやく風に流されていく。
「ふぅ……なんとか倒せた、か」
歩夢は肩で息をしながら、焦げ跡の残る地面を見つめた。
火球の魔法は確かに効いた。だが、思ったよりも制御が難しく、木の根元を少し焦がしてしまった。
「は、初めての戦闘にしては……上出来じゃない?」
リアが苦笑しながら歩夢の隣に立つ。鎧に土埃がついているのも構わず、その鋭い瞳は森の奥を警戒し続けていた。
「……でも、魔法の制御、ちょっと荒い。あとで特訓ね」
「う……わかったよ」
リアの言葉に少し肩をすくめながら、歩夢はミナの方を見た。
「ミナ、大丈夫か?」
「は、はい……っ。あ、ありがとうございます、歩夢さん」
ミナは杖を抱きしめるようにしながら、まだ少し震えていた。
「怖かったか?」
「……正直、はい。でも、歩夢さんが……守ってくれたから」
照れくさそうに微笑むミナの姿に、歩夢は思わず頬をかいた。
「俺も、初めてだったけど……無我夢中だったよ」
「その無我夢中が……命を救ったわけだし」
リアがにやりと笑いながらそう言った。
「このくらいのクエストなら、今後は三人でこなしていけるかもね」
「そうだな。少しずつ、慣れていこう」
ミナも小さくうなずき、三人は森を後にした。
◆
村に戻ると、太陽は高く昇っており、広場には昼前の賑わいが広がっていた。
「とりあえず、クエストの報告に行こうか」
リアの提案で、三人は村の中にある簡易ギルド窓口へと向かった。
「歩夢さん、初めてですよね……ギルドって」
「ああ。緊張するな……」
「ふふ、大丈夫ですよ。リアさんがついてますから」
「まあ、フォローくらいはしてあげる」
軽く肩を叩かれ、歩夢は苦笑した。
窓口では、年配の男性職員が対応していた。
「クエストの完了報告か。……うん、確かに魔獣の出現は減ったとの報告も来ている」
「問題なく討伐完了です。確認を」
リアが淡々と証拠品を提出する。
職員はそれに目を通し、手早く確認作業を終えた。
「よし。これで正式にクエスト完了だ。初参加の新人がいたそうだが……」
「はい、俺です。黒川歩夢といいます」
「黒川、か。名は覚えておこう。……新人にしてはなかなかやるようだな」
「いえ、まだまだです」
「謙虚なのも悪くはないが……命のやり取りをする場所だ。油断せず、だな」
「はい。肝に銘じます」
淡々としたやり取りの中にも、歩夢は確かに感じていた。
これが、異世界での“現実”なのだと。
◆
その日の夕方。
三人は村の小さな酒場で、ささやかに乾杯を交わした。
「とりあえず、初クエストお疲れさまってことで」
「は、はい……!」
「これからも、三人でうまくやっていけるといいわね」
「ああ。今日みたいに、助け合ってな」
歩夢の言葉に、リアもミナも、自然と微笑んだ。
――この世界に来て、初めての冒険。
仲間と共に戦い、生き抜いたという実感が、確かにそこにあった。
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